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2012/06/19

耳嚢 巻之四 不義の幸ひ又不義に失ふ事

今日の午後、まるまる本作にかけた……
皆さんは――この私の翻案訳をどう思われるであろうか……



 不義の幸ひ又不義に失ふ事

 

 予が元へ來れる者語りけるは、當春彼仁(かのじん)召仕ひし僕は桶川近所の者にて、神道の祓(はらひ)など朝夕せし故、其出所を尋しに、桶川宿最寄の神職の次男也しが、不行跡にて親元を立出、鈴を持て所々修行抔せしが、途中にて同職の者に出合しに、彼者も倶々(ともども)修行すべしとて一同所々徘徊せしが、或村方の同職の者方へ參りて、彼連れの一人申けるは、此邊には祈禱など賴べき人も有べき哉(や)と尋ければ、右同職の者申けるは、富家の内に心當りはなけれども、是より半道計(はんみちばかり)あなたに酒造などいたし餘程の有德人(うとくびと)有りて、(不付合せも有るものにて、去年の事なるが、いづ方の者に候や女人、富家の井戸へ入りて死せしを、内々にて取出し寺へ葬りしに、當年)造り込(こみ)の酒三四本かわりて(大きなる)損失せしといふ沙汰の由語りければ、夫こそ能(よき)手段也とて、米を貮升餘飯に焚せ、黄土(わうど)の砥(と)の粉(こ)を調へ、右飯に交へ握り飯にして彼一人申付、何卒右富家の者の井戸へ是を入置くべしと差圖して、扨彼富家に至りぬ。門に立て高間が原に神とゞまりしなど鈴打振りて、八卦占ひ好(このみ)次第など申ければ、右酒屋の内より老人壹人出て手の内を與へ、さて占ひを賴む由にて酒の替りし事を言んとせしを押止め、我等占ひは此方よりさし候事と斷て、偖(さて)算木筮(ぜい)などとりて暫く考へ、大き成(なる)損をし給ふ、何れ水によりての愁(うれひ)也、酒にてもかわりしやと言ける故、大きに驚き家内一同出て尚吉凶を尋しに、去年の頃人ならば女の井戸へ入りし事あるべし、右死骸は北の方へ葬り給ふならん、彼井戸に執心も殘りて水の色も常ならじと、實(まこと)らしく申ければ大きに驚きて頻りに信仰なしける故、右は得(とく)と祈禱にても成し給はずばなをなを愁あらんといひし故、井戸を改見(あらためみ)れば、實(げに)も水の色紅(くれなゐ)なれば、何分祈禱なし給へと頻に賴し故、しからば一室を明けて五色の木綿を與へ給へ迚、祈禱科なども約束して彼一室に籠り、供物抔をそなへ、右五色の木綿を四方に張て、右の内にて晝夜かわりがわりに鈴等を振りて、三日程は品々馳走などを受て、扨井戸をかへさせ水の色も復しければ、最早愁なしといゝて、金十兩の禮物と木綿五反と申請(まうしうけ)て彼家を出、拾兩を三ツに分て跡兩人は博奕場(ばくちば)などにて右金子を遣ひ、彼知れる人の小者へもすゝめけれど、我は不知由にて斷ければ、かゝる事にて設(まうけ)し金子遣ひ捨てよと勸けれど、いかに無益なりと隨はざれば、彼兩人も心よからざる樣子故立別れて、右金子三兩を懷中し所々修行して廻りけるが、ある山家に至りて日も暮かゝりけるに、泊るべき家居なかりしに、燈の影幽(かすか)に