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2012/09/17

耳嚢 巻之五 痔の藥傳法せし者の事

 痔の藥傳法せし者の事

 

 酒井左衞門尉家來にて萱場(かやば)町に住居せる前田長庵といへる醫師、予が痔疾故腹合(はらあひ)を愁ひける時藥を貰ひける時語りけるは、痔疾の療治をなせる中橋の老婆有、日々に門前へ市をなし、近隣遠所より日々に痔を患(わづらへ)る者來りしが、彼(かの)老婆煩ふ事ありて長庵が療治にて全快なしけるゆへ、長庵右老婆に向ひ、御身子とても無く弟子も不見(みえず)、痔の妙法は人を救ふの一法なれば我等に傳授せん事はなるまじきやと切に乞しかば、彼老婆が言(いは)く、成程我等子供もなく誠に生涯の内のたつきのみにて、風與(ふと)此藥法の四五を習ひ覺へ聞及びて種々の痔疾を見けれど、外の藥は知らざれども、數多く見候へば自然と工夫も付(つき)て、是は彼(か)に用ひ彼はこれに與へけるに、自然と利(きき)候と見へて繁昌せる也(なり)、長庵が其(その)需(もとめ)の深切(しんせつ)成るに任せ、是迄醫師も追々(おひおひ)うはの空の需あれどいなみたれ共、此度病氣本復の禮旁(かたがた)とて傳授しけるが、内痔などを表へ引出(ひきいで)し候は一草(いつさう)の葉を用ひ、外へ出(いで)候て直し候にも一草の葉を用ひ、付藥(つけぐすり)は練藥(ねりぐすり)にて龍腦(りゆうなう)等を加へ香氣至て強き藥にて、其教へ主は委細の事もしらざれど、醫家にて工夫すれば其道理至極面白き法の由。同家中の男右傳法の譯を聞及び、多年痔疾を愁ひしとて賴(たのみ)けれど、本科の藥ならねば他の邪魔と斷(ことわり)けれど、切に望(のぞみ)し故無據(よんどころなく)右法を以(もつて)藥を與へしに、立所に癒へけると語りける故、爰に記(しるす)。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:偽医者譚から今度は正真正銘の医師談話へ。四つ前の「ぜんそく灸にて癒し事」に民間療法シリーズでも連関。既に見てきた通り、根岸は重い痔の持病を抱えていた。彼に前田はこのシンプルな『一草の葉』の妙薬を処方して呉れたのであろうか? 恐らく、処方されたものと思われる。効果は? なければ、記載をするはずがない。それなりの効果があったものと考えてよかろう。その効果の程度も含めて、根岸は、痔の専門医ではない前田から、堅く口止めされているのでもあろう。

・「酒井左衞門尉」出羽鶴岡の庄内藩第七代藩主酒井忠徳(ただあり 宝暦五(一七五五)年~文化九(一八一二)年)。藩主在位は明和四(一七六七)年から文化二(一八〇五)年。官位は従四位下、左衛門尉。

・「萱場町」現在の東京都中央区日本橋茅場町。江戸城拡張工事の際、神田橋付近に住んだ茅商人をここに移して市街を開いたことに由来し、酒問屋の町として知られた。

・「前田長庵」当時、知られた蘭方医らしい。文化元(一八〇四)年に張路玉著前田長庵再訂とある「傷寒大成(傷寒纉論・傷寒緒論)」漢方医書を板行している。ネット検索では松平定信との関係も窺える。

・「「予が痔疾故」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版は「痔疾後」とする。

・「腹合」腹具合。

・「中橋」中橋広小路。現在の東京駅南口正面の八重洲通り。古くは堀が有って橋があったが江戸中期に埋め立てられ、中橋の名だけが残った。

・「龍腦」樟脳に似た芳香をもつ無色の昇華性結晶。双子葉植物綱アオイ目フタバガキ科リュウノウジュ Dryobalanops aromatic を蒸留して得られるが、人工的には樟脳・テレビン油から合成、香料などに用いられる。ボルネオ樟脳。ボルネオール。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 痔の薬を伝法した者の事

 

