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2012/08/23

生物學講話 丘淺次郎 四 寄生と共棲 三 生殖器の發達

    三 生殖器の發達

 

 かくの如く寄生蟲類では運動の器官と感覺の器官著しく働きには、滋養分を集めて溜める方と、これを費して捨てる方とがあるが、消化は滋養を取る方であり、運動と感覺とはこれを費す方に屬する。これを簿記の帳面に記入するとすれば、消化吸收は入の部で、運動と感覺とは出の部に書き込まねばならぬ。若しも或る動物が毎日食つただけの滋養分を運動と感覺とによつて全く費してしまふならば、その動物の體重は殖えもせず減りもせず、丁度出入平均の有樣に止まる。成長した人間の體量が著しく増減せぬのは、かやうな狀態にあるからである。これに反して、生まれて間のない赤ん坊は、たゞ乳を呑むだけで、碌に動きもせずに眠つて居るから、滋養分の輸入超過のために盛に成長し、僅四箇月で體重が二倍になり、一箇年で三倍にもなる。また學校へ行く頃になると、運動が劇しくなつて、滋養分費やすことが頗る多く、これを補つてなほその上に成長せねばならぬから、食欲の盛なことは驚くばかりである。所が、寄生蟲は如何にといふと、宿主の外面に吸ひ著いて居るものでも、滋養分に不足はなく、體内に居るものの如きは、全身滋養液に浸されて居るために、消化器の必要がない程であるが、運動も感覺も殆どせず、滋養分を使つて減らすことが極めて少いから、たゞ溜まるの外はない。そして滋養分が多くあるときには、繁殖の盛になるのは動物の常であつて、人間の如くに隨意の生活をするものでも、統計を取つて見ると豐年には子の生れる數が増え、凶年には子の生れる數が減る。寄生蟲の如きは、滋養分の出納がいつも不平均で、入の方が遙に多いが、これがすべて繁殖の資料となるから、この方面に於ては全動物界中に寄生蟲に匹敵するものは決してない。試に一疋の産む卵の數を算へても、億以上に及ぶものは寄生蟲のみである。また胎生するものでは、この差は更に著しい。犬・豚などは隨分子を産むことの多い方であるが、一囘に十疋産むことは稀であり、鼠の如きも、十二疋以上産むことは殆どない。しかるに豚の肉から人の腸に移りくる「トリキナ」〔トリヒナ〕という寄生蟲などは、親と同じ形狀の胎兒を一度に二千疋も産む。かく多數の卵を産み、多數の子を生ずるには、無論卵巣や子宮などの如き生殖器官が大きくなければならぬが、獨立生活をする動物に比べて如何程大きいかは、同じ組に屬する蟲類で、獨立せるものと寄生せるものとを竝べて見ると明瞭に分る。例へば前に名を掲げた「ふなむし」と鯛の口の中にいる小判蟲〔タイノエ〕とを比べて見るに、「ふなむし」の方が體が稍々扁平で身輕に出來て居るが、小判蟲の方は丸く肥つて頗る厚い。そして、この丸く肥つた身體の内部を充して居るのは主として卵巣である。

[やぶちゃん注:「トリキナ」線形動物門双器綱エノプルス亜エノプルス目旋毛虫上科トリヒナ Trichinella spiralis。所謂、人獣共通感染症としての旋毛虫症・トリヒナ症を引き起こす。感染種は本種以外にも Trichinella britoviTrichinella nativaTrichinella nelsoniTrichinella pseudospilaris などが挙げられる。以下、東京都福祉保健局「食品衛生の窓」の「食品の寄生虫 旋毛虫」を参照して記載する。雄虫約一・五ミリメートル、雌虫約三~四ミリメートル、体幅〇・〇四から〇・〇六ミリメートル。人体への感染源は以下の動物肉の筋肉内被嚢幼虫。米国では不完全調理の豚肉・ソーセージなど、東欧・中央アジアでは馬肉・鹿肉等のゲームミート(牛・豚・鶏・羊以外の主に狩猟によって得られる肉のこと)。日本の場合はツキノワグマやエゾヒグマの刺身による感染者が出ている(私の知っているものでは、国外のケースでハンバーグ用の豚挽肉を生食した――豚の生肉は確かに実は美味い――成人男性二名の死亡例、本邦のケースで猟で撃ち獲ったツキノワグマの肉を生食、脳に迷走、やはり感染者は死亡。但し、死亡率は非常に低い)。初発症状は発熱・筋肉痛・眼窩周囲の浮腫であるが、虫体の発育に従って三期に病態が変化する。

