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2012/06/06

耳嚢 巻之四 小兒産湯を引く事

 小兒産湯を引く事

 

 出産後小兒即時に産湯を引(ひく)は取揚婆(とりあげばば)の役目也。二番湯とて三日目に湯を引事これ又定例なるが、出生より三十六時の内に二番湯を引事と或る人の語りしが、予が孫出生せし三日目、取揚婆に障る事ありしや來らず、四日目に湯を引しを、預け置ける小兒科木村某來りて、以の外の由、こよひさつこうの愁なき樣いたし度とて、其手當など教示して歸りしが、其夜は別條なかりしが六ツ目の日より煩ひて撮口(さつこう)の症となり終(つひ)に失ひける。後人の心得のため爰にしるしぬ。一番湯たりとも延し候て不遣(つかはざる)は害なし。出生三日迄は臍のしまり宜敷(よろしき)故湯の愁なし。四日目よりは臍の穗(ほ)かわきてあがり候程合(ほどあひ)なれば、右臍の穗より濕氣入れば果して撮口を生じ候ものと彼木村某かたり侍る。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:連関を感じさせない。冒頭三項に出るような「小兒餅を咽へ詰めし妙法の事」などと通底する民間療法・習俗の一つのように見えるが、もうすこし民俗学的な根が深い。ここでは特に三日目の二度目の産湯(これをやはり産湯と呼ぶ)が問題とされているが、それは一義的にはここに記されるような医学的根拠に基づくものではなく、専ら宗教的儀礼的なものであったと考えられている。

・「産湯」現在は専ら分娩直後に使う湯を言うが、古くは分娩直後の湯浴みと、ここに示された三日目の湯浴みを区別した上で、両方を同じように産湯と呼称していたようである。「産湯」という呼称には出産後初めての湯浴みという意味以外に、大地母神である産土神への無事の感謝と生育の守護を祈る儀式であり、産湯の水は本来は自然界の水気に産土神を象徴したものと考えられ、この「お清め」によって神の産子=氏子となるといった意味が孕まれている。産湯に邪気を払う塩や酒を入れると風邪をひかない強い子に育つといった俗信もそうしたものの名残りと考えてよい。但し、分娩直後の産湯の水は穢れたものとされ、陽の当たらぬ産室の床下や、占いが示す当該の方角の特定の場所に捨てたようであり、捨てた場所が悪いと夜泣き癖が残るという俗信は広く信じられてもいた。三日目に使う湯は「産湯」又は「湯初(ぞ)め」、「湯殿始め」と呼称し、これが済んで始めて「三日祝いの晴れ着」が行われた。里方から贈られた袖のある「手通し」と称する産着を着せて三日の母子の恙無きことを祝う儀式で、これを見ても、三日目の産湯が本来は儀礼的傾向の強いものであったことは明らかである。主に参考にした平凡社「世界大百科事典」の大藤ゆき氏の「産湯」の項によれば、「三州奥郡産育風俗図絵」に、『分娩して後産が出て、へその緒を始末してから生児を洗うのを〈初湯(はつゆ)〉または〈とりあげの湯〉といい、そのためには大すり鉢を用いた。三日の湯以後はたらいを用いたという。偉人の産湯に使われたという湧き水の伝説は全国に分布しているが、その水を妊婦が飲むと安産するとか、女児の産湯に用いるなど不思議な薬効を説いているものもある』(読点記号を変更した)と記されている。

