耳嚢 巻之四 油垢を落す妙法の事
油垢を落す妙法の事
いかやうに油付たる衣類にても、里芋をうで候湯にて洗へば落ちる事妙也。予が方に抱へし小女親元にて仕覺しとて、娘共のかり結(ゆひ)などにせし油に染たる小切を貰ひ洗ひて見せけるに、緋縮緬紅絹(もみ)の類、色をも失はず元の如くに成候故、油に染み襟油抔附たる切レを洗ひ見しに、聊(いささか)色を損ぜず新しく成りし也。
□やぶちゃん注
○前項連関:冒頭に幾つか出た呪(まじな)いの類と遠く連関。これは呪(まじな)いの類い。里芋の何らかの成分が油を分解する可能性は、どうもありそうもない。……因みに、私のお母さんの味は、このぬめりをしっかりと含んだ味噌汁だった。妻にも作れないし、今までどこでもあの不思議な舌触りと味に出逢ったことはない。もう母はいない。永遠にあの味には出逢えないのだろうか……。
・「里芋」単子葉植物綱サトイモ目サトイモ科サトイモ Colocasia esculenta。
・「かり結」髪を洗ったあと、一時的にざっと結っておくことを言う。
・「紅絹(もみ)」絹織物の一種で、真赤に無地染めにした薄地の平絹をいう。ウコンで下染めしたものをベニバナで上染めして仕上げる。花を揉んで染めることから「もみ」と名がついた。戦前までは女性の和服長着の胴裏(どううら)や袖裏として用いられていたが、薄い色の着物の場合、表に色が出てしまうため、現在ではあまり用いられなくなった(以上は主にウィキの「紅絹」に拠った)。
■やぶちゃん現代語訳
油垢を落とす妙法の事
どんなに油が染み付いた衣類であっても、里芋を茹でて御座った湯にて洗えば、たちどころに落ちること、これはまっこと、不思議なる事実で御座る。私の家にて雇うておる小女が、親元にてやり方を覚えたとのことにて、私の娘どもが仮結いなどの折りに添えて用いた、油に染みた小切れを貰い受けて、試みに洗って見せたのであるが、緋縮緬や紅絹(もみ)の類いが、全く色落ちすること、これなく、元の如くになって御座った。襟にべったりと油染みが出来た切れを洗ってみても、これ、聊かも色を損なわずに、新品同様になったのには驚いて御座った。
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