耳嚢 巻之四 化獸の衣類等不分明の事
化獸の衣類等不分明の事
大坂に古林見意といへる醫師ありしが、彼見意が語りける由。眞田山(さなだやま)の邊に學才ありし老人ありし故行き通ひて物抔尋問ひしに、或日人物勿躰(もつたい)らしき男、衣類さわやかにて彼老人の許に來る者ありて、老父、遠方來りし事を尋ければ、用事有て遠國へ參る間、暫しの暇乞に來りしといふ。當時は藤森(ふじのもり)邊に居候趣にて、彼老人召使ふ者に申付、外より貰ひし牡丹餠を盆に乘せて出しければ、何か禮謝して彼男人躰(じんてい)に不似合、手又は箸などにて取らずして、うつむきて口にて直(ぢか)に喰(しよく)しければ、遠方なれ早々歸るべしと、老父の辭に隨ひ暇乞ふて立歸りぬる。跡にて、藤森迄は此邊よりは里數も是あるに、今日暮に及び歸るといゝしが、夜通しにも歸る事にやと見意彼の老人に尋しに、彼者は暮ざる内に歸るべし、實は狐なる由、且彼ものが着服は何と見紛ふやと尋ければ、何か立派には見へしが品は不覺(おぼえざる)由申ければ、さればとよ、狐狸の類ひ都(すべ)て妖怪の者の着服は何と申事見留(みとめ)がたき物の由、彼老人語りしと見意直々(ぢきぢき)にわが知れる人に語りし由也。
□やぶちゃん注
○前項連関:妖狐で直連関。エイリアンの着衣が見たこともないような、地球上に存在しない素材で出来ている――というのと通底する。
・「古林見意」底本の鈴木氏注に、古林見宜(桂庵)の後裔であろう、とされる。古林見宜(ふるばやしけんぎ 天正七(一五七九)年~明暦三(一六五七)年)は江戸前期の儒医で、桂庵と号した。播磨国飾磨郡の出で赤松氏則の子孫という。京で医術を修業、大坂聚楽町にて医師を開業する一方、同門の堀杏庵とともに京都嵯峨に医師養成を目的とした学舎を創設、門人三千人を数えた(以上は「朝日日本歴史人物事典」を参照した)。
・「眞田山」現在の大阪市天王寺区の北東端にある真田山町。真田山は慶長十九(一六一四)年の大阪冬の陣の際、大阪城の弱点とされた南方面の防御を強化するために、大阪方の真田幸村が築いた出城であったとされる。
・「藤森」は京都市伏見区深草の地名。同地区には伏見稲荷がある。
・「藤森迄は此邊よりは里數も是ある」凡そ十里以上あったと考えられる。大阪の真田山と京都の藤森では現在の地図上の直線実測でも三十九キロ程ある。時速五キロとしてもヒトの足なら八時間は有にかかる。狐の時速は諸資料によれば、時速約四十八キロから、アカギツネで七十二キロ(瞬間最大時速であろう)とあるから、時速五十キロとすれば、文字通り、一時間かからないうちに(恐らくは夕方と思われる当話柄内時間から日没の前までに)辿り着くことが可能である。
・「都(すべ)て」は底本のルビ。
■やぶちゃん現代語訳
妖獣の衣類等は不分明で得体の知れぬものを素材としている事
大阪に古林見意という医師があったが、その見意が語ったとの由。
……真田山の辺りに、医術に特異な学才を持った老人が御座った故、拙者、この老人の元に頻繁に通っては、日頃の種々の疑問疑義を尋ねたり致いて御座った。
そんなある日の訪問の折りしも、相応なる人物と思しい男で、如何にも小ざっぱりとし、いや、それでいて何とも言えぬ不思議な美しさを感じさせる衣を纏った男が、この老人のもとを訪ねて御座った。
老人が、
「――遠方より遙々の御到来、如何致いたかな――」
と訊ねると、
「――用事の御座るによって、遠国へと参ることと相い成り――暫しの暇乞いに参りました――」
と答える。
拙者は部屋の端にて、それとのう、二人の会話を聞いて御座ったのだが――その会話の趣きから察すると――この男、今は京の藤の森辺りに住んでおるらしい。
かの老人が、召し使(つこ)うて御座った者に申し付け、貰い物なるよしの牡丹餅を盆に載せて男に出したところ……
……人声としては如何にも奇妙な……
……知れる言語にては御座ない、何か意味のよう分からぬ詞にて、礼のようなるものを述べた……
……かと思うたら……
……その男……
……かの相応の身分と思わるる風体(ふうてい)からは想像も出来ぬままに……
……手も箸も使わず……
……牡丹餅を、これ……
……顔を俯けて……
……あんぐりと……
……口だけで……
……食べて御座った……。
と、
「――遠方なれば、の――早々に帰ったがよかろうぞ――」
という老人の言葉に促され、男は短い暇の詞を述べると、立ち帰って御座った。――
――さてもその後刻のこと、
「……藤の森までは、ここいらからは相当の里数が御座るが……今最早、この日暮に及んで『帰れ』とおっしゃられたが……これ……夜通し歩いて……帰る、ということになりますかな?……」
という拙者の意地の悪い質問に、老人、平然と、
「――かの者は――日も暮れぬうちに帰り着くじゃろ――実はな――あれは――人――でにては――ない――狐――じゃ――」
と答え、間髪を入れず、
「――貴殿――あの者の着ておった――服――あれは――何と見たもうた?」
と訊ぬる故、
「……何やらん、立派なものには見えました……が……如何なる素材にて出来て御座ったか……はて……よう分かりませなんだ……いや……寧ろ……何やらん……不思議なことにて御座るが……今……はっきり言うて……よう……覚えておりません……」
と申したところ、
「――さればとよ――狐狸の類い――総て妖怪なる『もの』の着れる衣服なるものは――これ――何とも訳の分からぬ――記憶も残らぬ――人の意識には不分明にして不可視不可知に等しい――妖しき『もの』なのじゃ――」
と、かの老人が語って御座った。……
以上は、見意本人が私の知人に直接語ったこと、とのことで御座った。