 酒井左衛門尉忠徳(ただあり)殿の御家来衆で、茅場町に住居致す前田長庵殿と申される医師が御座る。

 私が性質(たち)悪い痔疾のため、腹具合まで悪うなった折り、名医の由、我ら聞き及んで御座って、特に彼に処方を頼み、薬を貰い受けたことが御座って、その際、長庵殿が語った話を以下に記しおく。

 

 痔疾療治を専門と成す、八重洲中橋の老婆が御座った。

 痔を患う者、これ、日々門前市を成し、近隣はもとより、遠方からも毎日のように痔を患(わずろ)うておる者どもが来たった。

 ある時、この老婆自身が、病み煩(わずろ)うたことが御座って、我らの治療にて、幸いにも全快致いた。そこで拙者、かの老婆に向かって、

「……そなたは子とてもなく、弟子も見たところ居らぬ。……そなたの、かの痔の妙法じゃが……これは、多くの患者を救う確かな一法なればこそ……どうじゃ? 一つ、我らに伝授致すというは、これなるまじい、ことかのぅ?……」

と切に乞うて、み申した。

 すると、かの老婆、

「……なるほど。……我ら、子供もなく……我ら儚(はかの)うなれば、これ、我らが一代のみの処方として――絶える、じゃろ。……我ら……ふとしたことから、この妙方効能のいろはを習い覚え……更に、あちこちより施術や処方も聞き及ぶに至り……いや、もう、いろいろな痔疾を療治して参ったれど……痔以外の病いに就きては、これ、薬も効能も、これ、とんと知らねども……数多くの痔に苦しんで御座る人々を診て参ったれば……我ら自ずからの工夫も致すように相い成り……この処方は、この病いへ用い……これはまた、あの病いの折りに……と、あれこれ試して御座るうち……自然と、よう効くようになったと見えて……かくも、繁盛致すことと相い成って御座った。……長庵先生……先生の今のお言葉は、これ、まっこと、心より、痔に苦しんで御座る人々を救わんとするに、切望なされてのことと、承って御座った。なればこそ……それに任せ……いえ、実はの……これまでにも、何人ものお医者が……これ、浮ついた金目当てやら、浅墓なる興味本位にて……教えてくれ、教えてくれのと、これ、五月蠅(うるそ)う言うて参ったことが、何度も御座ったじゃ。……なれど、総て……我ら、断っておりました。……じゃが……この度は我らが病気本復の、その御礼も兼ねて――これ、あなた様にご伝授致すことと、この婆、決め申した。――」

と、遂に伝授して貰(もろ)うたので御座る。

 それは、以下のようなもので御座る。

――鬱血した内痔核などを肛門から外側へ引き出す必要がある場合、ある一草の葉を処方として用いまする。

――反して外痔核として肛門から明白に突出し、視認可能な様態のものに対しても、実は先と全く同じある一草の葉を用いるので御座る。

――患部へ外用するところの塗布剤は、一種の練薬で、竜脳などを加えてあり、至って香気の強い薬剤にて……といった塩梅で御座る。

……いえ、教授者の老婆自身は、これ、その薬効や処方の機能や現象について、分かっていてやっている訳では、これ全く御座らぬ。……

……されど、その成分・調合法・服用法・外用法・症状別処方等々につき、我らが持っておりまする医学的な知見に照らし合わせてみたところが……

……これ、何と! 実に興味深い、有効にして適正確実なる配剤・処方で御座ることが分かり申した!……

……我らが同じ家中の男にて――我らが、この評判の老婆の痔の妙法を伝授致いたということを聴き及んで――この者、長年、重い痔疾に悩まされて御座ったよしにて――どうか療治を、と頼みに参ったことが御座る。が、我らは痔を専門とする医師にては、これ、御座らねばこそ、他の痔の専門医の生業(なりわい)を邪魔致するは本意にあらざれば、とて一旦は断ったので御座る。……ところが、いや、もうシっきりなしに、望まれまして、の……よんどころのう、かの伝授の薬を以って処方致しましたが……もう、たちどころに平癒致いて、御座った。……

 

――痔疾に悩む我らとしては、まずはここに記し置かずんばなるまいと、筆を執った次第である。

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