「20世紀少年」読了記念2 僕の小学校5年生の時の小説「恐怖の宇宙細菌」公開
1で言い忘れた。
僕は、ケンジたちより学年で三つ、年齢で二つ上だ(僕は二月生まれなので)。
だから『映画「20世紀少年」 或いは 20世紀少年である僕』で述べた通り、万博の頃、僕はもう表向きは斜に構えた男だった(当時の同級生の女生徒Sが、学年の終わりに僕の白ワイシャツにサインした言葉は「ニヒルになるんなら大人になってからにしなはれ!」という富山弁丸出しのサインであった)。
しかしケンジと同じ程度に当時はロック・ファンだった。「20世紀少年」を読んでいて、思わず歓喜した小さなコマがあった(既に借りていた原作は返したので巻数は言えない。確かかなり後の左ページの下段のコマだ)。
そこの台詞に「GFR」の文字があった。
僕があの頃大好きで、ボリューム最大にしたヘッドフォンでガンガンに聴いていたのが、正にビートルズに次いで百科事典に名前が載ったハード・ロック・グループ「グランド・ファンク・レイルロード」=GFRだったのだ(後はピンク・フロイドやポコ。……しかし、中三になって、ビバップのコールマン・ホーキンス、そしてバッド・パウエルのピアノへと、ジャズ街道へと離れて行ったのだが)。
*
閑話休題。
僕がケンジたちと同じ小学校五年生の時書いた小説を公開しよう。
*こんなものを捨てずにずっととっておいて呉れた父母に僕は心から感謝している。
「20世紀少年」……「よげんの書」……細菌(ウィルスも細菌も当時の僕らには概ね一緒くただったように思われる)……アダムスキイ型円盤で散布する……だったよね?
*言っとくが、如何にもしょぼくれた話だ。そこは勘弁して呉れ給え。僕らはこの程度には単純で素直で、ハッピーだったのだよ。恐らく君もね……それにしても……考えて見れば、朝一番に使う紙ならクソしてケツを拭く紙だ。便所から出られずにすったもんだする「僕」を描くともっとオモシロかったろうに……
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原稿の頭に「3作」とあるから、この前に二作を書いているらしい(残念ながら覚えていない。確かこの後、六年生になって「侵略者」という大長編を企画し、表紙をポロックよろしく墨のアクション・ペインティングで描き、「目次」を最後まで書き、第一章第一節を原稿用紙数枚書いてポシャッたのを忘れない(題名は、アメリカのドラマ「インベーダー」のまんまだ)。因みに、その翌年、中学一年生になった僕は「少年マガジン」の通信欄にUFO研究グループ「未確認飛行物体研究調査会」の立ち上げと会員の募集をし、北海道と兵庫の会員計二人を得(どちらも僕より年上の高校生だったが、情けなく数年後には受験勉強で自然消滅してしまった)、中三の時には、三島由紀夫も入っていた「日本空飛ぶ研究会」会長の荒井欣一氏に、友人のアダムスキ型葉巻母船の目撃の現地調査を行った報告書を送って、丁寧な御返事を貰ったのを思い出す。……
そうさ……あの頃の僕らは……確かに誰もが……こんな僕でさえ……「20世紀少年」だったの、さ……
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