生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 四 成功の近道~(3)
「肝藏ヂストマ」は我が國に最も多い寄生蟲であるが、近年の研究の結果、その幼兒が「もろこ」・「はや」などの如き淡水魚類の筋肉の間に挾まつて居ることが知れた。これを猫か人間かが食ふと、肝臟内に入り込んで忽ち成熟し、日々多數の卵を生むやうになる。「さなだむし」の如く腸の内に居るものとは違ひ、驅蟲藥を用ゐて退治するわけに行かぬから、殆どこれを除く途はない。羊の肝臟に寄生する「ヂストマ」の幼兒は、極めて小さな粒狀なし、牧草の菓に附著して羊に食はれるのを待ち、若し食はれれば直に肝臟に入つて生長する。すべて宿主動物の内部に生活する寄生蟲は、このやうにいつも宿主動物の好んで食するものの内に潜んでこれと共に體内に入り込むのであるが、中には往々意表に出でた手段を取るものがある。その一例を擧げると、木の實を食ふ鳥類に寄生する一種の「ヂストマ」では、その幼兒は「かたつむり」に似た一種の陸産貝類の體内に生活して居るが、恰も「つくね芋」の如き、極めて不規則な形をして且その表面から幾つも長い枝のやうな突起を出して居る。また貝の方は薄い黄色の殼を持ち、頭には「かたつむり」の如くに四本の角があつて、長い二本の尖端には眼があるが、「ヂストマ」の幼蟲の體から生じた枝は、この角の内まで延び入り、太くなつて角を椎の實の如き形までに膨ませ、且赤や緑の色を生じて、極めて目立つやうにする。鳥はこれを見附けて木の實と誤り、角だけを啄み取つて食ふが、角のなかには「ヂストマ」の幼蟲から生じた枝があり、その内には成長すれば「ヂストマ」になれるだけの部分が含まれてあるから、忽ち鳥の腸の内で發育して、何疋かの成熟した寄生蟲になる。また角を食ひ取られた貝の方は一時は角を失ふが、再び、これを生ずる性質があるから、暫時の後には舊に復して角が揃ふ。そして體の内に居る寄生蟲の幼兒の本體からは、更に枝が延びて新しく生じた角の内に入り込み、再びこれを椎の實の如くに膨ませ、且赤と緑との色を生ずると、また鳥がこれを見附けて食ふ。かく一度寄生蟲の幼兒が貝の肉の内に入り込むと、これが基となって何回でも鳥の腸の内にその種類の成熟した蟲が生ずることになるが、これなどは淡水魚類の肉に挾まれて人の體内に入り來る「肝織ヂストマ」等に比して、さらに手段が巧妙である。
[やぶちゃん注:以下の解説文が図の右側に縦書で入る。]
(イ)「ヂストマ」の幼蟲を含む「かたつむり」 一方の角が太いのはその中に幼蟲の一枝が入つてゐるため
(ロ)右の幼蟲。枝の先の太い處は「かたつむり」の角の中入り込む部分
[やぶちゃん注:『その幼兒が「もろこ」「はや」などの如き淡水魚類の筋肉の間に挾まつて居る』現在は「肝臓ジストマ」という呼称自体を用いない。ここで示されたものは吸虫綱二生亜綱後睾吸虫目後睾吸虫亜目後睾吸虫上科後睾吸虫科後睾吸虫亜科 Clonorchis 属のカンキュウチュウ(肝吸虫)Clonorchis sinensis を指している。肝臓内の胆管に寄生する成虫は平たい柳の葉のような形をしており、体長一〇~二〇ミリメートル、体幅三~五ミリメートル。雌雄同体。口を取り囲んで摂食を助ける機能を持つ口吸盤が体の前端腹面にあって直径〇・四~〇・六ミリメートル。体を寄生部位に固定する腹吸盤は体の前半四分の一の腹面にあり、口吸盤とほぼ同じ大きさである。その生活環は、成虫は寄生している胆管内で一日で約七〇〇〇個の卵を産む。