フォト

カテゴリー

The Picture of Dorian Gray

  • Sans Souci
    畢竟惨めなる自身の肖像

Alice's Adventures in Wonderland

  • ふぅむ♡
    僕の三女アリスのアルバム

忘れ得ぬ人々:写真版

  • 縄文の母子像 後影
    ブログ・カテゴリの「忘れ得ぬ人々」の写真版

Exlibris Puer Eternus

  • 吾輩ハ僕ノ頗ル氣ニ入ツタ教ヘ子ノ猫デアル
    僕が立ち止まって振り向いた君のArt

SCULPTING IN TIME

  • 熊野波速玉大社牛王符
    写真帖とコレクションから

Pierre Bonnard Histoires Naturelles

  • 樹々の一家   Une famille d'arbres
    Jules Renard “Histoires Naturelles”の Pierre Bonnard に拠る全挿絵 岸田国士訳本文は以下 http://yab.o.oo7.jp/haku.html

僕の視線の中のCaspar David Friedrich

  • 海辺の月の出(部分)
    1996年ドイツにて撮影

シリエトク日記写真版

  • 地の涯の岬
    2010年8月1日~5日の知床旅情(2010年8月8日~16日のブログ「シリエトク日記」他全18篇を参照されたい)

氷國絶佳瀧篇

  • Gullfoss
    2008年8月9日~18日のアイスランド瀧紀行(2008年8月19日~21日のブログ「氷國絶佳」全11篇を参照されたい)

Air de Tasmania

  • タスマニアの幸せなコバヤシチヨジ
    2007年12月23~30日 タスマニアにて (2008年1月1日及び2日のブログ「タスマニア紀行」全8篇を参照されたい)

僕の見た三丁目の夕日

  • blog-2007-7-29
    遠き日の僕の絵日記から
無料ブログはココログ

サイト増設コンテンツ及びブログ掲載の特異点テクスト等一覧(2008年1月以降)

« 蒲郡クラシックホテル | トップページ | 【二〇一二年T.S.君上海追跡録 第二】 上海游記 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈 十三 鄭孝胥氏 及び 十八 李人傑氏 注追加 »

2012/07/19

生物學講話 丘淺次郎 四 殺して食ふもの

     四 殺して食ふもの

 

 動物には植物を食ふものと動物を食ふものとがあるが、いづれにしても食はれただけの餌は死んで消化せられるのであるから、すべて殺されるのであるが、植物は泣きも叫びもせぬため殺して食ふといふ感じを起こさぬ。これに反して、動物の方は、攻められれば多少抵抗し、傷つけられれば痛みの聲を發し、力が盡きれば悲しく鳴くなど、愈々殺され食はれてしまふまで、一刻一刻と死に近づく樣子が如何にも憐に見える。しかして植物を食ふ動物と、動物を食ふ動物とはいづれが多いかといふと、陸上では植物が繁茂して居るために、植物を食ふ動物も多數にあるが、一度海岸を離れて大洋へ出て見ると、殆ど悉く肉食動物ばかりで、植物を食するものというては僅に表面に浮かんで居る微細な種類のみに過ぎぬ。されば殺して食ふことは動物生活の常であつて、前に述べた止まつて餌を待つものも、進んで餌を求めるものも、結局は殺して食ふのである。但し同じく殺して食ふといふ中にも、相手と戰ひ、その抵抗に打ち勝つて殺すものもあれば、無抵抗の弱い者を探して食ふものもあり、殺してから食ふものもあれば、食つてから殺すものもあり、また中には死骸を求めて食ふものなどもあつて、種屬が違へば、殺しやうや食ひやうにも種々相異なる所がある。

