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2012/08/31

耳嚢 巻之五 鄙賤の者倭歌の念願を懸し事

 鄙賤の者倭歌の念願を懸し事

 

 東海道三嶋の大工の倅にて、いとけなきより職業よりは和歌をよむ事を好みて絶へず腰折(こしをれ)をつらね心を樂(たのし)ましむ事、年ありしとかや。近頃の事とや、歌を詠ながら未(いまだ)堂上(たうしやう)の點を顧はざる事を頻りに歎きて、何とぞ上京せんと企けれど、もとより貧賤の者なれば、其志しのみにて朽んも殘念也とて、按摩をとり覺へて止宿の旅人の肩をもみ、夫より道中筋は按摩をとりて少しの賃錢を求めて、終に上京なして日野資枝(すけき)卿の亭に至り、しかじかの事をあからさまに申して切に歎きしかば、流石に雲上風雅の心より、深く其誠心を感じ給ひて、是迄よめる歌あらば可入御覧(ごらんにいるべし)とありし故、詠み置し歌又は道中すがらの歌を差出しければ、直しなどありし内、浦の月といへる題にて詠る和歌を深く賞翫ありしとかや。

  名にも似ず床の浦人秋くれば月に寢ぬ夜の數や增さ覧

 

□やぶちゃん注

○前項連関:連関を感じさせない。久々の和歌技芸譚。

・「鄙賤の者倭歌の念願を懸し事」「鄙賤」は読みも含めて「卑賤」に同じい。「倭歌」は「和歌」。「懸し事」は岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では「遂(とげ)し事」とする。話柄から「遂げし事」を採る。

・「腰折」「腰折れ歌」のこと。上の句と下の句とがうまく繋がっていない下手な歌。通常は自作の歌の卑称。

・「樂(たのし)ましむ事」ママ。カリフォルニア大学バークレー校版では正しく「楽しましむる事」とする。

・「堂上」公家。古訓で読んだ。後には「どうしょう」「どうじょう」とも読むようになった。

・「點」和歌の批評・添削。

・「日野資枝」(元文二(一七三七)年~享和元(一八〇一)年)は公家。日野家第三十六代当主。烏丸光栄の末子で日野資時の跡を継ぐ。後桜町天皇に子である資矩とともに和歌をもって仕えた。優れた歌人であり、同族の藤原貞幹(さだもと)・番頭土肥経平・塙保己一らに和歌を伝授した(著書に「和歌秘説」日)。画才にも優れ、本居宣長へ資金援助をするなど、当代一の文化人として知られた(以上はウィキの「日野資枝」に拠った)。先に「近頃」とあり、本巻の執筆推定の寛政九(一七九七)年直近とすれば、彼は六十歳代となる。

・「名にも似ず床の浦人秋くれば月に寢ぬ夜の數や增さ覧」書き直すと、

 名にも似ず床の浦人秋來れば月に寢ぬ夜の數や增さらむ

で、「床の浦」は鳥籠(とこ)の浦。近江国鳥籠(現在の滋賀県彦根市の北東に位置する鳥居本)に近い琵琶湖の湖岸。「日本国語大辞典」によれば『鳥居本の古名を鳥籠といい、古駅が置かれ、付近まで琵琶湖が入江をつくっていたという』とあり、例文に「文明本節用集の『床浦 トコノウラ 江』を引く。「万葉集」の時代からの歌枕。以下、注釈を試みる。

――床の浦という名にも似ず……そこの浦に旅する人は……秋がくると……あまりのその美しい名月がため……床に就けぬ夜が、いや増しに増すことであろう……

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 卑賤の者の和歌の念願を遂げし事

 

 東海道三島の大工の倅で、幼き頃より、稼業の大工仕事よりは和歌を詠むことを殊の外好んで、絶えず腰折れを連ねては、心を楽しましむるという塩梅、そんな体(てい)たらくで年月(としつき)を過ごして御座った。

 極、最近のこととか――この男――かくも和歌を詠みながら齢(よわい)を重ねながら――未だ堂上(とうしょう)の点を仰ぐこと、これ、叶えられぬを――日々頻りに、歎くようになって御座った。

 何としても上京せんものと企てたものの、もとより貧賤の身なれば――これ、まず路銀からして――御座ない――

 しかし、

「……心に願うばかりにて……このまま老いさらばえ、朽ち果ててしまうは……これ、残念無念じゃ!」

と、一念発起!

 男は、それから直ぐに按摩の手業(てわざ)を習得致いて――そうして、やおら、上洛の旅に出た。

 それより――宿場宿場の旅人の肩を揉んで――道中の途次――按摩を商売と致いて僅かな日錢を稼いぎつつ――遂にめでたく、上京を果たして御座った。……

……男は――真っ直ぐに――当代の歌人として知られた日野資枝(すけき)卿の御屋敷門前へと至った。……

……そして、門番の者に、己れの身の上より始めて、和歌執心のこと……資枝卿御覧(ぎょらん)発願(ほつがん)のこと……按摩習得と上洛のこと……等々、これ、包み隠さず述べては歎き、空を仰いで腰折れの点を仰がんことを、これ、切に願って御座った。

 門前を梃子(てこ)でも動かぬ体(てい)の男に困り果てた門番は、その訴えの仔細を含め、資枝卿へと申し上げた。すると――

――流石に、雲上風雅のみ心じゃ――卿は、その男の誠心に、そのみ心をうたれなさって、御傍の衆より、

「……これまで詠んだ歌があれば、これ、特別の御計らいにてご覧にならるる、とのことじゃ。」

と、ありがたいお言葉が伝えられて御座った。

 そこで男は、これまでの生涯で詠みおいたこれはと思う歌や上洛の道中すがら羈旅の詠歌をも認(したた)めたものを卿に奉って御座った。

 卿は――それを手ずから点じた上――その中にても――『浦の月』――という題にて詠める和歌を――これ、殊の外、賞美なされたということで御座る。――

 その歌――

  名にも似ず床の浦人秋くれば月に寝ぬ夜の数や増さ覧

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