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2012/09/18

耳嚢 巻之五 疝氣胸を責る藥の事

 疝氣胸を責る藥の事

 予が許へ來る庄内領主の醫師の語りけるは、同家中とやらん、疝癪(せんしやく)胸を責(せめ)さし込(こみ)て時々苦しみけるが、或日強く起りて苦しみけるを、在所より來りし足輕これを見て、我も疝氣を愁ひけるに、奇妙の藥にて快(こころよし)、用ひ可給哉(たまふべきや)と言ひし故、其藥法傳授を乞ひしが祕して不傳(つたへず)、翌日一藥を調合して煎じ候て與へける故、參り合せし醫師是を味ひて、隨分氣味面白(おもしろし)とて用ひけるに、即時に難儀を忘れ一夜用ひて翌日は快驗(くわいげん)せし故、右醫師ねんごろに尋ね問ひしに、ぶなといへる木の皮の由。然れ共(ども)本草にも不見(みえず)、此頃阿蘭陀(おらんだ)藥法の書を飜譯するものありて其説を聞(きく)に、符を合するが如しとかや。此頃は彼醫師、右の一藥に工夫の加減をなして度々功を得しとなり。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:効果絶妙の民間医薬二連発で、話者も恐らく同一人物である。疝気も根岸の持病であるから、この最後に現れる改良薬も当然、根岸は処方して貰ったものと思われるが、それにしては書き方がやや距離をおいたものとなっている。根岸の疝気が恐らく下腹部のもので(もしかすると痔を主因とする消化器系の疾患、憩室炎や私の持病であるIBS(過敏性腸症候群)等が疑われる)、胸部痛に特化した効果を持つ(と思われる)本薬は効かなかったのかも知れない。

・「予が許へ來る庄内領主の醫師」前条の話者前田長庵は庄内藩お抱え医師とあるから、まず彼と考えて間違いあるまい。

・「疝氣」「疝癪」は近代以前の日本の病名。当時の医学水準でははっきり診別出来ないままに、疼痛を伴う内科疾患が、一つの症候群のように一括されて呼ばれていたものの俗称の一つ。「卷之四」の「疝氣呪の事」で既出であるが、そこで明らかになったように根岸自身の持病でもあるので再注しておく。単に「疝」とも、また「あたはら」とも言い、平安期に成立した医書「医心方」には,『疝ハ痛ナリ、或ハ小腹痛ミテ大小便ヲ得ズ、或ハ手足厥冷シテ臍ヲ繞(めぐ)リテ痛ミテ白汗出デ、或ハ冷氣逆上シテ心腹ヲ槍つキ、心痛又ハ撃急シテ腸痛セシム』とある。一方、津村淙庵(そうあん)の「譚海」(寛政七(一七九五)年)には大便をする際に出てくる白く細長い虫が「せんきの虫」であると述べられており、これによるならば疝気には寄生虫病が含まれることになる(但し、これは「疝痛」と呼称される下腹部の疼痛の主因として、それを冤罪で特定したものであって、寄生虫病が疝痛の症状であるわけではない。ただ、江戸期の寄生虫の罹患率は極めて高く、多数の個体に寄生されていた者も多かったし、そうした顫動する虫を体内にあるのを見た当時の人はそれをある種の病態の主因と考えたのは自然である。中には「逆虫(さかむし)」と称して虫を嘔吐するケースもあった)。また、「せんき腰いたみ」という表現もよくあり、腰痛を示す内臓諸器官の多様な疾患も含まれていたことが分かる。従って疝気には今日の医学でいうところの疝痛を主症とする疾患、例えば腹部・下腹部の内臓諸器官の潰瘍や胆石症・ヘルニア・睾丸炎などの泌尿性器系疾患及び婦人病や先に掲げた寄生虫病などが含まれ、特にその疼痛は寒冷によって症状が悪化すると考えられていた(以上は平凡社「世界大百科事典」の立川昭二氏の記載に拠ったが、( )内の寄生虫の注は私のオリジナルである。私は寄生虫が大好きなアブナイ男なのである)。但し、本記載では「疝癪胸を責さし込て時々苦しみける」とあり、位置がおかしい。これは所謂、狭心症や肺や肋膜由来の胸部痛の症状(更に広げれば呼吸困難を伴う喘息)を示しているように思われる。

