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« 耳嚢 巻之四 蠻國人奇術の事 | トップページ | 伊武谷万二郎――蓮田善明 »

2012/06/24

生物學講話 丘淺次郎 一 止まつて待つもの

 

     一 止まつて待つもの

Kumonosu

[蜘蛛の巣]

 

 動物の中には自身は動かずに餌の來るのを待つて居るものがある。例へば、蜘蛛の如きは庭や林の樹の間に綱を張り終れば、その後は唯蟲が飛んで來て引懸るのを待つだけである。斯かる所だけを見ると、さも安樂らしく見えるが、初め綱を造るときの蜘蛛の骨折りは中々容易でない。蜘蛛が絲を巧みに遣ふことは昔から人に知られた所で、希臘の神話や中國の西遊記の本などにも、その話が出て居るが、蜘蛛の腹を切り開いて見ると、絲の材料を造る腺と絲の表面を粘らすための黐(とりもち)の如きものを出す腺とがあり、絲は腹の後端の近くにある數個の紡績突起の先から紡ぎ出され、足の爪の櫛によつて適當の太さのものとして用ゐられる。初めは粘らぬ太い絲を用ゐて枝から枝へ足場を掛け、全體の網の形が略々定まると、次に細い粘る絲を出して細かく網の目に造り上げる。試に指を蜘蛛の巣に觸れて見ると、太い絲は強いだけで粘らず、細い絲は指に粘着する。小さな蟲が「くも」の巣に觸れると、恰も黐竿(とりもちざを)で差された蜻蛉の如くに逃げることの出來ぬのはそれ故である。また蜘蛛は唯、網さへ張れば餌が取れるかといふと、決してさやうには行かぬ。一個所に止まつて、餌の來るのを待つてゐるのであるから、恰も緣日の夜店商人と同じく、往來の盛な良い場所を選ぶことが必要であるが、良い場所を見付けても、そこが已に他の蜘蛛に占領せられて居る場合には如何とも出來ぬ。その上、一旦網を張つても雨風のために無駄になることもあれば、大きな蟲や鳥のために破られることもあるから、屢々造り直さねばならぬ。また緣の下などの如き雨の掛からぬ地面には小さな擂鉢形の規則正しい窪みが幾つもあるのを見つけるが、その底には一四づつ小さな蟲が隱れて居る。これは「うすばかげろふ」といふ昆蟲の子供で、蜘蛛と同じく自身は動かずに餌の來るのを待つて居る種類に屬する。この蟲は好んで蟻を食するが、擂鉢形の穴の處へ蟻が來かゝると、土が乾いて居るために穴の底まで轉がり落ちるから、直にそれを捕へて食ふ。もし蟻が再び穴から匍ひ出しさうにでもすれば、扁平な頭を以て土を掬ひ、蟻を目掛けて打ち付け、土と共に蟻が再び底まで落ちて來るやうにするから、一旦この穴に滑り落ちた蟻は到底命はない。それ故この穴のことを俗に蟻地獄と名づける。一寸呑氣な生活の如くに見えるが、同じ所に多數の蟻地獄が竝んであるから、あたかも區役所の門前に代書人の店が並んで居る如くで、中には餘りお客の來ぬ爲に飢を忍ばねばならぬものも有らう。また天氣のよい日に田舍道を歩いて居ると、靑色と金色との斑紋があって、美しい光澤のある甲蟲が飛んでは止まり、止まつては飛びして、恰も道案内をする如くに先へ進んで行くのを屢々見ることがある。これは「みちをしへ」といふ蟲であるが、この蟲の幼蟲なども止まつて餌を待つ方である。即ち地面に小さな孔を造りその中に隱れて、他の昆蟲が知らずに近づくのを窺ひ、急に之を捕へて食する。

 

Arijigoku

[蟻地獄]

[やぶちゃん注:この図では、巣穴の外に出ているアリジゴクを描いているが、彼等は体表面をこのように完全に曝した形で地面上にいることは殆どない。成虫のウスバカゲロウと幼虫のアリジゴクの特異な形状を同時に示すために描かれた博物画ではあるが、教育的見地からすると、やや気になる。]


Mitiwosihe


[みちをしへ]