卵は胆汁とともに十二指腸に流出、最終的に糞便とともに外界に出た卵は、水中に流出しても孵化せず、湖沼や低湿地に生息するマメタニシに摂食されて初めて消化管内で孵化してミラシジウム幼生となる。ミラシジウムは第一中間宿主であるマメタニシの体内で変態してスポロシスト幼生となり、スポロシストが成長すると体内の多数の胚が発育して口と消化管を有するレジア幼生となり、これがスポロシストの体外に出る。レジアはマメタニシの体内で食物を摂取して成長すると、体内の胚が発育して多数のセルカリア幼生となり、それが成熟したものから順に今度はレジアの体外に出、さらにマメタニシ本体から水中へと泳ぎ出す。セルカリアは活発に遊泳して第二中間宿主となる淡水魚を捉え、鱗の間から体内に侵入して主として筋肉内でメタセルカリア幼生となる。このメタセルカリアが寄生する第二中間宿主の淡水魚はコイ科を中心にモッゴ・ホンモロコ・タモロコなど約八〇種に及び、コイ科以外ではワカサギの報告もある。こうした魚をヒト・イヌ・ネコ・ネズミなどが生で摂取すると、メタセルカリアはその終宿主の小腸で被嚢を脱して幼虫となり、胆汁の流れを遡って胆管に入り、肝臓内の胆管枝に定着する。二三~二六日かけて成虫となると、産卵を開始する。成虫の寿命は二〇年以上に及ぶとされる。ヒトの症状は、多数個体が寄生した場合は胆管枝塞栓を起こし、胆汁鬱滞と虫体の刺激による胆管壁及びその周辺への慢性炎症を引き起こす。更に肝組織の間質の増殖・肝細胞変性・萎縮・壊死から肝硬変へと至るケースもあり、食欲不振・全身倦怠・下痢・腹部膨満感・肝腫大・腹水・浮腫・黄疸・貧血等々の症状を惹起する。但し、少数個体の寄生では無症状に近い(以上はウィキの「肝吸虫」に拠った)。
「もろこ」条鰭綱骨鰾上目コイ目コイ科バルブス亜科タモロコ属ホンモロコ
Gnathopogon caerulescens の異名。元来は琵琶湖の固有種とされるが、近年では各地に移植されている。京都では高級食材として知られる(以上はウィキの「ホンモロコ」に拠った)。
『羊の肝臟に寄生する「ヂストマ」』二生亜綱棘口吸虫目棘口吸虫亜目棘口吸虫上科蛭状吸虫(カンテツ)科蛭状吸虫亜科カンテツ属
Fasciola。カンテツ(肝蛭)とは厳密には
Fasciola hepatica のことを指すが、巨大肝蛭 Fasciola gigantica、日本産肝蛭 Fasciola sp. を含めて肝蛭と総称されることが多い。成虫は体長二~三センチメートル、幅約一センチメートル。本邦の中間宿主は腹足綱直腹足亜綱異鰓上目有肺目基眼亜目モノアラガイ上科モノアラガイ科
ヒメモノアラガイ Austropeplea
ollula(北海道ではコシダカヒメモノアラガイ Lymnaea truncatula)、終宿主はヒツジ・ヤギ・ウシ・ウマ・ブタ・ヒトなどの哺乳類。ヒトへの感染はクレソンまたはレバーの生食による。終宿主より排出された虫卵は水中でミラシジウムに発育、中間宿主の頭部・足部・外套膜などから侵入、スポロシストとなる。スポロシストは中腸腺においてレジアからセルカリアへと発育、セルカリアは中間宿主の呼吸孔から遊出して水草などに付着後に被嚢し、これをメタセルカリアと呼ぶ。メタセルカリアは終宿主に経口的に摂取され、空腸において脱嚢して幼虫は腸粘膜から侵入して腹腔に至る。その後は肝臓実質内部を迷走しながら発育、最終的に総胆管内に移行する。感染後七〇日前後で総胆管内で産卵を始める。脱嚢後の幼虫は移行迷入性が強く、子宮・気管支などに移行する場合がある。ヒトの症状は肝臓部の圧痛・黄疸・嘔吐・蕁麻疹・発熱・下痢・貧血などで、現在では、一九七〇年代半ばに開発された極めて効果的な吸虫駆除剤プラジカンテル(praziquantel)がある(以上は主にウィキの「肝蛭」に拠った)。
