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2012/07/25

生物學講話 丘淺次郎 六 泥土を嚥むもの~(1)

 六 泥土を嚥むもの

 

 血液は全部蛋滋養分よりなるから、これを吸ふ動物は一囘腹を滿たせば長く餓を忍ぶことが出來るが、これと正反對に極めて少量の滋養分より含まぬ粗末な食物を、晝夜休まず食ひ續けることによつて生命を繫いで居る動物もある。「みみず」の如きはその一例で常に土を食ふて居るが、土の中には腐敗した草の根など僅少の滋養分を含んで居るだけで、その大部分は、不消化物として、單に「みみず」の腸胃を通過するに過ぎぬ。血を吸ふ動物を、假に戰爭の際などに一度に大金を儲けるものに譬へれば、「みみず」は眞の薄利多賣主義の商人の如くで、口から入れて尻へ出す食物の量は實に莫大であるが、その中から濾しとつて、自身の血液の方へ吸收する滋養分は甚だ少い。されば「みみず」は生命を保つに足りるだけの滋養分得るためには、絶えず土を食ひ續けて居らねばならぬ。「みみず」は地中に隱れて居るので人の目に觸れぬが、處によつては隨分多數に棲息して居て、それが一疋毎に絶えず土を食ふては糞を地面に出すから、「みみず」の腸胃を通り拔けて地中から地面に移される土の量は、年に積れば實に夥しいことである。熱帶地方の大形の「みみず」では、一疋が一度に地面に排出する糞塊でもここの圖に示した如くに中々大きい。

Mimizuhunn

[「みみず」の糞]

 

 淺い海底の砂の中には「ぎぼしむし」と稱する細長い紐のやうな形の動物が居るが、これなども全く「みみず」と同樣な生活をして居る。全身黄色で頗る柔く、手に摘んでぶら下げようとすると、腸胃の中の砂の重みで身體が幾つかに切れてしまふ。著しくヨードフォルムの香のすることは誰も氣のつく點である。普通のもので長さが〇・六―〇・九米、大きなものになると二・五米以上もあるが、前端には伸縮自在な「ぎぼし」狀の頭があり、これを用ゐて砂を掘り、絶えず砂を食ひながら砂の中を徐に匍匐して居るから、この蟲の身體を通過する砂の量は頗る多い。ときどき體の後端を砂の表面に出して腸の内にある砂を排出するが、砂は粘液のために稍棒狀に固まつて出て來る。そしてかやうな砂の棒は甚だ長くて後から追々出て來るから、次第にうねうねと曲がつて恰も太い饂飩の如くに砂の表面に溜まるが、波の動くために直に壞れて分らなくなる。しかし春の大潮などに淺瀨の乾いた處へ行つて見ると、「ぎぼしむし」の糞は砂の饂飩の如くにかしこにもこゝにも堆く溜つて居る。こゝに掲げた圖は房州館山灣内の洲の現れた處で取つた寫眞であるが、これによつてもおよそ一疋の「ぎぼしむし」が一囘に何程の砂を排出するか大概の見當が附くであらう。

Gibosi

[「ぎぼしむし」]

Gibosimusihunn

[「ぎぼしむし」の糞]

 

[やぶちゃん注:「ぎぼしむし」半索動物門腸鰓(ギボシムシ)綱 Enteropneusta に属する純海産の動物群の総称。ギボシムシを知っている方は殆どおられぬであろうから(ウィキにさえ「ギボシムシ」の項はない)、ここに主に保育社平成七(一九九五)年刊「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」の西川輝昭先生の記載から生物学的な現在の知見を詳述する。

 

 半索動物門の現生種にはもう一つ、翼鰓(フサカツギ)綱Pterobranceiaがあるが、そこに共通する現生半索動物門と二綱の特徴は以下の通り(西川氏の記載に基づき、一部を省略・簡約し、他資料を追加した)。