[やぶちゃん注:この図は右の白い空白部分に本文があり、もともと逆L字型の挿絵である。]

 

[やぶちゃん注:「希臘の神話や中國の西遊記の本などにも、その話が出て居る」前者は、アテナの嫉妬と怒りによって蜘蛛にさせられた織姫アラクネ(Arákhnē)、後者は第七十二回に現れる盤糸洞に巣くう蜘蛛の女怪、蜘蛛精七仙姑辺りを指している。因みに、こんな事実を御存知か?(私の教え子はかつてしばしば私が授業で米軍が蜘蛛の糸で防弾チョッキを造っていると言ったのを眉唾ものとして記憶しているかも知れぬ。眉唾では――ないよ――)

 

   《引用開始》(アラビア数字を漢数字に代え、改行箇所に「/」を入れた)

 

「弾丸をも止めることができる人工防弾皮膚をクモの糸とヤギの乳から作り出すことに成功(オランダ)」

 

(邦文引用は私の御用達パルモ氏の「カラパイア」より)

 

英文記事:'Making science-fiction a reality':Bulletproof human skin made from spider silk and goat milk developed by researchers

 

その強度は鋼鉄の十倍。弾丸をも止めることができるという人工皮膚をオランダの研究者らが開発したそうだ。まずはクモの糸と同じ構造を持つプロテインを含む乳を出すヤギを作り出した。この乳を特殊なマテリアルに組み込み、強度の高い人工皮膚を作り出すことができるという。/オランダの研究者Jalila Essaidiが、オランダ法科学ゲノムコンソーシアムと共同で研究を進めている"スパイダーシルク"プロジェクトでは、この皮膚に二十二口径ロングライフルの弾丸を撃ち込んだ時の実験映像を公開した。 最終的には人間のゲノムにクモの遺伝子構造を組み込むというものだが、この研究が進めばスーパーマンやアイアンマンのような弾丸をもはね返す鋼鉄の肉体を持つ人間の誕生も夢ではないということだ。

 

   《引用終了》

 

「黐」かつて竿の先などに塗りつけて小鳥や昆虫などを捕らえるのに用いた強い粘着力を持った物質。モチノキ・クロガネモチ・ヤマグルマなどの樹皮から作った。

 

「うすばかげらふ」昆虫綱内翅上目アミメカゲロウ目ウスバカゲロウ上科ウスバカゲロウ科 Myrmeleontidaeに属する種の総称、又はその代表種であるウスバカゲロウ Hagenomyia micans を指す。しばしば勘違いされるが、和名で「ウスバカゲロウ」と呼び、形状が酷似はするが、正統な「カゲロウ」(蜉蝣(カゲロウ)目 Ephemeroptera)からは極めて縁遠い。また、本科全ての種の幼虫がアリジゴクを経るわけではない。

 

「みちをしへ」鞘翅(コウチュウ)目オサムシ亜目オサムシ上科ハンミョウ科Cicindelidaeに属する昆虫の総称。成虫は春から秋まで見られ、日当たりが良く、地面が湿っている林道や川原などによく棲息するが、公園などの都市部でも普通に見られる。人が近づくと飛んで逃げるが、一~二メートル程飛んでは直き着地し、度々後ろを振り返る動作を連続的に行う。ここから「道標べ」「道教え」という別名が生まれた。ここに描かれた幼虫については、ウィキの「ハンミョウに、『成虫は粘土質の固くしまった裸地の土中などに一粒ずつ離して卵を産みつけ、孵化した幼虫はそのまま卵のあった場所の土壌を掘り下げて巣穴とする。幼虫の巣穴は産卵の行われた場所に垂直に掘られた円筒形の深い穴であり、温帯産のハンミョウの多くでは地表に巣穴を掘るが、熱帯や亜熱帯には木の幹に巣穴を掘る種もある。海岸の岩礁にみられるシロヘリハンミョウ』(Callytron yuasai)『では、海岸の岩石が風化して、亀裂に粘土質の風化生成物がたまったところに巣を掘っている。幼虫も肉食性で、巣穴の円形の入り口付近を、円盤状の頭部と前胸でマンホールの蓋のように塞いで待ちかまえ、付近を通るアリ等の昆虫を捕らえ、中に引き込んで食べる。巣穴から勢いよく飛び出し、大顎で獲物を捕らえる様はびっくり箱のようである。このとき力の強い獲物に巣穴の外に引きずり出されないよう、幼虫の背面には前方を向いたかぎ状の突起が備わっており、これを巣穴の壁に引っ掛けている』。充分成長した終齢(三齢)幼虫は『巣穴の口を土でふさぎ、巣穴の底を蛹室に作り替えて蛹となる』とある。]


