耳嚢 巻之四 小兒餅を咽へ詰めし妙法の事
小兒餅を咽へ詰めし妙法の事
小鬼の餅を喰ひて咽(のど)へ詰りくるしむ時は、鷄のとさかの血をとりて呑ませ候得ば、或ひは内へ治り又は吐事妙也。衞肅同寮の彦坂某の子、物あたり右の奇藥にて難儀をばすくひしよし。
□やぶちゃん注
○前項連関:奇なる救急法で直連関。
・「鷄のとさかの血」について、底本の鈴木棠三氏の補注では、後の浮世絵師で戯作者の暁鐘成(あかつきかねなり 寛政五(一七九三)年~万延元(一八六一)年)の書いた「雲錦随筆」には、『大根おろしのしぼり汁がきくとある』と記し、漢方系の記載を管見すると、「鶏冠血」と称して意識不明の患者の顔面にこれを万遍なく塗布すると回復するともある。鶏の血は、軽便に供給出来ることからか、原始社会の呪術ではしばしば用いられる呪具である。
・「衞肅」は底本補注で『モリヨシ。九郎左衛門。根岸鎮衛の長男』で寛政三(一七九一)年に『御小性組に入』り、その当時三十一歳とある。この親族情報から、本記載は本巻の中では最も古い部類の記載である可能性があるように思われる。
・「同寮」同僚。
・「物あたり」岩波版「まのあたり」。こちらを採る。
■やぶちゃん現代語訳
子供が餅を喉に詰まらせた際の救急法の事
子供が餅を食って、誤って喉に詰まらせて苦しむ際には、鶏の鶏冠(とさか)の血を採って呑ませて御座れば、速やかに餅は胃の腑へと入って治るか、若しくは餅を吐いて、まっこと、妙法である。我が子衛肅(もりよし)の同僚である彦坂某の子は、まさにこの妙法奇薬によって事なきを得て危急を救われたとのことである。