①体制は基本的に左右相称。前体(protosome)・中体(mesosome)・後体(metasome)という前後に連続する三部分から成り、それぞれに前体腔(一個)・中体腔(一対)・後体腔(一対)を含む。これらは異体腔であるが、個体発生が進むと体腔上皮細胞が筋肉や結合組織に分化して腔所を満たすことが多い。前体腔及び中体腔は小孔によってそれぞれ外界と連絡する。

後体の前端部(咽頭)側壁に、外界に開き繊毛を備えた鰓裂(gill slit)を持つ。鰓裂を持つのは動物界にあって半索動物と脊索動物だけであり、両者の類縁関係が推定される[やぶちゃん注:下線やぶちゃんウィキの「半索動物」によれば現在、18SrDNAを用いた解析結果などによると、ギボシムシ様の自由生活性動物が脊索動物との共通祖先であることを支持する結果が得られている。この蚯蚓の化け物のようにしか見えない奇体な生物は、正しく我々ヒトの祖先と繋がっているということなのである。]。

③口盲管(buccal diverticulum)を持つ。これは消化管の前端背正中部の壁が体内深く、円柱状に陥入したもので,ギボシムシ類では前体内にある。口盲管はかつて脊索動物の脊索と相同とされ、そのため半「索」動物の名を得た。現在ではこの相同性は一般に否定されているが(ウィキの「半索動物」によれば、例えば脊索形成時に発現するBra遺伝子が口盲管の形成時には認められないなどが挙げられるという)、異論もある。

④神経細胞や神経繊維は表皮層及び消化管上皮層の基部にあり、繊維層は部分的に索状に肥厚する。中体の背正中部に襟神経索(collar nerve cord)と呼ばれる部分があるが、神経中枢として機能するかどうかは未解明である。

⑤開放血管系を持ち、血液は無色、口盲管に付随した心胞(heart vesicle)という閉じた袋の働きで循環する。

⑥排出は前体の体腔上皮が変形した脈球(glomerulus)と呼ばれる器官で行なわれ、老廃物は前体腔を経て外界に排出される。

⑦消化管は完全で、口と肛門を持つ。

⑧一般に雌雄異体。生殖腺は後体にあり、体表皮の基底膜と後体腔上皮とによって表面を覆われている。外界とは体表に開いた小孔でのみ連絡する。但し、無性生殖や再生も稀ではない。

⑨体表は繊毛に覆われ、粘液で常に潤っている。石灰質の骨格を全く欠き、体は千切れ易い。

 

腸鰓(ギボシムシ)綱 Enteropneusta は、触手腕を持たず、消化管が直走する点で、中体部に一対以上の触手腕を持ち、U字型消化管を持つ翼鰓(フサカツギ)綱Pterobranceiaと区別される。

 

以下、西川先生の「ギボシムシ綱 ENTEROPNEUSTA」の記載に基づく(アラビア数字や句読点、表現の一部を本テクストに合わせて変更させて戴き、各部の解説を読み易くするために適宜改行、他資料を追加した)。

 

 細長いながむし状で動きは鈍く、砂泥底に潜んで自由生活し、群体をつくることはない。全長数センチメートル程度の小型種から二メートルを超すものまである。[やぶちゃん注:実は本文で丘先生は『普通のもので長さが〇・六―〇・九米、大きなものになると二・五米以上もある』と記しておられるのであるが、ここは講談社学術文庫版では『普通のもので長さが二、三尺(約六〇―九〇センチ)、大きなものになると五尺(約一五〇センチ)以上もある』(丸括弧は講談社編集部による注)とあって、底本の『二・五米以上』というのは「一・五米以上」の誤植である可能性が高いのであるが、言わば瓢箪から駒で、この西川氏の記載から誤りとは言い難いことが判明する)。]

 前体に相当する吻(proboscis)は、外形がドングリや擬宝珠に似ており、これが本動物群の英俗称“acorn worm”[やぶちゃん注:“acorn”は「ドングリ」。]や「ギボシムシ」の名の由来である。吻は活発に形を変え、砂中での移動や穴堀りそして摂餌に用いられる。

