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2012/09/30

耳嚢 巻之五 怪竈の事

 怪竈の事

 

 餘程以前の事なる由、改代町(かいたいちやう)に住(すみ)ける日雇取(ひようとり)一ツの竈(へつつい)を買ふて、我が走(はし)り元(もと)に直し置て煮焚(にたき)せしに、二日目の夜右竈のもとを見やれば、きたなげなる法師の右竈の下より手を出しけるに驚、又の夜もためしけるに猶同じ事也。右下には箱をしつらひ割薪(わりき)抔入れ置(おけ)ば、人の這入(はいい)べきやうなし。心憂き事に思ひて彼(かの)賣(うり)ける方へ至り、右竈は思(おもは)しからず取替へ呉(くれ)候樣に相賴(あひたのみ)、最初の價ひに增して外の竈を取入(とりいれ)ければ其後怪もなし。しかるに右竈を仲間の日雇取調ひける故、其買得し所など尋しに違ひなければ、一兩日過(すぎ)て右仲間の元へ尋行(たづねゆき)しに、不思議なる事は彼竈の下より夜毎に怪しみありと語りける故、さらば我も語らん、彼竈一たん調へしが怪敷(あやしき)事有し故返し取替(とりかへ)たり、御身も取替可然(しかるべし)と教へける故、是も少々の添銀(そへぎん)して他の竈と引替(ひきかへ)けるが、彼(かの)男あまりに不思議に思ひて、彼(かの)商ひし古道具屋へ至り、右竈は如何成(いかがなり)しやと尋けるに、外(ほか)へ賣(うり)しが又歸りてありと語りける間(あひだ)、委細の譯を咄しければ、かゝる事の有べきやうなし、裔ひ妙に疵付(きづつけ)候抔少し憤りける故、然らば御身の臺所に置(おき)て檢(ため)し給へと言ひて別れしが、彼古道具一ケ所ならずニケ所より歸りしは譯もあらんと、勝手の間(ま)へ引入(ひきいれ)て茶抔煎じけるに、其夜心を付(つけ)て見しに、果してきたなき坊主の手を出しはね廻る樣子ゆへ、夜明けて早々右竈を打(うち)こわしけるに、片隅より金子五兩掘出しぬ。扨は道心者抔聊(いささか)の金子を爰に貯(たくはへ)て死せしが、彼(かの)念殘りしやと人語りぬ。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に連関を感じさせない。本巻最初の本格幽霊物で、所謂、落語の「竃幽霊(へっついゆうれい)」のオーソドックスな原型である。ウィキの「竃幽霊」によれば、原話は執筆推定の寛政九(一七九七)年春から遡ること、二四年前の安永二(一七七三)年に出版された笑話本「俗談今歳花時(ぞくだんことしばなし)」の一遍である「幽霊」である、とする。岩波版長谷川氏注は竈から出る幽霊の濫觴として、これより早い都賀庭鐘(つがていしょう)の「英草紙(はなぶさそうし)」(寛延二(一七四九)年刊であるから、これだと五十年前となる)の第五巻にある「白水翁(はくすいおう)が売卜直言奇(ばいぼくちょくげんき)を示す語(こと)」を挙げる(但し、これは姦婦と間男に殺された和泉国堺の郡代支配の武士の霊で、その出現を契機に真相が暴露されていく裁判物であり、私は読むに、それほど本話との類似性を感じさせないように思われる。なお、この話は上智大学木越研究室の木越治氏の手になる「英草紙」全電子テクストで読むことが出来る)。また、元は「かまど幽霊」という上方落語で、大正初期に三代目三遊亭圓馬が東京に持ち込んだ、とあるが、本話は既に新宿改代町を舞台とする江戸の話となっている。原話自体の流入とインスパイアは早かったことが本話によって分かる。私の現代語訳の後にウィキに載る「竈幽霊」の梗概を参考として転載させて頂いた。

・「怪竈」標題は「かいさう(かいそう)」と音で読んでいよう。竈は訓では「かまど」「へつひ(へつい)」「へつつひ(へっつい)」と読む。「へっつい」は「竈」の意である「へ」+「の」の意の古形の格助詞「へ」+霊威を意味する「ひ(い)」の原型「へつい」んび促音添加が起きたもの。本来は火を神格化した竈神(かまどがみ)を指す。関西では「へっつい」の呼び名が一般的であるが、京都では「おくどさん」と呼ぶ。

