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2012/09/19

耳嚢 巻之五 英氣萬事に通じ面白事

 英氣萬事に通じ面白事

 

 赤坂とや糀町(かうぢまち)とやらん、火消與力にて名も聞しが忘れたり。身上(しんしやう)甚(はなはだ)不勝手にて借金多く誠に難儀也しが、夫婦色々相談して、とても此(かくの)如くにては立行まじ。先祖よりの家を絶さんも無暫(むざん)なれば誠に了簡決斷すべしとて、妻は大名衆へ奉公に出し、子共兩人は少しの手當を附て厚く親類へ賴み、宿元(やどもと)は其身と下僕壹人馬一匹計(ばかり)にて、誠に不飢不寒(うえずこごえざる)のみにて三年くらし、終(つひ)に大借を片付て猶一年同樣に暮しければ、前々の通難儀なく暮し候程に成りぬ。最早人に世話賴むべきにあらずとて、子共をも取戻し妻の暇(いとま)をも取ける時、彼妻、立歸るは嬉しけれど、今一年も此通(このとほり)になしなば、子共の片付の手當も出來ぬべしと言ければ、彼男申けるは、尤なる樣(やう)ながら、夫は是迄の志と違ひ欲心也(なり)、天の恨みを受(うけ)、親族もなんぞ心よくうけがはんや、かゝる事はせぬ事也(なり)とて妻が言を不用(もちゐざり)しが、夫よりは相應に榮へて子共も片付(かたづき)、今は心よくくらしけると也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。

・「英氣」には、生き生きと働こうとする気力・元気の意と、優れた気性・才気の意があるが、ここは両者の意が混然一体となった、全的なニュアンスである。

・「火消與力」幕府直轄の火消である定火消(江戸中定火之番(えどじゅうじょうびけしのばん):四千石以上の旗本で最終的に江戸市中に十組。各与力六騎・同心三〇名・臥煙(がえん:火消人足。)百~二百名を有した現在の消防署の原型。)配下の与力。八十俵高で譜代席。譜代席とは世襲で家督相続が許され(隠居出来る)、江戸城中に自分の席を持つことが出来たが、将軍への目通りは許されなかった。

・「無暫」底本には右に『無慙』と傍注する。恥知らずなこと。

・「不寒」底本には右に『(こごえ)』とルビを振る。「凍ゆ」。

・「天の恨みを受、親族もなんぞ心よくうけがはんや、かゝる事はせぬ事也」並列事項のバランスが悪い上に、妻の不審を解くには今一つ、言葉足らずに思われた。屋上屋とも感じらるる向きもあろうが、敷衍訳を施した。

・「子共の片付」「片付」は相応の職を得る(何れかが女子ならば相応の家に嫁す)との謂いであろう。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 英気たるもの万事に通じて全きことの面白き事

 

 赤坂だか麹町だかに住んでおるとか申す、火消与力が御座った――名も聞いておったが失念致いた――が、この者の暮らし向き、これ、至って不勝手にして、借金も多く抱え、まっこと、難儀なる日々を送って御座った。

 ある時のこと、夫婦してつくづく相談致いて、

「……とてものこと、このままにては向後、暮らしも立ち行くまい。……先祖代々の家を断絶致すは、これ、人で無しの恥知らずなれば……ここは一つ、そなたも、一心決定(けつじょう)、覚悟致いて欲しい。」

とて、妻は大名衆へ奉公に出だし、二人御座った子(こお)は僅かばかりの謝金を添えて、親類の者へ、その養育を手厚く頼みおいた。

 屋敷の方には、彼自身と下僕一人に馬一匹ばかりを残して、辛うじて飢えず凍えずというだけの、ぎりぎりの三年を過ぐした頃――遂に大枚(たいまい)の借金も返済致いて――なおも一年、現在の、この、ぎりぎりの暮らしを続けて御座ったならば――以前と同様の、ささやかながらも難儀なき暮らしに戻るるほどにまでは――これ、相い成って御座った。

 すると、かの男、

「――最早、人に世話を頼むべきにては、これ、御座ない。」

と、二人の子らを親類より引きあげ、妻も奉公先に暇をとらせて、皆して、懐かしの我が家へと、たち帰って御座った。

 その宿下がりを命じた折り、かの妻は、

「……皆してたち帰ること、これ、何より嬉しきことなれど……今、僅かに一年ばかりも、皆して、かくの通りに暮らしおらば……あの愛(いと)しい子らへも、相応のことをしてやれるだけの……これ、金子、お出来にならるるのでは、御座いませぬか?……」

と申した。

 すると、かの男が答えた。

「――尤もなるように聴こえる話では、ある……じゃがの、それは……『これまでの皆の志し』とは違(ちご)うて、『これからの更なる皆の欲(ほ)る心』に基づくもの。……その『欲る心』は、これ、天からの憎しみを受くるものにして……今まで、何の蟠りものう、子らを預かって呉れて御座った親族らも……この我らが『欲る心』の一端をも感じたらば、どうして今までと同じ如、子らの養育を引き受けて呉れようか――いや、それは望めぬ。……不満は猜疑を、猜疑は嫌悪を生み……子らは、結果として、その標的ともなろう……それは必ず、子らの心に、これ、取り返しのつかぬ傷をも作ろうことと相い成ろう。……さればこそ……そなたが今申したようなことは、これ、せぬが為(ため)なのじゃ。」

と、妻の申し出を頑として受けず御座った。

 しかし――それよりは、暮らし向きも順調に上向きと相い成り、相応に栄えて、直き、子らもそれなりのところへと片付いて、今は一同息災に暮らしておるとのことで御座る。

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