『木の實を食ふ鳥類に寄生する一種の「ヂストマ」』これは瀬名秀明の「パラサイト・イヴ」(一九九五年角川書店刊)やその映画化(一九九七年東宝)で知られるようになった奇抜な戦略を持った寄生虫であある吸虫綱
Strigeata 目 Leucochloridiidae 科
Leucochloridium属に属するロイコクロリディウム類なのだが、丘先生は大正五(一九一六)年の本書で実に既にそれを記しておられたのである。これは全く以て脱帽と言わざるを得ない。ロイコクロリディウム
Leucochloridium は「レウコクロリディウム」とも呼び、カタツムリに寄生し、その触角部分でイモムシのように擬態し、騙された鳥がこれを捕食すると、その鳥の体内で卵を産み、鳥の糞と共に卵が排出、その糞をカタツムリが食べることで再びカタツムリの体内に侵入するという特異なライフ・サイクルを持つ。一般に寄生虫というのは中間宿主にこっそり隠れて、終宿主はこれを気付かず食べる事例が多い。しかしロイコクロリディウムは積極的に終宿主に食べられるように中間宿主をコントロールして餌の真似をさせるところに特異性があると言える(以下に示されるこうした現象を、最近では“Parasitic Mind Control”パラサイティク・マインド・コントロールと呼ぶのが流行りのようだ)。この吸虫の卵は鳥の糞の中にあり、カタツムリが鳥の糞を食べることでカタツムリの消化器内に入り込む。カタツムリの消化器内で孵化して、ミラシジウムとなる。更に、中に一〇から一〇〇ほどのセルカリアを含んだ色鮮やかな細長いチューブ形状スポロシストへと成長すると、カタツムリの触角部に移動する。その状態で膨れたり脈動したりすることで、触角に異物を感じたカタツムリは触角を活発に回転させる(このような動きを見せるのは主として明るい時であり、暗いときの動きは少ない。また、一般のカタツムリは鳥に食べられるのを防ぐために暗い場所を好むが、この寄生虫に感染したカタツムリは脳をコントロールされ、明るいところを好むようになる)。これを餌のイモムシと間違えて鳥が捕食、鳥の消化管内で成虫へと成長、最終的には鳥の直腸に移行して吸着、体表から鳥の消化物を吸収して栄養とする。雌雄同体で、無性生殖の他に交尾も行う。鳥の直腸で卵を産み、その卵が糞とともに排出、再びカタツムリに食べられるという周年生活環である。ロイコクロリディウムに属する種はLeucochloridium
caryocatactis Zeder, 1800 を最古として凡そ一〇種ほど、本文で丘先生が『「かたつむり」に似た一種の陸産貝類』と表現しておられるように、例えばロイコクロリディウム・パラドクサム
Leucochloridium
paradoxum の場合、その中間宿主は腹足綱後生腹足類新生腹足類異鰓類に属する所謂カタツムリやナメクジを含む有肺類 Pulmonata の柄眼目オカモノアラガイ科オカモノアラガイ Succinea
lauta の近縁種 Succinea putris を、北アメリカ産のロイコクロリディウム・ヴァリアエ
Leucochloridium variae の場合は、オカモノアラガイ科Novisuccinea ovalis をそれぞれ中間宿主とする。このロイコクロリディウムのカタツムリへの寄生と、その触角部分での特異な戦略を非常に分かり易く解説した英語動画“Zombie snails”があるが、閲覧は自己責任で。虫系がダメな人はまず閲覧しない方が無難。]