生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 四 成功の近道~(2)
鼠を解剖して見ると、殆ど毎囘肝臟の中に碗豆位の白い柔な嚢が幾つも埋もれて居るのを見出だすが、これを取り出して切り開いて見ると、中から「さなだむし」の幼蟲が出て來る。長さは時によつて違ふが、大きいのは延すと〇・三米にも達する。しかしこれは幼蟲であつて、そのまゝ鼠の體内に止まつて居たのでは、いつまで待つても生長せぬ。若し猫がこれを食ふと、腸の中で成熟して「ふとくびさなだ」〔猫条虫〕と名づける猫に固有の「さなだむし」となる。また鰹の刺身を食ふと、往々肉の上を白い蟲の匐ふのを見ることがある。極めて柔い蟲で、頭から四本の細い角を出したり、入れたりするが、これも「さなだむし」の幼兒で、若し「さめ」がこれを食へば、その腸の中に行つて成長した「さなだむし」となる。寄生蟲は宿主動物が死ぬと、自身も暫時の後には死ぬもの故、この蟲の生きて匐ひ廻つて居るのは鰹の肉の新しい證據で、古い肉に蛆の生じたのとは全くわけが違ふ。鰹の盛に獲れる地方では人が皆この事を知つて居るから、生きた寄生蟲が匐うて居なければ鰹の刺身を褒めぬ。人間の腸・胃に入れば、この蟲は忽ち死んで消化せられるから少しも心配は要らぬ。
[魚さなだ〔ニベリン条虫〕]
[やぶちゃん注:「ふとくびさなだ」は猫条虫のことと思われる。真性条虫亜綱円葉目テニア科テニア属ネコジョウチュウ
Taenia taeniaeformis の成虫は体長一五〜六〇センチメートル、体幅三〜五メートル、頭節に四個の吸盤と額嘴を有す。中間宿主は齧歯類、終宿主はネコ・キツネ。猫条虫の虫卵は糞便とともに外界へと排出され、中間宿主が虫卵を摂取することにより中間宿主の腸管で六鉤幼虫に発育した後。肝臓へ移動、帯状囊尾虫(Cysticercus fasciolaris)に成長、それが終宿主に摂取されて原頭節が小腸粘膜に吸着、成虫へと成育する(以上はウィキの「猫条虫」を参照した)。但し、昨今の愛猫家の間で話題になっているサナダムシ瓜実条虫は、これとは違う。あれは円葉目ディフィリディウム科(新科名である)ウリザネジョウチュウ
Dipylidium caninumであって、これは別名「犬条虫」と呼ぶ。こちらはノミを中間宿主とする。だってあなた、考えてもみなさいよ、……あなたの猫はもう、ネズミ一匹、捕らんでしょうが!
「鰹の刺身を食ふと、往々肉の上を白い蟲の匐ふのを見ることがある。きわめて柔い蟲で、頭から四本の細い角を出したり、入れたりする」は、図のキャプションで「魚さなだ」と呼称されいるが、これは現在の真性条虫亜綱四吻目触手頭条虫科ニベリン属
Nybelinia surmenicola ニベリンジョウチュウ(ニベリン条虫)である。「水産食品の寄生虫検索データベース」の解説及び画像(頭部の四本の吻)で本種に同定した。当該HPはリンクの設置の連絡を義務付けているので、リンクを張らず、以下に当該ページのアドレスを表示しておく。
http://fishparasite.fs.a.u-tokyo.ac.jp/Nybelinia/Nybelinia.html
そこには『人間には寄生しないので食品衛生上の問題はない。まれに、吻がヒトの喉に引っかかる事例がある。しかし、ピンセットで簡単に除去できる』とあり、他の水産ページなどではしばしば苦情の対象となる、とある。カツオのたたき命の私は「ノー・プロブレム!」]