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2012/08/28

耳嚢 巻之五 商人盜難を遁れし事

 商人盜難を遁れし事

 

 築土(つくど)邊に旅宿いたし候上州桐生(きりふ)より出し絹商人の物語りけるは、去(さる)冬とや、江戸表にて七八拾兩の商を成して、右金子に殘る反物(たんもの)など持て上州へ歸るとて、鴻巣とやらんの定宿(ぢやうやど)に止宿して、例の通金子荷物共宿の亭主に預けて、湯など遣ひ夜食などしたゝめて臥(ふせ)らんとせしに、是も旅商人の由にて大き成柳骨折(やなぎごり)を背負(せおひ)菅笠(すげがさ)をかぶり、脇指一腰を帶したる者旅籠屋(はたごや)へ來りて、上州邊の商人の由にて一宿を乞ひし故、獨(ひとり)旅人ながら先に來る人も商人の事なれば、一所に泊り給はゞ、同國の人なれば則(すなはち)相宿(あひやど)なりと亭主答へければ、幸ひの事也とて是も右柳こりを亭主に預け、湯抔遣ひて彼絹商人の座敷へ通り彼是咄しなどなしけるが、何とやらん疑敷(うたがはしき)事もありし故、上州は何方と尋ければ、館林とやらん相應の事を申(まうす)故、彼是と尋けるに彌々(いよいよ)怪敷思ひければ、江戸の旅宿を尋しに、馬喰丁(ばくらうちやう)にて何屋とか相應の事を申す故、年々幾度となく江戸へ出、馬喰町の事も委しく覺へける事故、旅宿何屋の向ふには何屋あり、こちら隣は誰也(なり)、定(さだめ)て知り給ふらんと委しく尋問けるに、甚困り候體(てい)故全く紛れ者と察しければ、そなたには未(いまだ)度々江戸商ひにも出られずと見へたり、道中は用心第一なり、荷物は宿へ預け給ふや、此宿には岡引(をかつぴき)の何と申者も知人にて、隣宿の何宿には惡業などを搜し覺(おぼえ)し何某と申者あり、是等へ賴まねば度々往來いたし候商人は難成(なんなる)事なりと咄しけるに、右にや恐れけん、暫くありて一寸(ちよつと)用事あれば宿はづれ迄參り歸るべし、甚だ忘れたりとて二階を下りて出行しが、あけ迄不歸(かへらざる)故、扨こそと朝起き出て亭主へ、相宿の旅人はかくかくの次第也(なり)き、柳こりを改見給へとて、則(すなはち)立合(たちあひ)右柳こりをひらきければ、草飼葉(かひば)など計(ばかり)ありて外には何もなし。怖しき目に合しと人に語りけると也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:連関を感じさせない。絹商人必死の、概ねハッタリの作話(と私は読む)の雰囲気を出すために一部に翻案施してある。例えば、怪しい男の泊まったという馬喰町「××屋」という言葉への返し、「旅宿×△屋にては御座らぬか?」は彼の引っ掛けで、実際には「旅宿×△屋」などという旅籠はない、という部分などは私の創作部である。こうすれば、早くもこの瞬間に絹商人は、この相手が真正の騙り者と確信出来るという寸法にしてあるのである。

・「築土(つくど)」現在の東京都新宿区筑土八幡町にある産土神及び江戸鎮護の神とされる筑土八幡神社周辺をいう。神楽坂の北、現在の飯田橋駅北西直近。

・「上州桐生」現在の群馬県東部に位置する桐生市。古えより絹織物の産地として繁栄、開幕とともに天領とされた。

・「鴻巣」現在の埼玉県北東部に位置する鴻巣市中心街。中山道の宿場町として発達した。

・「柳骨折」底本には右に『(柳行李)』と傍注。柳行李(やなぎごうり)は正しい歴史的仮名遣では「やなぎがうり」。双子葉植物綱ビワモドキ亜綱ヤナギ目ヤナギ科コリヤナギ(行李柳) Salix koriyanagi の枝の皮を除去して乾燥させたものを、麻糸で編んで作った行李。「やなぎごり」「やなぎこり」とも呼んだ。

・「紛れ者」事につけこんで、また、事の勢いで何かを謀らんとする不埒者。

・「岡引」町奉行所や火付盗賊改方等の警察機能の末端を担った非公認の協力者。全くの無給、若しくは同心からの私的な駄賃を得るに過ぎない存在であった。正式には江戸では「御用聞き(ごようきき)」、関八州では「目明かし」、関西では「手先(てさき)」あるいは「口問い(くちとい)」と呼んだりした。本来、この「岡引(おかっぴき)」という呼称は彼らの蔑称であって、公の場所では呼ばれたり名乗ったりすることはなかったとされる。平安期に軽犯罪者の罪を許して検非違使庁が手先として使った放免を起源とする(以上はウィキの「岡っ引」に拠った)。

・「惡業などを搜し覺(おぼえ)し」この「覺ゆ」は「学んで知る・習得する」の意で、所謂、そこから名詞化したものと思われる「腕に覚えがある」という「自信がある」の意で、犯罪者の捕縛では腕に覚えがあるもの、辣腕の捕り手の岡っ引きという意味で用いていると考えられる。