・「出生より三十六時の内」当時、一時(とき)は現在の約二時間であるから、三日後の七十二時間後は『三十六時』に相当する。

・「さつこう」「撮口」は漢方医学で「臍風」「噤風」等とも言い、新生児の破傷風のこと。ここに示されたように臍帯切り口から感染することが多かった。現在でも発展途上国では数十万から百万程度の破傷風による死亡が推定されており、その大多数は乳幼児や幼児で、特に新生児の臍の緒の不衛生な切断による新生児破傷風が大多数を占める。以下、参照したウィキの「破傷風」から引用すると、罹患は『土壌中に棲息する嫌気性の破傷風菌 (Clostridium tetani) が、傷口から体内に侵入することで感染を起こす。破傷風菌は、芽胞として自然界の土壌中に遍く常在している。多くは自分で気づかない程度の小さな切り傷から感染して』おり、『芽胞は土中で数年間生きる。ワクチンによる抗体レベルが十分でない限り、誰もが感染し、発症する可能性はある。芽胞は創傷部位で発芽し増殖する。新生児の破傷風は、衛生管理が不十分な施設での出産の際に、新生児の臍帯の切断面を汚染し発症する。ヒトからヒトへは感染しない』。『破傷風菌は毒素として、神経毒であるテタノスパスミンと溶血毒であるテタノリジンを産生する。テタノスパスミンは、脳や脊髄の運動抑制ニューロンに作用し、重症の場合は全身の筋肉麻痺や強直性痙攣をひき起こす』(この薬理作用とその発症機序及び毒素と抗毒素は明治二十二(一八八九)年から翌年にかけて北里柴三郎によって発見された)。『一般的には、前駆症状として、肩が強く凝る、口が開きにくい等、舌がもつれ会話の支障をきたす、顔面の強い引き攣りなどから始まる。(「牙関緊急」と呼ばれる開口不全、lockjaw)徐々に、喉が狭まり硬直する、歩行障害や全身の痙攣』(強直性痙攣による手足・背中の筋肉の硬直が発生し全身が弓なりに反る。リンク先に一八〇九年にイギリスの著名な神経解剖生理学者サー・チャールズ・ベル(一七七四年~一八四二年)の描いた患者の画が載る)、といった『重篤な症状が現れ、最悪の場合、激烈な全身性の痙攣発作や、脊椎骨折などを伴いながら死に至る』とある。潜伏期間は三日から三週間で、『神経毒による症状が激烈である割に、作用範囲が筋肉に留まるため意識混濁は無く鮮明である場合が多い。このため患者は、絶命に至るまで症状に苦しめられ、古来より恐れられる要因となっている』。死亡率は高く、五十%。成人でも一五%から六〇%、新生児に至っては八〇%から九〇%と極めて高率を示し、幸いにして生存しても、新生児破傷風の罹患患者は難聴の後遺症が残ることがある、とある。

・「臍の穗」底本には右に『(臍の緒)』の傍注を附す。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 小児に産湯を浴びせる事

 

 出産後、小児にすぐ産湯を浴びせるは、これ、産婆の役目で御座る。二番湯と言って三日目に湯を浴びせることは、これまた定例のことで御座れど――出生から三十六時、三日以内に、この二番湯は浴びせること――とある人の語ったを、以前に聞き知っては御座った。――

 私の孫は出生(しゅうしょう)して三日目、産婆に何か不都合でも御座ったか、やって来なんだがため、一日遅れて四日目に湯を浴びせて御座ったが、これを聞いた当家かかりつけの小児科医木村某が参って、以ての外の仕儀と気色ばみ、

「……ともかくも今宵、破傷風に罹患する虞れのなきよう、処置致いたい……」

と、その応急処置と、急変時の手当の仕方などを指示して帰って御座った。

 その夜はこれと言って別状なく御座ったが――六日目より煩いついて――撮口の症状を呈し――遂に――亡くなって御座った。……

 後人の心得のため、ここに記しおく。

 なお、一番湯については、それを延ばしたり、有体に言わば、使わずとも、これ、害はない。その理由は、出生三日目迄は臍の締まりがよろしい故、湯浴みによる臍部からの病毒の感染の恐れはないからである。

 ――しかし四日目からは、臍の緒が完全に乾き切ってしまう頃合いで御座れば、その臍の尾の干乾びた隙間より湿気が入ると、果たして破傷風を発症する仕儀と相い成る――と、その木村某が語って御座ったよ。

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