1 成虫侵襲期

感染後一~二週目。成虫が小腸粘膜に侵入して幼虫が産出される時期で、産出の刺激により腹痛・下痢・発熱・好酸球増加などが見られる。

2 幼虫播種期

感染後二~六週目。粘膜内で産出された幼虫が全身筋肉への移行を開始する時期。眼瞼浮腫・筋肉痛・発熱・時に呼吸困難を引き起こす。脳炎・心筋炎等を起こして重篤となるケースもある。

3 幼虫被嚢期

感染後六週目頃。筋肉に移行した幼虫がそこで被嚢する。眼瞼浮腫が一層顕著となり、重症の場合、全身浮腫・貧血・肺炎・心不全等を起こし、死亡に至る場合もある。

但し、軽い症状で固定してしまう場合もあり、本邦での感染例は少ない。感染予防のためには約六〇度以上で、充分に加熱調理する(マイナス三〇度で四ヶ月保存したクマ肉により発症したケースや北極圏のアザラシにも寄生しており、トリヒナは低温に強い)。二〇〇四年には北海道のペットのアライグマから検出されている。]

 

[「ヂストマ」の生殖器]

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[(い)卵黄巣 (ろ)卵巣 (は)ラウレル管 (に)睾丸 (ほ)子宮 (へ)受精嚢 (と)排泄管 (ち)睾丸]

[やぶちゃん注:「卵黄巣」寄生虫の解剖所見にしばしば見られる器官で、以下の本文に現れる「卵黄腺」と同義か、それに付随した卵黄を蓄えておく器官であろう(学術文庫版図版では「卵黄腺」とある)。「ラウレル管」(Laurer's canal)同じく吸虫の解剖所見にしばしば見られる器官であるが、不詳。英文のウィキ“Laurer's canalでは擬似的な膣とする。同種の器官とも思われるメーリス腺(Mehlis'gland)についてウィキの「メーリス腺」には『吸虫および条虫の卵形成腔を取り囲む単細胞腺の集合。かつては卵殻腺と呼ばれていた。卵殻の形成に何らかの関与があると考えられているが、その真の役割はわかっていない』とある。なお、学術文庫版(第一刷)では「フウレル管」と誤植している。]

 

 「ヂストマ」の如き眞の内部寄生蟲であると、消化の器官は極めて小さく簡單で、内臟といへば殆ど生殖器のみである。その代り生殖器は頗る複雜で、睾丸もあれば卵巣もあり、輸精管、輸卵管、成熟した卵を容れて置く子宮を始め、卵の黄身を造るための卵黄腺、これから卵黄の出て行く卵黄管、卵の殼を分泌するための殼腺などがあつて、殆ど體の全部を占めて居る。それ故「ヂストマ」の解剖といへば、即ちその生殖器の解剖ともいふべき程で、それがまた一種毎に細かい點で相違して居るから、「ヂストマ」の種類を識別するには、まづその生殖器を調べなければならぬ。これを以ても寄生蟲の身體では生殖器官が如何に重要な位置を占めて居るかが分る。

 

[「さなだむし」片節二種]

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[(イ)豚肉より來るもの (ロ)牛肉より來るもの]

 

 更に「さなだむし」の類になると、消化器は全くなく、吸著の器官も頭の端だけに限られてあるから、一節づつを取つて見ると、その内部は悉く生殖器官のみで滿されて居る。卵の熟する頃のものは、生殖器は頗る複雜で、恰も「ヂストマ」と同じく種々の部分から成り立つて居るが、卵が熟し終ると、たゞ子宮のみが殘つて、卵巣・睾丸・卵黄腺など殘餘の部分は晰漸消えてしまふ。その代り子宮は段々大きくなつて、殆ど一節の大部を占めるやうになる。牛から來る「さなだむし」でも豚からくる「さなだむし」でも成長したものは、長さが七米以上もあつて節の數が一千を超えるが、後端に近いところでは節が皆大きくて、生殖器官は子宮ばかりとなつて居る。一節づつ離れて、大便とともに出て來るのはかやうなものに限る。

