耳嚢 巻之四 しやくり呪の事
しやくり呪の事
しやくりを止るには、其人の口をあかせ、右口の内へ宗といふ文字を三度書けば止る事妙なりと、人の語りし故爰に認(したた)め置ぬ。
□やぶちゃん注
○前項連関:特に連関を感じさせない。但し、本巻は巻頭から呪(まじな)いずいている。
・「しやくり呪」しゃっくりを止めるまじないの意。「しゃっくり」という言葉は「刳りぬく」の意味の「さくる」の変化したもので、しゃっくりの腹を抉られるような感じに由来する。医学的にはミオクローヌス(myoclonus:筋肉の素早い不随意収縮。)の一種で、横隔膜又は他の呼吸補助筋の強直性痙攣によって声帯が閉じて音が発生することが一定間隔で繰り返される現象を言う。この「宗」の字を口の中に書くと言うのは迷信染みているが、そのためには大きく口を開かねばならず、尚且つ、宗の字三回は試みにやって見ると十秒以上はかかるので、その間、通常呼吸とはことなる呼吸をすることになり、効果があるとも言える。根拠なしでも、それを信じてやるならば一種のプラシーボ(偽薬)効果も期待出来よう。
さて、私の知るものでは本件に似たものとして、
自分で掌に「森」という字を書いて飲み込む。
というのがある。これは嚥下行動が横隔膜に作用すると考えればやはり非科学的とは言えまい。現実には、しゃっくりを止める決定打は、ない。
以下、信頼出来る医薬品メーカーのサイトや複数の質問箱・しゃっくり呪いの頁(思いの外多い)などを見ると、昔からの定番である、
〇びっくりさせる
〇息を止める
〇ゆっくりと息を吸う
〇胸に手を当てる
といったシンプルなものや、
〇腰に手を当てて左右の横隔膜部分を人差し指から薬指までの指で押し込み、同時に息を吸ってそのまま止める
という一見医学的処方のような記載、やはりしばしば聞くところの、
〇コップ一杯分の水を飲む
〇お椀に水をなみなみと張ってそれを向こう側から(深いお辞儀で顔が逆になったような状態)一気に飲み干す
この応用型で、私も聞いたことがある(が、面倒なのでやったことはない)、
〇お茶をいれた茶碗の上に割箸を十字に置き、それらの割箸を両手で固定し、それらのあいだからお茶を少し飲み、茶碗を九十度回転させながらそれを繰り返す
という方法(こちらの「じゃがべぇ~(^_-)-」氏のブログでの分布域を見ると、これは関西系の止め方らしい)、
〇ご飯を丸呑みする
〇盃一杯の酢を飲む
などの他、変形ものでは
〇スプーン一杯分の砂糖を食べる
〇柿のへたの煎じ薬を飲む
などがある。中でも面白いのは、
〇「豆腐の原料は何?」という質問に答えさせる
というのがあり、これはその答えの「大豆」という発声をすることに意味があるのではなく、驚かすのと同じで、突然、虚を付く質問をすることに意味があると思われる。即ち、意識をずらさせる効果であろう。従って質問は「ナスの色は何色?」「菜の花の色は何色?」と言ったヴァリエーションがあるらしい。
かなり複雑ながら、効果があるとする記載が多いネットで見た方法をここに記しおく。
〇十二秒で止める方法
1 深く息を吸う。
2 ドアや扉の枠の下に移動する。
3 手を伸ばして上の枠をつかむ。
4 枠を押し上げる感じで腕を伸ばす。
5 背中を曲げて前に倒れるような感じで腹のストレッチをする。
6 息を止めたまま三十秒から六十秒、この姿勢を保つ。
最後にやはり面白いと思った記事を最後としよう。
〇“My father, a science teacher, always quickly offers his students a
quarter if they hiccup again. Amazing and nearly foolproof! 2002 Jason-san(USA)”
因みに“a quarter”は二十五セント硬貨のことである。
■やぶちゃん現代語訳
しゃっくりに効く呪(まじな)いの事
しゃっくりを止めるには、その人の口を大きく開かせた上、その口の中に人差し指を入れ、その口中にて「宗」という文字を三度書けば、ぴたりと止まる、のは実に奇妙なこと乍ら、本当(ほんと)のこと、と人の語った故、ここに記しおく。