・「飼葉」牛馬などに与える餌の牧草。干草・藁・麩(ふすま:小麦を挽いて粉にする際に残る皮の屑。)など。馬草。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 商人の盗難を免れた事

 

 築土(つくど)辺りに旅宿しておった、上州桐生(きりゅう)から江戸へ上っておった、さる絹商人の物語った話である。

 

 去年の冬のこととか、江戸表にて七、八十両の商いを致いて、その売上げの大枚と残った反物なんどを携えて上州へ帰る途次、鴻巣辺りの定宿に止宿、何時もの通り、金子・荷物ともに宿の亭主に預け、湯など遣い、夕飯(ゆうめし)なんども済ませ、さて、横にならんと致いた頃合い――これも旅商人とのことにて、大きなる柳行李を背負い、菅笠を被り、脇差し一振りを佩いた者が――その旅籠屋(はたごや)の暖簾を潜り、上州辺の商人と名乗って、一宿を乞うた。亭主は、

「お独りの旅にて御座いまするか? いや、丁度、今、泊まっておられる御仁も――ご同様の旅商人の――同じ上州のお方なればこそ――これはもう、相宿(あいやど)でよろしゅう御座いましょう。」

と答えたところ、二つ返事で、

「それは、もっけの幸いじゃ。」

とて、この男も、その荷った柳行李を亭主に預け、湯など遣った上、先に絹商人の座敷へと上がって、かれこれ、世間話なんどを始めた。

 ところが……この男――同じ上州産の、同じ江戸廻りの旅商人と申すにしては――これ、どうも、話が合わず、如何にも、怪しい。

 そこで、

「――上州は何処(どちら)で?」

と問えば、

「……館林、辺りで御座る……」

と、如何にも尤もらしく答えたのであるが、なおも、

「――館林の何処で?」

と訊ねると、口籠って、はっきりした村里も答えねば、いよいよ、これ、怪しい。

 そこで、話を変え、江戸での旅宿を訊ねてみたところ、

「……ああ、馬喰町の……××屋が定宿(じょうやど)で……」

と、また如何にも尤もなる答えを申した。

 ところが、この絹商人は毎年江戸へ上って、商人宿の多かった馬喰町は、これ、己れの庭のようなもので御座ったが故、

「――そうで御座るか! いや、我らも、あの辺りは定宿とする旅籠が多く御座っての。――××屋――はて? おかしいな、そんな旅籠が御座ったか、の? もしや、旅宿×△屋にては御座らぬか?――おぉ、やはり、の!――そうで御座ったか。いや、あそこも我らの定宿の一つで御座っての。――あの辺りでは、そうさ、◎屋、◎屋の向かいには□屋が御座って、また、その隣には、博労町では名の知られた○○殿が住もうて御座る。――定めて――ご存知のことで、御座ろうの?」

と話を向けると、男は見るからに、困惑閉口致いておる体(てい)なれば、

『――この者――全くのやさぐれ者に、これ、相違ない!――』

と察した。

 そこで、

「――はて。そちらさまには――江戸商いに出でて――これ、未だ日が浅(あそ)う御座る、とお見受け致いた。では、一つ、心得を御伝授致そうかの。まずは――何より、商人一人旅の道中は――これ、用心が第一、で御座る。荷物は宿へ預けなされたか?――おう! それは、重畳!――実はこの宿場には――岡っ引きの●●――という知人が御座っての――それから、隣の宿場の■■宿には、これ、悪党なんどを捜してはからめ捕るを、三度の飯より好きじゃと豪語致す、手練(てだ)れの捕り手――岡っ引きの▲▲――と申す、これまた我らが悪友も御座るじゃ――いや、もう、こうした者どもを、今日のような道中の日々の頼りと致さねば――我らの如き、頻繁に往来致いて御座る旅商人と申すものは、これ、とてものことに――難儀なることにて、御座る。――」

と話したところ、流石、このはったりに恐れをなしたものか、男は暫く黙って膝を見つめておったが、急に、

「……あっ……ち、ちいと、用を思い出だいたわ。……済まぬが……宿場の外れまで……いや、忘れものを致いたによって……その、それを取りに参って、いやいや、すぐに帰りますれば……へい、ちょいとばっかり失礼致しやす……」

などと妙にへり下って言うと、あたふたと部屋を出でて、

「……いや、いや……ああ、あれは……そうさ、あそこ辺りに忘れた、の。……」

などと、如何にも聞こえよがしの独り言を呟きつつ、二階を降りて行く。

――ところが、男はそのまんま――明け方になっても帰って来なかった。

「さても――当たり、じゃ!」

 かの絹商人、翌朝、早(はよ)うに起き出でて、階下にあった亭主に、

「……かの相宿の旅人じゃがの。昨夜、しかじかの次第にて御座った。手ぶらにて出でたように察すればこそ、一つ、預けある柳行李、これ、検(あらた)めて見なされ。……」

と告げ、すぐさま、亭主立ち会いの下(もと)、かの男の柳行李を開いてみれば、

――これ、中身は――

――雑草やら飼葉やらが――

――ただただ――ぎゅう詰めになっておるばかり――

――外には何も――入っておらなんだ。……

 

「……はい。……いやあ、もう、まっこと、怖ろしき目に合(お)うて御座いました。……」

とは、その絹商人が私の知れる者に語った、とのことで御座る。

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