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2012/09/12

月かげ 火野葦平

   月かげ

 

 春の夜にかすむかすかな幕がしだいにひきあげられるやうに澄んで來ると、眼の色の光もまたおのづから異るのである。空氣の考へ方についても無關心であることはできない。それは、自分の性(さが)の宿命によつて、背なかの甲羅のしめりかたがちがひ、背がむづがゆくなつて、芋蟲のやうに、草のうへにあふむけにころがつて、ごろごろところがる。靑草にしめりがとられ、甲羅にちりばめた模樣のやうに草が附着する。

 綠のやうなながれが、峰からくだる谷間を縫つて、九十九折(つづらおり)にながれる。名前のない、たれも名前をつけようとも考へたこともない、ささやかなながれである。絲ほども細いが、河童が棲むのに不自由はない。一族のあるものは、路上にできた轡(くつわ)がたの馬の足あとに雨水がたまつたのにさへ、三千匹は棲息することができる。

 背に草の模樣をつけた河童はそのながれを、電光のやうに上下する。からからと奇妙な聲をたてながら疾走する。そのながれにたれかゐないかと探すのであるが、たれもゐない。河童は何十度疾走しても、すこしも疲れないが、ただ、たれもゐないながれのしづけさに、たへがたい孤獨を感じる。ふと立ちどまり、腰に手をあてて、空を仰ぐ。感傷といふものは、空の青さとともにいかなるところにもある。ただし、泣くことは禁物だ。なぜなら、河童がひとたび涙を發すれば、二度ととまらず、こんこんとあふれいで、その靑い涙は河童の精氣であるからして、涙の流出にしたがつて、身體からはしだいに水分がなくなり、息ぐるしくなり、たちまち、ぎちぎちと甲羅がひからび、こちこちになつて生命をうしなつてしまはねばならぬからだ。このやうなことは傳説として傳はつてゐるだけで、かれ自身もよくは知らない。いちど泣けば生を終らねばならぬとすれば、このんで泣くものはない。河童らは傳説をおそれて、生まれおちるときから、泣かざることのみ訓練をした。泣けば涙とともに水分が消失してひからび果てるといふことが傳説であつたばかりでなく、泣くといふことすらが、いまは傳説となつた。かつて、昇天を志してことごとく天から落ちた河童らも、千軒嶽(せんげんだけ)のうへを飛翔(ひしやう)して、火山のなかへ卷きこまれた河童も、自分たちの運命が眼前に死を暗示してゐるときですら、泣くことはしなかつたのである。

 絲のながれをいなづまのごとく走る河童も、たへがたい孤獨にとらはれ、空を仰ぎ、ふかい悲しみにとざされはしたが、けつして泣くことは考へなかつた。泣くことが心に浮かばないのだ。傳説の遠さといふものが、はるかな郷愁のごとく、心のなかを去來する。そして、かなしいくせに、かれは仕方なく笑ひだしてしまふのである。

 

 

 

 あるとき、かれは人間の居る里に出て、奇妙な運命に遭遇した。

 かれは茄子が好きなので、茄子がたくさん生(な)つてゐるところへ、茄子を食べに出た。むらさきいろの、まろやかな、あるひはほそながい茄子の實が、きらきらとひかる。かれはくつくつとうれしげに嘴を鳴らし、それをちぎる。しやきりと口のなかで爽やかな音がして、あまずつぱい水氣が舌をとほる。もうひとつちぎる。このときは、かれは孤獨の寂寥(せきれう)をわすれる。

 すると、かれは、とつぜん、はげしい打擲(ちやうちやく)を背に感じた。かれはその打撃(だげぎ)のために、茄子の葉に頰をうちつけてたふれた。さうして、背後でなにかけたたましく叫ぶ人間の聲をきいて、危險を感じ、いつさんに走りだした。かれはあわてふためき、絲のながれに來て、たちまち水中に沒した。

 なにごとが起つたのか。かれは背の重味ををかしなことに思ひ、水にうつしてみた。すると、甲羅に一本の鎌がつきたてられてゐた。百姓が自分の畠を荒しに來たものを懲(こ)らすために、鎌でうちかかつたものであらう。それが河童の甲羅につきさきつたまま、拔けなかつたのだ。うしろに手のまはらない河童は困惑した。しかし、ただ、甲羅にささつてゐるのみで、すこしも痛みはしなかつたので、そのままにしておいた。

 また、かれは茄子の畠に出る。茄子への誘惑はいかにしてもおさへることができない。ことに、月のある夜はその茄子は寶石のごとく光る。すると、迂潤(うかつ)なかれはまたも畠の持ち主から、鎌をうちかけられ、おどろきあわてて、絲のながれに逃げかへつた。そのやうなことがくりかへされた。暗愚なものは河童である。かれの孤獨の深さが茄子に變へられ、その哀傷が背にささる鎌の數とともに增した。いまは背に八本の鎌を負うて、はじめて、かれは自分のおろかさに氣づいた。背にささつた八本の鎌のために、かれは歩行が困難になり、なにより、その肉體と大地との接觸を喪失した。かれは自分の甲羅のしめりを草のうへにころがつてふきとることが、まつたくできなくなつたのである。かれが大地にあふむけにならうとすれば、つきたつた八本の鎌のうへに乘るほかはない。甲羅をとほしてゐないので痛みはないが、そのやうなたはけた恰好がどうしてできようか。かれはその羞恥(しうち)に耐へることができない。鎌はやがて錆び、その赤ちやけた汁が甲羅をよごす。もはや、かれは茄子をとりにゆく勇氣をうしなひ、はじめて、悲しみの心がきざした。

 月かげうつくしい絲のながれのはとりに出て、かれは非常に悲しんだ。もういまは生きてゆく甲斐もない。かれは泣きたいと思つた。さうして泣かうとした。しかるに泣かざることの訓練によつて生きて來た者には、泣くことがいかなる方法によつて達せられるのか、見當もつかなかつた。ああ、泣きたい。しかし、悲しみによつてすぐに泣けると考へたことは、大なる認識不足であつた。泣きたいのに泣けないとは、なんと悲しいことであらうか。

 月かげが山の端から中天に移つて來たときに、河童の眼にはじめて涙が浮いた。それは泣くことができない悲しみを感じたときに、泣くことができたからである。すると、傳説はつねに眞實をかたるものであることが、明瞭になつた。靑い寶玉のごとくかれの眼に浮いた涙は、とめどなくこんこんとあふれ、かれはしだいに水分を失ひはじめたが、にもかかはらず、生を終つてゆく河童のくちばしにはかすかな徴笑みが見られた。かれはいよいよひからびてゆき、水のほとりにたふれた。なほも、かれの眼からあふれでる靑い涙は、たれもゐない絲のながれにそそぎ入り、水kさがふえ、月光のもとに、燐のごとくまつ靑にきらめきつつ、せせらぎながれた。

[やぶちゃん注:「千軒嶽」小説「昇天記」に既出であるが、不詳。]

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