 前に例を擧げた「かに」の腹に著いて居る袋狀の寄生蟲〔フクロムシ〕なども、生殖器官ばかりが大きく發達して、その他の内臟は殆ど何もない。この蟲は頭部が樹の根の如き形に延びて、「かに」の全身に蔓(はびこ)り滋養分を吸ひ取ることは已に述べたが、殊に卵巣や睾丸の處から滋養分を絞り取るとるから、「かに」はそのため全く生殖力を失つて子を産むことが出來なくなる。その代り、寄生蟲の方はそれだけの滋養分が廻つて來ること故、卵が非常に多く出來て、身體は恰も無數の無數の卵粒を包んだ嚢の如くになつてしまふ。實にこの蟲などは理想的の寄生生活をなすものというて宜しい程で、「かに」に稼がせてその滋養分を吸ひ取り、しかもこれを殺すまでには絞らず、たゞ子を産むといふ如き贅澤をさせぬ程度に止めて置いて、自身は運動の器官も持たず、感覺の器官も具へず、吸ひ取つた滋養分は全部生殖の資料に用ゐて限りなく子を産んで居るのである。

[やぶちゃん注:『「かに」はそのため全く生殖力を失つて子を産むことが出來なくなる。』これは厳密には正しくない。先に注したこの寄生性甲殻類であるフクロムシ類は、カニのオスに寄生した場合、宿主のオスガニは寄生去勢といって生殖能力を失って第二次性徴は間性を示すが、メスの場合はメスのままで立派に卵を持てるようである。これは「モクズガニのフクロムシのホームページ」(御名前は明記されておられないが、兵庫県豊岡市のコウノトリ市民研究所事務局長の方のページである)の知見を参照させて頂いたのだが、同HPの「フクロムシとは」には、その奇抜なライフ・サイクルが分かり易く示されているので引用させて頂く。節足動物門、殻亜門顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下綱根頭上目Rhizocephala のケントロゴン目 Kentrogonida 及び アケントロゴン目 Akentrogonida のフクロムシ類は『十脚甲殻類、等脚類、シャコ類、フジツボ類などの腹部あるいは体表に寄生する袋状の甲殻類である。/外套膜で覆われた袋状の部分は体外部(externa)で、中身はほとんど卵巣で占められる。外套口を有し、そこから幼生を放出する。/体外部は宿主の外皮を貫き、体内部(interna)とつながっている。植物の根のように宿主の体内に侵入し養分を吸収する。体内部は根系とも呼ばれる。付属肢や消化器官は全く無い。/卵は体外部の中で孵化しノープリウスあるいはキプリス幼生の形で放出される。しばらくの間フクロムシは水中で自由生活をしている。このあたりはフジツボ類に近い。/メスのキプリス幼生は宿主に付着し根頭類特有のケントロゴン幼生に変態し、キチン質の注射針のような筒を出し、宿主の外皮を突き破り体内に細胞塊を注入する。この細胞塊が宿主の体内で成長し、根系を発達させ、やがて宿主の表皮を突き破り体外部を形成する。/オスのキプリス幼生は処女状態のメスの体外部に付着侵入し、精子細胞に分化する。すなわちメスとオスは合体し、あたかも雌雄同体のような状態となる』とある。寄生去勢を起こさせる、そのグロなエイリアン(私が前注で述べた如く、この専門家の方もそう呼称している)のようなフクロムシは、実は自分自身がジェンダー・ハイブリッド・エイリアンであった訳である。なお、同HPには「モクズガニフクロムシを食べる」もある。こうして写真で見て、指摘されると気味が悪くなる御仁もいようが、恐らくは我々も知らずにカニの一部として食していることは、これ、間違いない。]

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