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2012/05/19

耳嚢 巻之四 猫物をいふ事

 猫物をいふ事

 

寛政七年の春、牛込山伏町の何とかいへる寺院、祕藏して猫を飼ひけるが、庭に下りし鳩の心よく遊ぶを睍(ねら)ひける樣子故、和尚聲をかけ鳩を追ひ逃しけるに右猫、殘念也と物言しを和尚大に驚(おどろき)、右猫勝手の方へ逃しを押へて小束(こづか)を持、汝畜類として物をいふ事奇怪至極也、全(まつたく)化け候て人をもたぶらかしなん、一旦人語をなすうへは眞直に猶又可申、若(もし)いなみ候においては我殺生戒を破りて汝を殺(ころさ)んと憤りければ、かの猫申けるは、猫の物をいふ事我等に不限、拾年餘も生(いき)候へば都(すべ)て物は申ものにて、夫より拾四五年も過候へば神變を得候事也。併(しかしながら)右の年數命を保(たもち)候猫無之(これなき)由を申ける故、然らば汝物いふもわかりぬれど、未(いまだ)拾年の齡ひに非ずと尋(たづね)問ひしに、狐と交りて生れし猫は、其年功なくとも物いふ事也とぞ答ける故、然らば今日物いひしを外に聞ける者なし、われ暫くも飼置(かひおき)たるうへは何か苦しからん、是迄の通(とほり)可罷在(まかりあるべし)と和尚申ければ、和尚へ對し三拜をなして出行しが、其後いづちへ行しか見へざりしと、彼最寄に住める人のかたり侍る。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:武辺物二本の後のティー・タイムという感じでもある。但し、連関というわけではないが、井上の立て板に水を流すような理詰めの口調と、猫の猫による猫のための猫族の語り口が何だか似ている気がして面白い。本話は妖猫譚としてよく単独でも引かれ、「耳嚢」の怪談でも一番人口に膾炙するものと思われるが、私はこの和尚との問答と、その結末が、何かしみじみとして、忘れ難く好きなのである。

・「牛込山伏町の何とかいへる寺院」牛込山伏町は現在の新宿区市谷山伏町で、非常に狭い町である。ここには現在、真宗大谷派の常敬寺という寺があるが、ここか。この寺には海老一染太郎の墓があるが、この偶然が何だか面白い。――私は小学校二年生頃、父の会社の慰安会に母と一緒に行って、司会をしていた海老一染之助・染太郎の「何かおやりになりたい方は御座いませんか?」という言葉に、真っ先に手を挙げて舞台に上がり、ハモニカで文部省唱歌の「故郷」を吹いた。――吹き終ったら、染太郎師匠が、あの金ツボまなこをぎょろつかせてにっこり笑うと、「坊ちゃん、上手いねえ! おじちゃんのお弟子になるか?」と言った(その時、染之助師匠がいつもより多く傘を回してくれたかどうかは――定かではない)。――「私はずっと、はらはらし通しだったわ」――がその思い出の、母の語り草だった。――僕の「耳嚢」である。

・「祕藏して猫を飼ひける」この「祕藏して」は、こっそりと隠しての意ではなく、大切に可愛がり育てることの意である。但し、寺社で動物を飼うことを禁ずる習慣は古くからあった。例えば密教の高野山や比叡山に行われた、女人禁制・魚肉の持込の禁止・動物の飼育の禁止(但し、一種類の動物だけは山の神の使いとして飼うことが許可され、高野山では犬が飼われた)・大きな音を立てることの禁止という四つの禁忌の中に含まれている。但し、これは殺生戒等に基づく仏教戒律とは関係がないようである。

・「睍(ねら)ひける」は底本のルビ。

・「小束」は「小柄」が正しい。日本刀の鞘の鍔の部分に付属する小刀。平時は普通のナイフのように用いるが、武器として棒状手裏剣などにもなる。

・「若(もし)」は底本のルビ。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 猫がものを言う事

 

 寛政七年の春、牛込山伏町の何とかという寺院で、一匹の猫が大切に飼われて御座った。

 ある日のこと、和尚が庫裡(くり)から見ておると、この猫、庭に下りた鳩の、無心に遊んでおったを、凝っと狙って御座る様子なれば、和尚、

「喝!」

と声をかけて鳩を追いはらって逃(のが)いた……ところが……

……猫が……

……「残念なり。」……

……と……

……言うた……

――和尚、大いに驚き、この猫の庫裡裏へ逃げたを取り押さえ、小柄突きつけ、

「――汝、畜類の身にありながら、物を言うとは奇怪千万(きっかいせんばん)! 全く、化け猫となって人をも誑(たぶら)かそうものじゃ! 一旦人語を成した上は、素直に諦め白状致せい! もし――これを聞かぬとならば――我――殺生戒を破りて――汝を殺さん!」

と憤った。

……と……

……かの猫が……

……答える……

「……猫のものを言うは、我らに限ったことでは、ない……十年余も生きて御座れば……どんな猫も……ものは申すものにて……それより十四、五年も過ぎて御座れば……どんな猫も……神通力を得て御座るものじゃ……しかしながら……まず、その齢いを保てる猫は……御座らぬのぅ……」

と申す故、

「――ウム! 然らば、汝がものを言うも、尤もなることと合点致いた。が――汝、未だ十年の齢いにも届かざるは如何!――」

と一喝致いた。

……と……

「……狐と交わって生まれた猫は……これ、その年の甲を経ずとも……ものを言うものじゃ……」

との答え。

 されば、和尚、

「――然らば今日、汝のものを言うたを外に聞く者は、ない。我も暫く飼いおいて参ったものなればこそ――何の不都合があろうぞ?――さても、これまで通り――この寺で――もの言わぬただの猫として――暮らすがよいぞ。」

と申したところ、

……猫は……

和尚に正対(しょうたい)三拝致いて、走り去った……。

 それから……何処(いずち)へ行ったものか……とんと見えんようになった、という。

 かの寺の最寄りに住む人が語った話に御座る。

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