縁日で
昨夕、アリスを散歩に連れて行くと、近くの日枝神社の例祭だった。
テキヤの縁日が数軒出ていた。
僕は昔から祭りが嫌いだ――
何故だろう?……
……それは……「鬼火」のアランの台詞“La fete est finie.”……
……「黒いオルフェ」の“A Felicidade”……Tristeza nao tem fim, felicidade sim.…… 「哀しみには終わりがなく、幸せには終わりがある」……
……兼好の「徒然草」の「花は盛りに」を思い出す……
……暮るゝほどには、立て並べつる車ども、所なく並みゐつる人も、いづかたへか行きつらん、程なく稀に成りて、車どものらうがはしさも済みぬれば、簾・畳も取り払ひ、目の前にさびしげになりゆくこそ、世の例も思ひ知られて、あはれなれ。大路見たるこそ、祭見たるにてはあれ……
……祭りを見るということは……畢竟――その後にやってくる褻(け)を哀しむことだ……
……面白うてやがて哀しき鵜舟かな……芭蕉だ……
僕は御面屋の前で立ち止まった――
アリスは背後の祭り太鼓に恐れをなして尻尾を後ろ足の間に仕舞い込んでいた――
掛け並んだ御面の列を見ながら――
僕の憂鬱は完成した……
……その時僕は……何故に、あの「20世紀少年」が僕を魅了するのかが分かった気がした……
……それは仮面の悲哀である……
……仮面が象徴する我々の悲哀――祭りの悲哀――祭りは人生――人生は――Tristeza nao tem fim, felicidade sim.……