見へしに立寄て宿を乞しに、家内に人も見へず、一人年若なる女有りしが、日暮れ難儀し給はゞ止り給へといゝしまゝ、忝(かたじけなき)由にて一宿せしに、翌の日も雨ふりて止り給へと申けれど、女の壹人ある所なればいかゞあるべしと言ひしに、一人老男來りて、何かくるしかるべきと言し故、其心に任せ、雨晴ぬれば近邊を修行し、貰受(もらひうけ)し米を携へ歸りしに、彼女右米などを仕廻(しまひ)錢など取仕廻(とりしまひ)、其外の仕向(しむけ)女房同前の取扱ひ故、思わず一兩日止宿せしが、或朝村方の者と覺しく拾四五人も彼家を取卷き、最初の老人來りて、御身若き女の一人住の所に三四日止宿ある上は、此所の聟に成て住居を極めよと動けれど、我は古郷に家督もありて終(つひ)には歸るべき身の上なれば、此所に止りがたき由言けれど、然らば女の獨り住の所に止るべき謂(いはれ)なしと、怒責(いかりせめ)けれど承知せざりければ、しからば打よ叩けよと大勢寄りて散々に打擲(ちやうちやく)し、迯(にげ)んとするを取り押へ衣類を剝(はぎ)、懷中の金子をも奪ひ取、漸(やうやう)袷(あはせ)一ツにて追放されし故、ほうぼうの體にて迯のび、とある所に立よりてしかじかの事と語りければ、其宿り給ひし女の家は癩病にて、不殘(のこらず)死絶へて彼女壹人殘りし故聟をとらんと思へど、近郷近村にては彼筋(かのすぢ)を嫌ひて誰も取組(とりくむ)者なければ、御身を引留ん爲に斯(かく)なしたるならんと語りし故大きに驚き、夫より江戸へ出て奉公を稼(かせぎ)とせしと語りし由。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。但し、十七話前の「鯛屋源介危難の事」の構成類型譚で、あちらの穢多に対する誤った身分差別の意識が、ここではハンセン病の誤解と偏見に満ちた病者差別となっているもので、今の我々の感覚からすると如何にも不快な設定ではある。差別批判の視点を忘れずにお読みになられたい。なお、この主人公や同業者の職業については、「鹿島の事触れ」が最も近いように私には思われる。これは、古く毎春に鹿島神宮の神官が鹿島明神の御神託を触れて回ったことに由来する商売で、ニセ神官が吉凶・天変地異などの偽神託を触れ歩き、偽物のお札やまじない・祈禱などを生業とした者たちである。――最後に。――私は現代語訳で、女と過ごした「一兩日」を思い出すに、本話の主人公である話者の男に『何やらん、幸せで、御座いました』と勝手に言わせた。――この話の後半部は脱出に成功した/してしまった「砂の女」の主人公の話としても読める。――いや、そんなことはどうでもいい……私は……この話の最後に……彼は実は……かの村の女を哀れと感じている……と読みたいのである。……いや、私は……今の彼の毎日の朝夕の「祓」さえも……実は……あの三日の間だけ、夫婦(めおと)のように美しく純潔に触れ合った女の……「幸い」と「後生」のために……そのためだけに……秘かに行っている「祈り」ではなかったろうかと……私は……そう思っているのである……私は……そう思いたい人間なのである……。