 中体である襟(collar)は短い円筒形で、その内壁背部に吻の基部(吻柄)が吻骨格(proboscis skeleton:但し、これは基底膜の肥厚に過ぎず、石灰化した「骨格」とは異なる)に補強されて結合する。吻の腹面と襟との隙間に口が開く。
 後体は体幹あるいは軀幹(trunk)と呼ばれ、体長の大部分を占めるが、その中央を広いトンネル状に貫いて消化管が通る。途中で肝盲嚢突起(hepatic saccules)を背方に突出させる種もある。

 生殖腺は体幹の前半部に集中し、ここを生殖域と呼ぶが、この部分が側方に多少とも張り出す場合にはこれを生殖隆起、それが薄く広がる場合にはこれを生殖翼と、それぞれ呼称する。

 彼等は砂泥を食べ、その中に含まれる有機物を摂取するほか、海水中に浮遊する有機物細片を吻の表面に密生する繊毛と粘液のはたらきにより集め、消化管に導く。この時、鰓裂にある繊毛が引き起こす水流も役立つ。消化し残した大量の砂泥を紐状に排出し、糞塊に積みあげる種も少なくない。

 鰓裂は水の排出経路としてはたらくだけでなく、その周囲に分布する血管を通じてガス交換にも役立つ。鰓裂は背部の開いたU字形で、基底膜が肥厚した支持構造を持つ点、ナメクジウオ類の持つ鰓列と似る[やぶちゃん注:「ナメクジウオ類」は、やはり我々脊椎動物のルーツに近いとされる生きた化石、脊索動物門頭索動物亜門ナメクジウオ綱ナメクジウオ目ナメクジウオ科ナメタジウオ Branchiostoma belcheri とその仲間を指す。]。鰓列は種によって異なるが(十二から七百対)、鰓裂のそれぞれは鰓室という小室を経て触孔(gill pore)と呼ぶ小孔で外界と連絡する。各鰓裂に、微小な鰓裂架橋(synapticula)がいくつか備わることもある。

 丘先生も挙げている本種の際立った特徴である、虫体が発する“ヨードホルム臭”と形容される独特の強いにおいは、ハロゲン化フェノール類やハロゲン化インドール類によるものである。

 また、過酸化型のルシフェリン―ルシフェラーゼ反応による発光がみられる種もある。

 雌雄異体で体外受精する。トルナリア(tornaria)と呼ばれる浮遊幼生の時期(最長九ヶ月を超す)を経た後、適当な砂泥底に降りて変態する種のほか、こうした時期を経ず直接発生する種も知られている。後者では、一時的に肛門の後ろに尾のような付属部(肛後尾 postanal tail)が現れ、その系統学的意味づけが議論を呼んでいる。有性生殖のほか、一部の種では再生や,体幹の特定の部分から小芽体が切り離される方式による無性生殖も知られている。

 体腔形成の様式はまだよくわかっていない。[やぶちゃん注:中略。]

 潮間帯から深海にいたる全世界の海域よりこれまでに七十種以上が知られ,四科十三属に分類される(目レベルの分類は提唱されていない)。わが国からは三科四属にわたる七種が記録されているが、調査はまだきわめて不十分であり、将来かなりの数の日本新記録の属・種が報告されることは確実である。[やぶちゃん注:二〇〇八年の“An overview of taxonomical study of enteropneusts in Japan. Taxa 25: 29-36.”によると全十六種を数える。]

 

以下、本邦四科を示す。

 

 ハネナシギボシムシ科 Spengeliidae

 ギボシムシ科 Ptychoderidae

 ハリマニア科 Harrimaniidae

 オウカンギボシムシ科 Saxipendiidae

 

以上、「原色検索日本海岸動物図鑑[Ⅱ]」の西川輝昭先生の記載に基づく引用を終わる。十七年前、刊行されてすぐに購入したこの二冊で五万円した図鑑を、今日、初めて有益に使用出来た気がした。本書をテクスト化しなければ、私はこの、素人では持て余してしまうとんでもない図鑑を使う機会もなかったに違いない。再度、丘先生と西川先生に謝意を表するものである。]

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