・「改代町」現在の東京都新宿区改代町。町名の由来はウィキの「改代町」によれば、元は牛込村の一部で沼地であったが、慶長期(一五九六年から一六一五年)の江戸城整備に伴い、雉子橋付近の住人が牛込徒町(現在の北町・中町・南町)に移転し、承応三(一六五四)年に改めて当地を代地として与えられ、芥を埋め立てて段階的に宅地化、当初、牛込築地替代町と書かれたことに基づく。江戸時代には古着屋が軒を連ねたとある。

・「日雇取」の「日雇」は「日傭」「日用」とも書き、現在の「日雇い」と同じく、一日契約の日雇い労働者のこと。

・「竈」底本には『(尊經閣本「へつつい」)』と傍注するが、私はこの「竈」自体をそう読ませることにする。

・「走り元」台所の流し。単に「走り」とも言う。

・「檢(ため)し」は底本のルビ。

・「しかるに右竈を仲間の日雇取調ひける故」の「右」はあるとおかしい。現代語訳では省略した。

・「はね廻る」岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では『這廻(はいまわ)る』。跳ね廻るでは失笑を買いそうだ。「はひ廻る」の原本筆記者の誤字ではあるまいか? 訳では「這ひ回る」と採って訳した。

・「打こわしける」ママ。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 怪竈の事

 

 余程、前の話で御座る由。

 新宿改代町(かいたいちょう)に住んでおった、日雇いを生業(なりわい)と致す者が、一つの中古の竈(へっつい)を買(こ)うて、己(おの)が長屋へ持ち帰り、軽く修繕なんど致いた上、流しの脇に据え置いた。

 

 二日目の夜、男は、何となく妙な気配を感じて、部屋から、かの竈の方をちらと見やった……

……すると……

……如何にも汚らしい僧形をした男が一人……

……かの竈の下の火口(ほぐち)の中に顏を見せ……

……こっちを……

……うらめしそうに……

……見……

……火口から……

……右手を出すと……

……ゆっくら……

……ゆっくら……

……オイデ……

……オイデ……

……をして御座った……

……吃驚仰天した男が竈(へっつい)のところへ駆け寄ったところが……

……坊主は、消えておった。…………

 

 翌日の夜も、同じく試して見たところが……

……やはり……

……坊主が一人……

……かの竈の下の火口に顏を見せ……

……こっちを……

……うらめしそうに……

……見ては……

……火口から……

……右手を出し……

……ゆっくら……

……ゆっくら……

……オイデ……

……オイデ……

……をして御座った……

……駆け寄ったところが……

……坊主はやっぱり、消えて御座らぬ。…………

 

 竈(へっつい)の下には箱を据え置いて、割った薪(たきぎ)などを入れて御座った故、そこはとてものこと、人の潜り込めるような余地なんど、あろうはずも、これ御座ない。

 

 訳も分からず、余りにおどろおどろしきことなれば、男は、竈(へっつい)を買(こ)うた店に、かの竈(へっつい)を持ち込み、

「……あのよ、この竈(へっつい)……どうも、いけねえ!……取り換(け)えて呉んねえか?……」

と頼み込んで、最初に払った金子に更に色を附けた上、別の竈(へっつい)を買(こ)うて、長屋に運び込んで同じ場所に同じ如、据え付けてみたところが、その後、何の怪しいことも起こらなんだ、と申す。

 

 ところが、ある日のこと、同じ日雇いの仲間が、

「儂(わし)、竈(へっつい)、買(こ)うた。」

と話しかけて来た故、即座に、

「……おい! その竈(へっつい)、何処(どこ)で買(こ)うた?」

と質(ただ)いたところが、先般、男が例の妖しき竈(へっつい)を買(こ)うて取り換えた店に、これ、違い御座らぬ。

 

 二、三日して、その仲間の長屋を尋ねてみると――何やらん、顔色が悪く、塞ぎ込んでおる様子。そうして、話の初っ端から、

「……じ、実はのぅ……不思議なことが……あるじゃ。……あれ、あそこにある……ほうれ……あ、あの竈(へっつい)、の……あの竈(へっつい)の下より……夜毎夜毎……怪しいことが……これ、起こる、じゃぁ……」