・「(不付合せも有るものにて、去年の事なるが、いづ方の者に候や女人、富家の井戸へ入りて死せしを、内々にて取出し寺へ葬りしに、當年)」及び「(大きなる)」の括弧の右には、『(三村本)』と傍注する。これは旧三村竹清氏本(現在の日本芸林叢書本)によって補ったことを示す。私は、かの酒蔵の主人は、何かと面倒であるから、この女性変死事件を公にせず、「内々にて」――狂乱して入水した変死人としてではなく、恐らくは普通の路傍の行路死病人扱いとして――秘密裏に自家の檀那寺の無縁仏として葬ったものと推定する。そして、後の詐欺部分から推して、それをこの村の同業者は、極秘に情報を得ていたと考えるのである。そうでないと後の詐欺がそんなにうまく行くはずはないからである。そこで現代語訳では、私の推測する背景プロットを出してある。翻案ぽくなったが、この方が無理なくお楽しみ戴けるものと確信するものである。――それにしても――この前半の狂い入『水』した女は、実は後半の薄幸の癩病――生きながら業『火』に焼かれるとされた――筋の女と、奇しくも妖艶にしてシンボリックな額縁をなしているように感ぜられるのは、私の深読みであろうか?

・「桶川」現在の埼玉県桶川市。中山道桶川宿。

・「黄土の砥の粉」粘土(黄土)を焼いて粉にしたもの。刀剣の磨き粉・木材塗装・漆喰下地・目止め・漆器の漆下地等に用いた。ただ、これでは井戸の水は「紅」にはならないから、本来は岩波のカリフォルニア大学バークレー校版の当該箇所にあるように『殼(べんがら)・黄土を調へ』で、「紅殻」(第二酸化鉄を主成分とした赤色染料)が脱落したものと思われる。黄土を加えたのは、井戸水を如何にも毒々しく、濁った赤に染めるためであろう。「紅殻」を補って訳した。

・「何卒右富家」底本「右」は「石」。訂した。

・「手の内」乞食や托鉢僧・大道芸人などに施す金銭や米。

・「得(とく)」は底本のルビ。

・「實(げに)」は底本のルビ。

・「設けし金子」底本では「設」の右に『(儲)』と傍注する。

・「癩病」「癩」は現在はハンセン病と呼称せねばならない。抗酸菌(マイコバクテリウム属Mycobacteriumに属する細菌の総称。他に結核菌・非結核性抗酸菌が属す)の一種であるらい菌(Mycobacterium leprae)の末梢神経細胞内寄生によって惹起される感染症。感染力は低いが、その外見上の組織病変が激しいことから、洋の東西を問わず、「業病」「天刑病」という誤った認識・偏見の中で、今現在まで不当な患者差別が行われてきている(一九九六年に悪法らい予防法が廃止されてもそれは終わっていない)。歴史的に差別感を強く示す「癩病」という呼称の使用は解消されるべきと私は考えるが、何故か菌名の方は「らい菌」のままである。おかしなことだ。ハンセン菌でよい(但し私がいろいろな場面で再三申し上げてきたように言葉狩りをしても意識の変革なしに差別はなくならない)。ハンセン病への正しい理解を以って以下の話柄を批判的に読まれることを望む。寺島良安の「和漢三才図会卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」の「蝮蛇」(マムシ)の項ではこの病について『此の疾ひは、天地肅殺の氣を感じて成る惡疾なり。』と書いている。これは「この病気は、四季の廻りの中で、秋に草木が急速に枯死する(=「粛殺」という)のと同じ原理で、何らかの天地自然の摂理たるものに深く抵触してしまい、その衰退の凡ての「気」を受けて、生きながらにしてその急激な身体の衰退枯死現象を受けることによって発病した『悪しき病』である。」という意味である。ハンセン病が西洋に於いても天刑病と呼ばれ、生きながらに地獄の業火に焼かれるといった無理解と同一の地平であり、これが当時の医師(良安は医師である)の普通の見解であったのである。因みに、マムシはこの病気の特効薬だと説くのであるが、さても対するところこの「蝮蛇というのは、太陽の火気だけを受けて成った牙、そこから生じた『粛殺』するところの毒、どちらも万物の天地の摂理たる陰陽の現象の、偏った双方の邪まな激しい毒『気』を受けて生じた『惡しき生物』である。」――毒を以て毒を制す、の論理なのである――これ自体、如何にも貧弱で底の浅い類感的でステロタイプな発想で、私には実は不愉快な記載でさえある。――いや――実はしかし、こうした似非「論理」似非「科学」は今現在にさえ、私は潜み、いや逆に、蔓延ってさえいる、とも思うのである……。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 不義なる幸いで得たものを再び不義によって失のう事

 

 私の元へよく訪ねてくる者の語ったことで御座る。

 今年の春のこと、彼の人が召し使って御座った下僕は――桶川辺りの出の者にて――朝夕、神道のお祓いなんどを、如何にもつきづきしゅう、欠かさず成して御座った故、その出自を問うたところ、桶川宿にある神社の神官の次男坊であったが、不行跡にて親元を追い出され、鈴を持っては、諸国を修行なんど致いて御座ったとのこと。……その放浪の折りのことである……

