忘れ得ぬ人々24 僕の友達 ドンキー少年
先週のその日、午後三時過ぎ、僕は鰻の寝床のような庭と階段に通じる前の小道の雑草を取り終えて、下へ降りる階段の端に立っていた。階段の下は、車一台分が通れる坂になって、県道へと通じている。
ふと見ると、足元に、前の家の垣根に植えられているプチ・トマトの実が落ちていた。割れの入った一粒であった。
何気なく――サンダルの先で蹴った。
直径1㎝5㎜ほどのそれは、階段の端の側溝の蓋の上を、落ちて行き、更に坂を下って行った。
丁度その時、小学校5年生位の少年が、お父さんと思しい人と一緒にその坂を登って来た。
彼は、恐らく、山を越えた向こうにある養護学校の生徒で、階段の左手奥のアパートに住んでいるらしい。いつも父母のどちらかと一緒にいるのを見かける。
その少年が――僕の蹴った、転がってゆくプチ・トマトを見つけた。
少年は――坂を脱兎の如く急いで戻り下って――県道の手前で止まったトマトを拾い上げると――駈け上がり始めた……
……不審気に立ち止まって眺めているお父さんを尻目に……階段を タッタッタ! と掛け上がり……僕の立っている二段下で息を切らせて立ち止まると……僕に、ニッコリ! と笑いかけながら、
「落ちたよう!」
といって、右手の親指と人差し指で摘まんだプチ・トマトを僕の目の前に掲げて見せた。……
僕は、その少年となるべく同じ、思いっきり柔和な笑みを心掛けながら、
「ありがとう!」
と素直に受け取って謝辞を述べた。
少年は、また小鳥のように身を翻し、階段を降り、お父さんを後ろに、小鹿が跳ねるように左手へと消えて行った。……
――僕は
そのトマトを、前の家のポストの上に、静かに据えて――家へ入った。
*
その前夜――
僕は丁度、浦沢直樹の『20世紀少年』を読み終えたところだった。――
その少年は――
鼻こそ垂らして居なかったけれど――
よく焼けた――
「ドンキー」――
それも、映画版の少年期の「ドンキー」を名演した吉井克斗君と非常によく似ていたのだった。――
僕はそれから時々、彼に道で逢う。
僕は笑いながら挨拶をする。彼は振り返って笑う。
僕は勝手に彼を、今の孤独な僕の――「ともだち」――だと思っているのである……