 獅子・虎・鷲・鷹などのやうな所謂猛獸や猛禽の類は、飽くまで強い筋肉と鋭い爪牙とを以て比較的大きな餌を引き裂いて殺すが、「いか」・「たこ」の類、「えび」・「かに」の類なども、同樣の手段で生きた餌を引き裂いて食ふ。昆蟲の中でも益蟲といつて他の蟲類を食ふ種類は多くは、顎の力によって餌を嚙み殺すものである。「とんぼ」などはその一例で、盛に他の昆蟲類を生きたまゝ捕へて食ふが、それがため養蜂家に對しては甚だしく害を與へる。「げじげじ」なども夜間燈火の近くに匐つて來て蛾の來るのを待ち受け、多數の長い足で蛾の翅を押さえて動かさず、忽ち頭から嚙み始めるが、その猛烈なることは、虎が羊が食ふのと少しも違はぬ。猫が鼠を捕り、鷹が雀を捕ることは誰も知る通りで、この位に互の力が違ふと容易に食はれてしまふが、動物には餌を殺すに當つて何か特殊の手段を用ゐるものもある。その最も普通なのは毒を以て攻めることで、獸や鳥には毒のあるものは少ないが、蛇類には劇しい毒を有するものが澤山にあり、熱帶地方では年々そのために命を落す人間が何萬もある。毒蛇が餌を食ふときにはまづ口を開いて上顎の前端にある長い牙を直立させて、これで速に打つて傷口に毒液を注射するのであるが、その運動も速いが毒の利くのも實に速なもので、打たれたかと思ふと餌になる動物は忽ち麻痺を起し、腰が拔けて動けなくなつてしまふ。「くも」や「むかで」に螫されると毒のために劇しく痛むが、「さそり」の尾の先の毒は更に恐しい。なほ海産動物にも有毒のものは幾らあるか知れぬ。

Sasori

[さそり]

 

[やぶちゃん注:「げじげじ」節足動物門多足亜門ムカデ上綱唇脚(ムカデ)綱改形(ゲジ)亜綱(背気門類)ゲジ目ゲジ科 Scutigeridae。標準和名はゲジ。難読漢字でよく出るが漢字では「蚰蜒」と書く。本邦産は二種でゲジ Thereuonema tuberculata と オオゲジ Thereuopoda clunifera。参照したウィキゲジ」には語源として、『天狗星にちなむ下食時がゲジゲジと訛ったとか、動きが素早いことから「験者(げんじゃ)」が訛って「ゲジ」となったという語源説がある』とするが、あまりピンとこない。虫嫌いの私が最も恐懼する虫である。言わずもがなであるが、クモ類(蛛形綱)やムカデ・ゲジ類(多足亜門唇脚綱)は昆虫ではない。

「さそり」節足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目 Scorpiones に属する動物の総称。クモ類の中では進化の最初期に分化したグループと考えられている。丘先生はかなり脅した表現を用いておられるが、ヒトに対して致命的な毒を持つ種はサソリ類凡そ一〇〇〇種の内、僅か二十五種と少ない。]

 

 大きな蛇が餌を殺すには長い身體を卷き附け、順々に締めて窒息させ、更に骨片なども折れるまで壓縮する。熱帶地方に産する蛇には、長さが七米も九米もあるものがあるが、かやうな大蛇は隨分馬や牛でも締め殺すことが出來る。また「ワニ」などは陸上の動物が水を呑みに來る所を水中で待つて居て、急に啣へて水中に引き入れ溺れさせてからこれを食ふのである。

Hebiusagi

[兎を殺す大蛇]

 

 餌となる動物を生きたまゝ引き裂いて食ふ動物は、自然性質も殘忍で、單に引き裂くことを娯む如くに見える。「いるか」の類は常に「いか」を食とするが、「いるか」が「いか」の群れを見附けると、食へるだけこれを食ふのみならず、食はれぬものも皆嚙み殺す。かやうな跡を船で通ると、半分に嚙み切られ死んで居る「いか」が無數に浮いて居る。これは「いるか」に限らず他の猛獸類にも多少その傾があるやうに見える。

[やぶちゃん注:「娯む」は「たのしむ」と訓ずる。私がここを読みながら感じること――捕鯨を残酷で野蛮だという人々は、このイルカのイカへの「蛮行」を、『神のように許し給う』ということである。――]

 餌を嚙まずに丸呑みにするものには生きたまゝ食ふものが多い。鶴や「さぎ」が「どぜう」を食ふのもその例であるが、最も著しいのは蛇である。蛇が蛙を呑む所を見るに、まづ後足を口に啣へ、次に體の後端から呑み始めて次第に呑み終るが、蛙はなほ生きて居るから強ひて蛇に吐かせると、蛙はそのまゝ躍ねて逃げて行く。蛇が自身の直徑の數倍もある大きな動物を丸呑みにするのも驚くべきことであるが、深海の魚類などには、身體の大きさに比して更に大きなものを呑むものがある。ここに圖を掲げた魚などは自身より大きな魚を呑んだので、呑まれた魚は二つに曲つて、漸く呑んだ魚の胃の中に收まつて居る。

Uouo

[魚を呑んだ魚

 呑まれた魚の尾鰭の上に重なつて見えるは飲んだ魚の腹鰭]

 