 

 ……そんな当てどない旅の途中、同じような身過ぎの者と道連れになり、

「いっそ一緒に修行せんがよかろうぞ。」

と、意気投合致しまして、連れ立って各所を徘徊致いておりました。……

 と、とある村にて、また同(おん)なじ身過ぎの者の塒(ねぐら)を訪ねた折り、その組んだ相方が、

「……この辺りにゃ、祈禱なんど、頼むような奇特なお人ももはや、御座らぬかのぅ?……」

と話を向けると、その村の騙り神官の申すことにには、

「……とんと金蔓になりそうな富裕の手合いにゃ、心当たりはなけれども……そうさの、この村から半里ほど参ったところじゃが……酒造りなんど致いて、随分と、裕福な御仁が御座るぞ。……そういやぁ、気の毒なことに、よ――去年のことじゃが――どこぞの馬の骨とも分らん女が一人……気の狂うてか、その豪家の井戸へ飛び込んで死んだを……面倒なことなれば、誰(たれ)にも知られんようにと……こっそり井戸から引き上げて、豪家のすぐ北にある檀那寺の方へ葬って済ましたことがあったそうじゃ――我らが懇意にして御座るところの、その寺僧本人からこっそり聴いたによってな、こりゃ、間違いないわ――ところが、よ……その年のこと……これまた、聴いた話によればじゃ……豪家で仕込んでおいた大酒樽の三つ四つ、何故か知らん、すっかり腐って御座って、の……そりゃもう、ひどい損を致いたという、専らの噂じゃて……」

と、それを聴いた、かの相方、

――パーン!――

と膝を打って、

「それこそ――渡りに舟――というもんじゃい!」

と叫ぶや――かの屋の男に米の二、三升も飯に炊かせ、紅殻(べんがら)と粘土の砥の子を用意の上、それを混ぜ入れて堅めの握り飯をたんと作り、かの同職の男に声を顰めて、

「……どうか一つ、こいつらをな……その豪家の井戸へ……ぽぽぽい、ぽいっと……投げ入れて来て呉れんか、の……」

と指図致いておりました。……

 さて、その翌日のこと、私とその相方、そうしてその村の同業のニセ神官と三人同道の上、かの酒造り屋形の門(かど)へと立っては、鈴高らかに振り鳴らいて、

「――高天原にィ!――神、座(ま)しましィ!――」

「――八卦ェ!――占いィ!――」

「――お好み次第ィ!――」

なんどと、何時もの調子で呼ばはれば、かの屋形の内より老人が一人出でて参りまして、我らに施し致いた上、

「……さても……一つ……占(うらの)うて呉れぬかの……実は……その、去年(こぞ)の……」

と話しかけた途端、相方、

――ザッ!――

と老人が表の正面に右掌を差し出だし――老人が原因不明の酒の腐ったことを語り出さんとするを――食ってとどめ、

「――我ら占いは――その占(うらの)うべき事から――先ず占うて存ずる――」

と老人を黙らせる。

……と、さても、やおら算木・筮竹を取り出だし、

――タ! ターン!――

――ジャラジャラ! ジャラン!――

……と、これまた、まことしやかにあれこれ並べ替えては、数えなど致いて……暫く考えておる――振りを致いて――おる。

 そうして、徐ろに、

「……さて貴殿は『去年(こぞ)』――大いなる『損』――をなされたな――そは――何か――『水』――に関わる愁いなると見た――水――酒――貴殿の造れる酒に何ぞ変わりが御座ったのではあるまいか?……」

と美事な演技で言い放てば、老人、慌てふためいて、屋敷内(うち)に走り込んだかと思うと、屋形の者ども一人残らず引き連れて参り、

「……ど、どうか! な、なっ、なおも、吉凶、占うて、下されぃイ!……」

と喉から声を絞り出して懇請する……

……相方はといえば……相変らず落ち着き払って、今度はさらに厳粛に、

「……『去年』の頃――『人』?――人ならば――恐らく――『女』――か――女が――『井戸へ落ちる』のが――見える……その女の『死骸』も見える……『北』――ここから北の方へ――その遺体はそこに貴殿が手厚うに葬られた――はずで御座った……が……待て!?……未だ……未だその井戸に……かの女の執心――これ、残って――見えるぞ!――見える!――『水』の――『水の色』が常ならぬ!……それじゃ! その井戸の水の変じるが如、酒も女の執念によって変じた! 腐ったのじゃッ!……」

