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2012/07/24

耳嚢 巻之四 慈悲心鳥の事

 

 慈悲心鳥の事

 日光山に慈悲心鳥といへるあり。じひしんと鳴候由兼て聞しが、予御用に付三ケ年彼御山に登山せしが其聲聞ざりし故、大樂院龍光院外一山の輩に尋しに、中禪寺の奧などにては常に鳴く由。邂逅(たまさか)には日光の御宮近邊へ來りし事あり。鳩程の鳥にて羽翼美しき物なれど、餘り里近く出ざれば見る者稀の由語りしが、寛政の頃日光奉行を勤し太田志州、登山の折から中禪寺にても聞しが、大樂院の森にて新宮祭禮湯立(ゆだて)ありし時其聲を聞しが、じひしんと心字を引(ひき)候て、餘程高く鳴候鳥也。葉隱れに鳴く故其形は志州見留ざりし由語りぬ。

□やぶちゃん注

○前項連関:乾隆帝の高邁なる志から畏れ多き権現様家康公の霊威瑞兆で連関。


・「慈悲心鳥」カッコウ目カッコウ科カッコウ属ジュウイチ Cuculus fugax。成鳥は全長凡そ三二センチメートル。頭部から背面にかけては濃灰色の羽毛で覆われ、胸部から腹面にかけての羽毛は赤みを帯びる。胸部には鱗模様を持つ。幼鳥は胸部から腹面にかけて縦縞が入っている。脚は黄色で脚指は前二本後二本の対し足。托卵する。日光では初夏(五月中旬)に渡って来て囀るが、和名も異名ジヒシンチョウもその鳴き声のオノマトペイアである。サイト「日光野鳥研究会」のジュウイチ」のページには、江戸時代に書かれた日光ガイドブック「日光山志」に日光はジュウイチの産地とあり、また『この鳥は「神山に住む霊鳥で、自らの名を呼ぶ」』などとされ、『「仏法僧」と鳴くと思われていたブッポウソウ、「法、法華経」と鳴くウグイスを加えて、日本三霊鳥として』崇められたとする。同族類では『ウグイス以外は、身近な鳥ではないだけに色々想像され、神格化された部分があったと思』われ、特に江戸時代有数の霊場であった日光に棲むことから格別な霊鳥と意識されたと考えられるとあり、また、「日光山志」『には、ジュウイチのいるところとして「荒沢、寂光、栗山辺にも多く(中略)人家のあるところでは声を聞くことは希なり」と書かれてい』るとも記す。リンク先では慈悲心鳥の鳴き声も聴ける。神霊の声を耳を澄ませてお聴きあれ。但し、音源を聴くに、私には「ヒュイチィ! ヒュイチィイ!」と聴こえ、また、連続して囀ると、本文でも触れているようにテンポと音程が徐々に早く高くなるように思われる。

・「予御用に付三ケ年彼御山に登山せし」既出であるが、根岸は勘定吟味役として、安永六(一七七七)年から安永八(一七七九)年までの三年間、日光東照宮・大猷院(家光)霊屋・本坊日光山輪王寺及びその附属建物並びに日光山諸寺諸堂諸社諸祠の御普請御用のために日光山に在勤している(「卷之一」の神道不思議の事参照)。

・「大樂院」当時の東照宮祭祀を司っていた日光山輪王寺の東照宮別当。廃仏毀釈で消失したが、現在の社務所の位置にあった。


・「龍光院」日光山輪王寺塔頭。大猷院霊屋の別当。非公開ながら建物としては残っている模様である。


・「中禪寺」中禅寺湖畔歌ヶ浜にある天台宗寺院。日光山輪王寺別院。


・「邂逅(たまさか)」は底本のルビ。


・「日光の御宮」東照宮。


・「太田志州」太田資同(おおたすけあつ 生没年不詳)。底本の鈴木氏注に寛政六(一七九四)年日光奉行、従五位下志摩守。寛政八年御小性組頭とあり、本話は恐らく寛政八、九年に根岸が彼から聴き取った話柄と思われる。根岸とは当時の官位は同等である。


・「新宮祭禮湯立」「新宮」日光山を構成する一つ、日光二荒山(ふたらさん)神社のこと。日光の三山である男体山(二荒山)・女峯山・太郎山の神である大己貴命(おほなむちのみこと:大国主)・田心姫命(たごりひめのみこと:宗像三女神の一人。)・味耜高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)三神を二荒山大神と総称して主祭神とする。詳しくは「卷之一」の神道不思議の事参照されたい。「湯立」は神前に釜を据えて湯を沸騰させ、トランス状態に入った巫女が持っている笹や御幣をこれに浸した後、即座に自身や周囲の者に振りかける儀式やそれから派生した湯立神楽などの神事を言う。これらのルーツは熱湯でも火傷をしないことを神意の現われとする卜占術の一種であった。この神事の様を描いたのが、他でもない、「卷之一」の神道不思議の事の後半部分である。


■やぶちゃん現代語訳


 慈悲心鳥の事


 日光山に慈悲心鳥というものが棲んで御座る。


 「ジヒシン」と鳴く、とかねてより聞き及んで御座ったが、私はかつて普請御用に附き、かの畏き霊山に三年の間登り詰めて御座ったれど、惜しいかな、一度としてその声を聞き及ぶことは、御座らなんだ。


 在勤中、大楽院・竜光院の他、一山の別当坊供僧や、その関係者なんどにも訊ねてみたところが、湖畔に御座る中禅寺の奥なんどにては常に鳴いておるとのこと。ある者は、


「……ごく稀には日光の御宮近辺へも来たることが御座る。鳩ほどの大きさの鳥にて羽根翼の美しいものにて御座れど、あまり里近くには現れざるものなれば、見ることの出来る者は稀にて御座る。」


との由、語って御座ったのを覚えておる。


 つい先年の寛政の頃に日光奉行を勤めておられた太田志摩守資同(よしあつ)殿は、日光山在任の折り、湖畔の中禅寺にてもその鳴くを聞かれたとのことで御座ったが、また、大楽院の森にて二荒山(ふたらさん)の新宮祭礼の湯立(ゆだて)神事が御座った折りにも聞かれたとのことで、


「……『ジヒシーンー』と、『心』の字の部分の音(ね)を、長ごう引いて御座っての、……また、その音(ね)の程は、よほど高うに、鳴く鳥にて御座る。……姿で御座るか?――いや、流石の霊鳥ならんか――葉隠れに鳴く故、その姿は、これ、拙者も見届けることは叶わなんだの。……」


との由、直に承った話にて御座る。

 

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