[やぶちゃん注:この挿絵の魚は新鰭亜綱棘鰭上目スズキ目クロボウズギス科オニボウズギス Chiasmodon niger 若しくは同クロボウズギス科 Chiasmodontidae に属する他のボウズギス属(クロボウズギス属 Pseudoscopelus・ワニグチボウズギス属 Kali・トゲボウズギス属 Dysalotus)と思われる。私にはオニボウズギス Chiasmodon niger の確率が高いように思われる。何故なら、以下に参照したウィキの「オニボウズギス」にパブリック・ドメインで示される同種の図譜①(Black swallower, ''Chiasmodon niger''. From plate 74 of ''Oceanic Ichthyology'' by G. Brown Goode and Tarleton H. Bean, published 1896)とこの図が極めてよく似ているからである。オニボウズギス(鬼坊主鱚)は深海六〇〇から一〇〇〇メートルほどの深さに住む深海魚で、体長は一〇~三〇センチメートル、口に鋭い歯が生え、肌は透けるように薄い。口は大きく開くが、これが本種の最大の特徴である、自分の数倍もある大きな獲物を無理矢理胃の中に納めるのに適した構造となっている。『本種は普段はごく普通の魚に見えるが、自分よりも大きな獲物を呑み込んだ結果、胃が猛烈に膨れあがり、体の容積の数倍にもなる。その胃の中の捉えた獲物の姿が、透けた体表を通して見えてしまう程である』。『この大きく膨らんだ胃によって、エサの乏しい深海で長期間栄養を保つとされている。歯が鋭いのは、そういった獲物を捕らえた場合、決して逃がさないようになっていると思われる』(引用はウィキ本文)とあるが、この解説の中で『本種の最大の特徴』としている点、以下に示した①の反転画像②と較べてみても、頭部尖端及び尾鰭・側線の形状に違いが見られるが、本書の図譜はかなりタッチが荒く、描画上の相違とも取れるからである。

Chiasmodon_niger

Chiasmodon_niger2

②]

Hagewasi

[はげわし]
 

 肉食動物の中には、自身で餌を殺さずに死骸の落ちて居るのを探して食つて歩く種類もある。エジプトの金字塔(ピラミッド)の繪などに、よく虎と狼との中間のやうな猛獸の畫いてあることがあるが、これは「ヒエナ」〔ハイエナ〕といふ獸で、常に死體を求めて食物とする。鳥の中では「はげわし」と稱するものが屍骸の腐りかゝつたのを食ふので有名である。この類の鳥は日本の内地には一種も居ないが、朝鮮からアジア大陸・ヨーロッパ大陸邊には澤山居る。頸は稍々長く、頭と頸とは露出して、恰も坊主の如くであるが、馬や牛の屍骸でもあると忽ちそこへ集まつて來て、皮を嚙み破り、腹の中へ頭を突き込んで腐つた腸や腎などを貪り食する。昆蟲の中に「しでむし」というのがあるが、これなども屍體を食ふのが專門で、鼠や「もぐら」の死體でも見つけると、その處の土を掘つて終に土中に埋めてしまひ、後にこれを喰ふのである。海岸の岩の上などに澤山に活發に走り廻つて居る「ふなむし」も、好んで死體を食ふもので、海濱に打ち上げられた動物の屍體は忽ちの中にこれに食ひ盡され、たゞ骨格のみが綺麗に後に殘る。

Sidemusi

[しでむし]
 

[やぶちゃん注:「ヒエナ」丘先生が念頭においておられるのは、エジプトを挙げておられるのでネコ目ハイエナ科ハイエナ亜科ブチハイエナ Crocuta crocuta 及びシマハイエナ Hyaena hyaena であろう。背中に剛毛が生えている様が豚に似ていることから、シマハイエナの属名“Hyaena”及び英名“hyena”は、雌豚を意味する古典ギリシア語“huaina”に由来する。

「しでむし」鞘翅(コウチュウ)目多食(カブトムシ)亜目ハネカクシ上科シデムシ科 Silphidae に属する昆虫の総称。「死出虫」。時に「埋葬虫」とも漢字表記する。

「ふなむし」甲殻綱等脚(ワラジムシ)目ワラジムシ亜目フナムシ科フナムシ Ligia exotica。]

« 蒲郡クラシックホテル | トップページ | 【二〇一二年T.S.君上海追跡録 第二】 上海游記 芥川龍之介 附やぶちゃん注釈 十三 鄭孝胥氏 及び 十八 李人傑氏 注追加 »