とまたしてもまことしやかに申せば、一同、いよいよ驚愕、叫喚、一人残らず地に這って、我等ら三人を礼拝致いておりました故、すかさず相方が、

「……これは先ずは……とくと祈禱にてもお上げになられずんば……なおなお……禍根……これ、残しましょうぞ!……」

と申す故、誰ぞが――それは、今考えれば、かの村の同業者でも御座ったか――

「先ずは、井戸の方を改め見ん!」

と呼ばわるに、行って汲み上げて見れば……水の色……これ、まっこと……血の如く……赤こう……染まっておりました。……

……なればこそ、老爺は、

「……な、な、何分! どど、ど、どうか!……ね、ねっ、懇ろなる御祈禱、こ、これ、成したまえッ!!」

と頻りに願うので御座います。すると、やおら相方は、

「……然らば……お屋形内(うち)に一間をお空け下され、また――結界に致すための五色の木綿を我らにお与え下されよ。……」

と、ちゃっかり概算の全祈祷料なんども示して契約致しますと――さてもその宛がわれた大広間に三人して――籠りました――

――供物なんどもふんだんに供えさせ、三人してふんだんに食い――

――高価な五色の木綿を四方に張って、外からは見えぬように致し――

――昼夜、三人、代わる代わる鈴を振って、残りの二人は――喰う――寝る――遊ぶ――

――それとはまた別に、この三日の間は正式の饗応も御座いました故――

――山海珍味の品々馳走――

加えて御酒(ごしゅ)も飲み放題……

という仕儀にて……井戸の水も即日に汲み替えを命じておきましたによって……そう、三日目の朝には、すっかり元のきれいな水に戻っておりました。……

 四日目の朝、我らは、

「――これにて最早――愁い、御座らぬ――」

とかなんとか、殊勝に申しまして――

――祈祷料金十両の御礼――

――加えて褒美の、三人それぞれ木綿五反ずつ――

を申し請けて、まんまと、かの家を悠々、退去致いたので御座います。……

 

 十両は三つに山分け致しました。

 その後すぐ、他の二人は、その金子を博打場なんぞですっかり使い果たしてしまい、また私にも

「我らと同なじように――遣っちめえな。」

と、しきりに勧めましたが、私は勝負事は不調法なれば、断わりました。

「――ままよ――こうして得た銭は悪銭の泡く銭じゃて――きれいさっぱり使い果たすが、身のため、だ、ゼ――」

としつこく勧めるのですが、

「……いや……それじゃ、せっかくの金子……余りに、無益なこととなる。……」

といっかな従わずにおりましたところが……何やらん、二人はいたく気分を害した様子にて……いえ、はっきり申せば、かの二人……私の金子を狙(ねろ)うておるような気も致して参りましたによって……そこで、彼らとは、分かれたましたので御座います。……

 

 さて、私めはその三両を懐中に致いたままに、また気儘なる諸国行脚の旅に出でました。

 それから、そう日も経たぬ、ある日のことで御座いました。

 とある村里に辿り着いたところが、日も暮れかけておりましたに、泊まれそうな家もござらず、暗くなった中、燈火(ともしび)の幽かなに見えたに立ち寄り、一夜(ひとよ)の宿を乞うたところ、家内には一人、年若き女があるばかりにて、他に人気はまるで御座いませなんだ。――