・「隨分氣味面白」これは一味を試した医師が、そこに複数の、彼の知れる幾つかの生薬、若しくはそれに似た味を見出したことを暗示している。

・「ぶな」双子葉植物綱ブナ目ブナ科ブナ Fagus crenata。但し、ブナの樹皮が生薬となるという記載は、見当たらない。ただ、管見した漢方販売サイトのこちらのページに没食子(もっしょくし)という生薬を記載し、『ブナ科の若芽や稚枝に、インクフシバチ(没食子蜂)が寄生し、産卵し、幼虫の腺分泌物により植物組織に成長刺激が起こり、それによって生じた虫嬰を乾燥したもので』、『トルコ、イラン、シリア、アラブ共和国に産する』とあるのを見つけた。このページは「本草拾遺」に収載されている知られた生薬五倍子の解説頁で、五倍子はウルシ科のヌルデの若芽や葉上にヌルデシロアブラムシが寄生し、その刺激によって葉上に生成した嚢状虫嬰(ちゅえい)を言う。日本では木附子(きぶし)ともいう。鉄漿(おはぐろ)の主原料として知られるが、タンニンを主成分として没食子酸・脂肪・ワックス・樹脂などを含み、抗菌・収斂・止血・解毒・止汗・鎮咳・止瀉の効能を載せる。その同類生薬として「没食子」が挙げられている。胸部痛への記載はないが鎮咳があり、中国原産でない点では本草書に見当たらないという本記載と一致するようにも思える。これか? 但し、現在では専ら顔料としてしか用いられていないようである。識者の御教授を乞う。なお、調べるうち、私の知らない興味深い事実を知ったので最後に記しておく。ウィキの「ブナ」の記載である、『ブナは生長するにしたがって、根から毒素を出していく。そのため、一定の範囲に一番元気なブナだけが残り、残りのブナは衰弱して枯れてしまう。ところが、一定の範囲に2本のブナが双子のように生えている場合がある。これは、一つの実の中に2つある同一の遺伝子を持った種から生長したブナである』。

・「此頃阿蘭陀藥法の書を飜譯するものありて其説を聞に」この話者が先の前田長庵なら、彼は蘭方医であるから、知り合いにこういう人物が居てもおかしくない。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 疝気でも胸を責める型の症状に効く妙薬の事

 

 これも私の元へよく参る庄内領主お抱えの医師が語った話で御座る。

 

……拙者の家中の者に、疝癪(せんしゃく)が胸部にきては痛み、時にそのために激しく苦しむという症状を持っておる者が御座った。

 ある日のこと、強烈な発作が起こって苦しんでいるのを、たまたま在所の庄内から参っておった足軽が見、

「……我らも、永らく、疝気を患(わずろ)うておりましたが、奇妙なる薬を用いましたところが、これ、全快致いて御座る。……一つ、お試しになっては如何で御座ろうか?」

と申す故、是非に、とその薬方(やくほう)の伝授を乞うたが、これは、秘して教えては呉れず、その代わり翌日になって、かの足軽自身が一薬調合の上、煎じて、かの者に与えて御座った。

 たまたまその場に居合わせておりました拙者は、その煎じ薬の味見を致すことが出来申したが……うーむ……これが……なかなかに……興味深い味が、これ、して御座った。……

 早速に、かの者、服用致いたところ……これが! まあ! 即効にして苦艱(くげん)これ、収まり、その夜一晩、定期的に服用致いたところが……翌朝には、これ、すっかり平癒して御座った。

 拙者、かの足軽に懇ろに処方の内訳を訊ねましたところが、やっとのことで――「ぶな」と申す木の皮――の由、聴き出だいて御座った。

……然れども、相当する生薬は、これ、拙者の持つ唐の本草書には、一切、記載が御座らぬ。……

……丁度、その頃、オランダの医薬書を翻訳した知れる者が御座った故、この話を致して意見を求めましたところが、これ、完全に合致する同じ処方が、オランダにもある、との由にて御座った。……

……近頃にては、我ら、この一薬に更に我らの工夫と改良を加えさせて貰(もろ)うて、種々の疝気の患者にたびたび有効な効果を得て御座る。……

 

とのことで御座った。

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