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2012/05/17

耳嚢 巻之四 木星月をぬけし狂歌の事

 木星月をぬけし狂歌の事

 

 寛政七卯の年の秋、木星月の内をぬけし事ありしを、人々品々吉凶を評して恐れ論じけるが、狂歌の名ありける橘宗仙院詠るよし。

 

  月の内に星の一點加れば目出度文字の始なりけり

 

□やぶちゃん注

○前項連関:二つ前の狂歌で直連関。

・「寛政七卯の年の秋、木星月の内をぬけし事ありし」これは月で木星が隠される天体現象である木星蝕を指している。中野康明氏の「こよりと木星蝕」の頁には、この「月と地球の間を木星が抜ける」などという阿呆臭い都市伝説とは違った、極めて科学的な驚くべき江戸の博物学者の姿が描かれているのである。則ち、その寛政七(一七九五)年のこと、『幕府天文方の高橋至時と間重富が夕方に道を歩いていたら、満月と木星が近接していた。二人は木星蝕が起きることを察知し、「こより」と穴あき銭で即席の振り子時計を作り、一人は木星が月に隠れる瞬間を合図し、もう一人はその時点からの振り子の振れの数を数えた』。二人は『司天台(天文台)に急いで帰り、備え付けの振り子時計で「こより振り子」の周期を校正して、蝕の開始時刻を計算』、『木星が月から現れる時刻は司天台の振り子時計で正確に測定できた』というのである。中野氏は『木星蝕を予測し、とっさに即席の振り子時計を作って観測するとは、凡庸な人間にはなかなかできることではな』く、『また、寛政時代には振り子の法則も知られており、司天台には精密な振り子時計も備え付けられていたとは、江戸時代の科学技術も大したものである』と賞讃されている。その精緻さに叫喚し共感するものである。

・「橘宗仙院」先行する「卷之三」の「橘氏狂歌の事」で、岩波版長谷川氏注に橘『元孝・元徳(もとのり)・元周(もとちか)の三代あり。奥医から御匙となる。本書に多出する吉宗の時の事とすれば延享四年(一七四七)八十四歳で没の元孝』とあったが、これは寛政七(一七九五)年のことであるから、今度は二代目元徳か三代目元周ということになる。

・「月の内に星の一點加れば目出度文字の始なりけり」「月」の字の最後に一画の星=「ヽ」を加えれば、左右が繋がって「目」の字となり、これは「目出度」(めでたき)という文字列の星の列、吉兆の「始まり」で御座ったよ、という洒落のめした言祝ぎの狂歌である。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 木星が月を突き抜けた狂歌の事

 

 寛政七年の秋のこと、何でも――木星が月を突き抜けた――という専らの噂で御座った。人々は、星が星を食うた、貫いたと、その不思議の意味するところの吉凶を、口々にあげつろうて御座ったが、狂歌で名を知られた橘宗仙院殿がそれを聴いて、次のように詠んで御座ったと。

  月の内に星の一点加ふれば目出度き文字の始なりけり

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