Hoya


[海鞘]

 

 陸上の動物には止まつて餌の來るを待つものは割合に少いが、水中に棲む動物にはかやうなものは極めて多い。その理由は陸上に於ては動物の餌となるものは多くは固著して動かぬか、または勝手に運動するものかであつて、風に吹き廻される如きものは殆どない。それ故、牛や羊が如何に大きな口を開いて待つて居ても、自然に口の中へ草の菓が飛んで入ることは決してないが、海水の中には動物の餌となるべき微細な藻類や動物の破片などが幾らでも浮游して急に底に沈んでしまはぬから、氣長に待つてさへ居れば口の近所まで餌の流れて來ることは頗る多い。故に之を集めて口に入れるだけの仕掛があれば、相應に食物は得られる。例へば牡蠣(かき)の如きは、岩石の表面に附著して一生涯他に移ることはないが、殼を少しく開いて絶えず水を吸うて居れば、必要なだけの食物は水と共に殼の内には入り來つて口に達する。鮑の類は全く固著しては居ないが、常に岩の一箇所に堅く吸ひ著いて居るから固着も同然である。蛤(はまぐり)・蜊(あさり)などは徐々と動くが、その食物を得る方法は牡蠣と同じで、全く止まつて待つ仲間に屬する。靑森や北海道邊で盛に食用にする海鞘(ほや)といふ動物は實に止まつて餌の來るのを待つことでは理想的のもので、身體は卵形をなし、根を以て岩石に固著し、全身革の如き嚢で包まれて居るから、動物學上ではこの種類の動物を被嚢類と名づけるが、その革嚢にはは唯僅に二箇所だけに孔あり、一方からは水が吸ひ込まれ、一方からは水が吹き出される。海鞘(ほや)の體内に入り來つた水は鰓を通つて直に出口の孔の方へ出て行くが、海水中に浮いて居る微細な藻類などは、食道・胃・腸を通過し、不消化物だけは出口の所ろに達して水とともに流れ出る。この點からいへば一方の穴は眞に口で、他の穴は肛門に相當するが、總じて固著して居る動物では、口と肛門とが接近して、兩方が並んで前を向いて居ることが多い。これは恰も勸工場の入口と出口とが並んで往來の方へ向いて居るのと同じ理窟で、止まつたまゝで食物を食ひ、滓を吐き出すに最も便利な仕組ある。尚海岸へ行つて見ると、「ふぢつぼ」・「かめのて」・「いそぎんちやく」、海綿等が一面に岩に附いて居て、之を踏まねば殆ど歩けぬほどの處があるが、これらはいづれも止まつて餌を待つ動物である。また、それより少しく深い處に行けば、珊瑚や海松・海柳などと植物に形の似た動物が澤山にあるが、これらも食物の取り樣は、「いそぎんちやく」と全く同樣である。


Hudditubo


[ふぢつぼ]

 

Sangosyou

 

[珊瑚礁]

 

[やぶちゃん注:ここに登場する海産生物は悉く私の偏愛する生物ばかりである。ここでそれぞれについて私の薀蓄を語り出すとキリがなくなる。詳しくは私の電子テクスト「和漢三才圖會 介貝部 四十七 寺島良安」の私のマニアックな各注に譲るので、是非、それぞれを参照されたい。

 

「牡蠣」軟体動物門二枚貝綱ウグイスガイ目イタボガキ科 Ostreidae に属するカキ類の総称。これについて語り出したら、終わりを知らなくなる。涙を呑んでここまでとする。

 