「――日暮れて難儀なさっておられるのであらば――よろしければ――お泊り下さりませ――」

と申しますによって、言葉のまま、

「忝(かたじけな)い。」

と申して、一泊致しました。――

 翌の日も雨が降っており、女は、

「――お留まりなさいませ――」

と申しましたが、流石に、

「……女子の一人住まいなれば……如何なものかと……思うて御座れば……」

と言い澱んでおりましたところへ、女の知り合いと思しい一人の老人が訪ねて参り、

「――何んの。何の不都合が御座ろうか。留まられるがよかろうぞ――」

と、やさしゅうにこれも勧め下さる故、その親切に甘えまして……その翌日は流石に雨の上がって晴れましたが、かの村里を中心にその近辺を渡り歩いて、貰い請けた米や銭を携えて女の家へと帰ってみると――

――かの女はその米をありがたくおし戴き――

――銭も神仏に祈願致いて仕舞い置き――

――米をかいがいしく炊き――

――ともに食い――

――ともに語り――

――ともに笑うて……

……そんな……そんな私に向ける……

――その眼――

――その仕草――

――その表情……

……これ……もう……女房も同然にて……私もあたかも……夫のように……

……何やらん、幸せで、御座いました……

……思わず、丸三日も止宿致いて御座ったのです。……

 

 ところが、その翌朝のことでした。

 村方の者と思しい、十四、五人の者が、

――ザザッ!――

とこの家を取り巻き、最初に訪ねて御座った老人が私の前に進み出でて、

「……お主……若き女の一人住まいのところに……三、四日止宿致いた上は……ここの――婿――となって棲み家と定めよ!――」

と打って変わった強面(こわもて)にて断言致すでは御座いませんか。

「……い、いえ……そ。そ、その……わ、我らには、こ、故郷に……つ、つ、継ぐべき家も、ご、御座ればこそ……い、何時かは帰らねば、なりませぬ、み、身の上にて……こ、ここには、と、とてものこと……と、留まること、で、出来にくう、ご、こ、御座いますれば、こ、こそぉ……」

と申しましたそばから、

「――何じゃとぅ!? 然らば――いたいけな女子(おなご)の一人住まいに――留まってよい謂われなんぞ――ないわッツ!!」

と、突如、老人は怒って、口汚く罵り、さんざんに責め立てましたが、私は遂に、承知致しませなんだ。……

「ようし! 分かった! 然らば! 皆の者! この男! 打っ殺せ! 叩っ殺セい!!」

と、知らぬ間に膨れ上がって御座った村人らが、大勢で私をとり囲んで、散々に、

――殴る

――蹴る

――打(ぶ)つ

――叩く

――逃げんとするところを取り押さえられて……

――身ぐるみ剝がれ……

――懐中の金子も……ビタ一文残さず奪い取られてしまいました。……

……そうして……そうして、お恥ずかしい……お目こぼしの袷(あわせ)一つで……豚の死骸の如、放り出されてしまいましたので御座います……。

 

 ……それでも……その村里を……這々(ほうほう)の体(てい)にて逃げのびまして……その近在の別の村の、とある屋にお世話になることとなり、お助け頂きまして御座います……。

 ……半死半生の状態から、やっと生気を取り戻いて、かのお助け頂いた方に、これまでの事を、かくかくしかじか、お話申し上げましたところ……

「……お前さん……お前さんが泊まったという、その家は……この辺でも知られた、癩病筋の、家じゃ……癩がために残らず死に絶え……かの娘一人が、生き残っておる家じゃによって……村の者どもも、かの娘を哀れに思うて……婿を取ってやろうといろいろ致いたのじゃが……この近郷近村にては……かの筋は最も忌みきらわれるもので、の……かの家のことも……もうすっかり知れ渡って御座ったれば……誰(たれ)も、その話には、取り合わなんだ。……されば、他所者(よそもん)のお前さんを――渡りに舟――と、引き留めんがため……かくも企略を致いたもので、あろうのぅ……」

と……語って下さいました。……

 

……ええ……私も、ひどく驚きまして……それよりすぐ……逃げるように江戸へ出で……かく、奉公させて戴いておりまする次第にて……御座いまする……



8539
Boccaccio Boccaccino Gipsy girl 1516

(ウフィツィ美術館所蔵)

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