生物學講話 丘淺次郎 三 餌を作るもの~(4)/了
[白蟻 一種類の中に見られる種々の形態の異なつた個體を示す]
白蟻にも菌を作る種類が幾らもある。白蟻といふと素人はやはり蟻の一種かと思ふが、昆蟲學上から見ると蟻と白蟻とは全く別の類で甚だ縁の遠いものである。しかしながら兩方ともに數萬も數十萬も集まつて社會を造つて生活するから、習性には相似た所が少くない。菌の培養の如きもその一つで、白蟻の巣に於ても略々同樣のことが行はれて居る。但し菌の種類も、その作りやうも聊か蟻とは違ひ、また白蟻の種族によつも違ふ。白蟻が菌を養ふ畠は、蟻の如くに木の葉を嚙み碎いたものではなく、白蟻自身の糞であるが、白蟻は主として木材を食するもの故、その糞は木材を細かく碎いた如きものである。木材は誠に滋養に乏しいものであるが、白蟻の糞の畠に繁茂する菌は多量の窒素を含み滋養分に富んで居るから、白蟻のためには甚だ大切な食料である。蟻の方はわざわざ木の葉を嚙み碎いて畠をつくるのであるから、眞に菌を培養することが確であるが、白蟻の方は自身の糞の塊に菌が繁茂して居るのであるから、或は自然に生ずるものではなからうかとの疑も起るが、働蟻を遠ざけて置くと忽ち部屋中が黴だらけになる所を見ると、白蟻の場合に於ても、やはり働蟻の不斷の努力によつて、菌が常に適度に培養せられて居ることが確に知れる。これらはいずれも後に餌となるべきものを、前以て作るのであるから、明に一種の農業である。
[やぶちゃん注:「白蟻」ゴキブリ目シロアリ科 Termitidae の昆虫の総称。言わずもがな、丘先生もおっしゃっている通り、アリはハチ目ハチ亜目有剣下目スズメバチ上科アリ科 Formicidae で、羽を欠く社会性を強く保持したハチの仲間であるのに対し、シロアリはゴキブリが強い社会性を獲得し、たまたま生態に於いてアリと同じような平行進化を遂げたゴキブリの仲間であり、種としては縁遠い。キノコを栽培するシロアリについては、参照したウィキの「シロアリ」によれば、『高等シロアリと呼ばれるシロアリ科のシロアリにはユニークな生態のものがあり、その中にはキノコを栽培するシロアリもある。それらは喰った枯死植物を元にしてキノコを栽培する為の培養器を作る。それを入れるための巣穴を特に作る必要がある。日本では八重山諸島に分布するタイワンシロアリが地下に巣穴を掘り、そのあちこちにキノコ室を作る』とある。沖縄本島より南に生息するこのタイワンシロアリ
Odontotermes formosanus が栽培するキノコはキシメジ科オオシロアリタケ Termitomyces eurrhizus であるが、何と、これは人間の食用にもなる。タイワンシロアリとオオシロアリタケの共生を含め、最後には「オオシロアリタケのソテー」を紹介してくれる、沖縄県立博物館公式サイトの主任学芸員田中聡氏の「オオシロアリタケのソテー:シロアリと菌類のコラボレーションに舌鼓」は必読である。]
樹木の幹の中に生活する小さな甲蟲の中にも菌を利用するものがある。「ゴム」・茶・甘蔗・蜜柑など熱帶地方の有用植物は、幹を喰ふ小甲蟲のために年々大害を受けるが、これらの蟲類の造つた細い隧道の内面には、處々に微細な菌類が澤山に生じ、甲蟲は少しづつこれを食つて生きて居る。これなども不完全ながら蟻や白蟻が菌を作るのに比較することが出來よう。農業などの如き、稍々遠き未來の成功を豫期して現在の勞働に從事するといふことは、生物界には決して多くはないが、しかしその皆無でないことは以上の數例によつて確に知ることが出來る。
[やぶちゃん注:「農業などの如き、稍々遠き未來の成功を豫期して現在の勞働に從事するといふこと」なんだか、こう書かれると、農業はやっぱり崇高だという気がしてくる。]