「海鞘」これだけは私の最も愛する海棲生物の一つであるから、ここでどうしても簡単に注しておきたい。知り合いの物理の大学教授や年季の入った寿司屋の大将、果ては町の魚屋でさえ、「ホヤガイ」と呼称して貝類だと思っていたり、イソギンチャクの仲間と言って見たりと、かなり最近は市民権を獲得して市場に出回っているにも関わらず、誤認している人が多い生物である。ここで丘先生が図として掲げているものは、脊索動物門尾索動物亜門海鞘(ホヤ)綱壁性(側性ホヤ)目褶鰓亜目ピウラ(マボヤ)科マボヤ Halocynthia roretzi である。ホヤは無脊椎動物と脊椎動物の狭間にいる、分類学的には極めて高等な生物である。オタマジャクシ型の幼生時に、背部に脊索(脊椎の原型)がある。おまけに目もあれば、口もあり、オタマジャクシよろしく、尾部を振って元気に泳いでいる。しかし、口器部分は吸盤となっていて、その内に岩礁にそれで吸着、尾部組織は全て頭部に吸収され、口器部分からは擬根が生じ、全くの植物のように変身してしまう。因みに近年の研究によってホヤは生物体では珍しく極めて高濃度のバナジウムを血球中に濃縮していることが分かっている。本文に現れる「被嚢類」は尾索類の旧称。

 

「ふじつぼ」節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲(フジツボ)亜綱蔓脚(フジツボ)下綱完胸上目無柄目フジツボ亜目 Balaninano に属する富士山状石灰質の殻板をもつ固着性節足動物。あの中でエビのような生物が逆立ちしていると考えればよい。

 

「かめのて」フジツボと上目まで一緒で完胸上目有柄目ミョウガガイ亜目カメノテPollicipes mitella である。間違ってはいけない。「ミョウガガイ」類と呼称するが貝類ではない。このカメノテも、フジツボと同じく、あの中に逆立ちしたエビが入っていると思えば宜しい。

 

「いそぎんちやく」刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱イソギンチャク目 Actiniaria に属する種の総称。

 

「珊瑚」刺胞動物門花虫綱 Anthozoa に属する固い骨格を大きく発達させる種の総称。

 

「海松」これはウミマツと読み、花虫綱六放サンゴ(六射珊瑚)亜綱ウミカラマツ科ウミカラマツ Antipathes japonica 及び同科に属する種で、特に黒い角質の骨軸を持つ種の俗称で、装飾加工品としての「クロサンゴ」の方が現在は通りがよい。代表種のウミカラマツは水深一〇メートル以深の岩礁に着生し、通常は高さ五〇センチメートル内外の樹状群体を形成するが、時には二~三メートルの高さになるものもある。

 

「海柳」花虫綱ウミヤナギ科ウミヤナギ Virgularia gustaviana 。別名ヤナギウミエラ。相模湾以南に分布。一〇メートル以深の砂泥海底に柄部(朱色)で直立する。長さ三〇~四〇センチメートル、発達した骨軸を中心にして、柄上部には紫色の三角形をした葉状体が並ぶ。葉状体上縁に二〇〇以上の大きなポリプが並ぶ。文系の諸君であっても、これらの生物の分類学上の差異を知らないのは、悲しい。脅威の生態システムとライフ・サイクルを持つ彼らを、ただの下等動物として十把一絡げにして顧みない者は、正に文字通り、『智の下等』と言わざるを得ないと私は思うのである。]

 

 止まつて餌の來るを待つ動物は、逃げる餌を追ひ廻すわけでないから、殆ど筋肉を働かせる必要がなく、また餌の行衞を探すに及ばぬから、眼や耳の如き感覺器も要らぬ。筋肉や感覺器を用ゐなければ疲勞することもなく、食物を要することも極めて少いが、少い食物ならば態々求めずとも口の邊まで流れ寄つて來る。その有樣は、恰も社會に出て活動すれば儲かると同時に費用も掛かるが、隱遁して暮らせば、收入も少い代りに出費も少く、結句、靜に生活が出來るのと同樣である。併し止まつて餌を待つに適する場所には、かやうな生活をする動物が集まつて來て、各々好い位置を取らうとして互に壓し合ふから、生存のための競爭はやはり免れることは出來ぬ。

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