芥川龍之介「凶」の大正十三年の首吊の両足の出来事を八月五日に同定せる語
大正十三年の夏、僕は室生犀星と輕井澤の小こみちを歩いてゐた。山砂(やまずな)もしつとりと濕氣を含んだ、如何にももの靜かな夕暮だつた。僕は室生と話ながら、ふと僕等の頭の上を眺ながめた。頭の上には澄み渡つた空に黑ぐろとアカシヤが枝を張つてゐた。のみならずその又枝の間に人の脚が二本ぶら下つてゐた。僕は「あつ」と言つて走り出した。室生も亦僕のあとから「どうした? どうした?」と言つて追ひかけて來た。僕はちよつと羞しかつたから、何とか言つて護摩化してしまつた。
(芥川龍之介「凶」より)
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今日読んだ、講談社文芸文庫の室生犀星「深夜の人|結婚者の手記」(2012年2月刊)の「日記」大正十三年八月五日より。
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五日 七十五度
晩、マンペイホテルへ茶をのみに行く。途中芥川君木の茂みに怕がる。予が何か突然言いしとき也。驚きしにあらず怕かりしなりと頻りにそれを言う。驚くと怕がることの区別を混同することを繰り帰して言えり。
松村みね子さん見ゆ。三人で予の室で話をする。いつか二人で晩食に呼ぼうよと芥川君言う。
堀君帰京、