と呟いた故、

「そうじゃろ! それよ! それ! 俺も話したろうじゃねえか! 実は、よ……あの竈(へっつい)、一旦は俺が買(こ)うたもんなんじゃ!……ところが、その……そのぅ、やっぱしよ、怪しいことが起こりよったのでよ、元の店に持ち帰(けえ)って別の竈(へっつい)に換えて貰(もろ)うたじゃ。……お前(めえ)も、何より、取り換(け)えるが、これ、一番だぜえ!」

と諭した故、この男も、同じように元の代金に少々色を添え、他(ほか)の竈(へっつい)と取り換えてことなきを得た、と申す。

 

 さて、ところが、この最初の男、どうにも、あの妖しき竈(へっつい)のことが気になって気になって、しょうがない。

 ある日のこと、例の古道具屋へぶらりと立ち寄ると、

「……俺が取り換(け)えた例の竈(へっつい)、な……あれ、どうなったい?」

と水を向けた。

「ああ、あれか? 他(ほか)へ売ったんじゃが、何故か知らん、また同(おんな)じように、戻って来よって、ほうれ、そこにあろうが。」

と語った故、男は、かの竈(へっつい)を気味悪そうに横目で見ながら、

「……実は、の……」

と、彼の体験したことと、かの仲間の話の委細を話したところが、

「――んな、話があるけえッ! あるはずネエッ!――手前(てめえ)! おいらの商品にケチつけようって、かッ?!」

と、気色ばんで御座った故、

「……んならよッ! お前(めえ)さんとこの、台所(でえどころ)に置いてよ! 一つ、試してご覧ないッ!」

と売り言葉に買い言葉で、立ち別れて仕舞(しも)うた。

 古道具屋は、しかし、その日、

「……一度ならず、二度までも出戻ったってえことは、だ……これやっぱし何ぞの訳も、これ、あるに違いないわのぅ……」

と思い直し、男が最後に言った如、かの竈(へっつい)を、店の裏の勝手の土間へと引き入れ、茶なんどを煎じてみたりした。

 その晩のことである。

 主(あるじ)、さっきから気をつけて、居間から竈(へっつい)の方(かた)を度々見てみて御座った。

……と……

……果たして……

……如何にもきったねえ坊主が……

……竈(へっつい)の下から両の手(てえ)を出し……

……そこから……

……ズル……

……ズル……

……ズルズル……

……と這い出て来る……

……そうして……

……蛇(くちなは)ののたくる如……

……竈(へっつい)の廻りを……

……ズル……グル……

……グル……ズル……

……ズルグル……グルズル……

……グルグルズルズル……

……ズルズルグルグル……

……這い回る……

……恐懼しながらも、天秤棒を執って駆け寄ったところが……

……駆け寄ってみれば……

……坊主は消えていた……

……しかし……

……離れて暫くすると……

……またぞろ……

……竈(へっつい)這い出て来て……

……竈(へっつい)の廻りを……

……ズル……グル……

……グル……ズル……

……ズルグル……グルズル……

……グルグルズルズル……

……ズルズルグルグル……

……這い回る……

……消える……出る……消える……出る…………

……かくして夜が明けて御座った。

 

 主は早速、裏庭に件(くだん)の竈(へっつい)を引きずり出すと、大槌(おおづち)で以って徹底(テッテ)的に叩き潰さんとした。すると、

――ガッツ!

――ボロリ!

という一撃の後、

――チャリン!

と、竈(へっつい)の壊(こぼ)ちた片隅から、何と、金五両が、転がり出でたということで御座った。……

 

「……さては、僧侶の、道心者にも拘わらず、秘かに貯えて御座った聊かの金子、これ、この竈(へっつい)の角に塗り込めて隠しおいたままに死んだが、そのたかが五両への尽きせぬ妄執が、今に残っておったものかのぅ……いやあ、浅ましや、浅ましや……」

とは、さる御仁の語って御座ったことで御座る。

 

◎参考:落語「竈幽霊(へっついゆうれい)」(ウィキの「竃幽霊」の「あらすじ」より。文頭一字空けや、一部改行・句読点等記号追加変更を施した)

 とある古道具屋で、いろいろと見繕っていた男の目に一つの竃(へっつい・以下平仮名で記述)が止まる。

 へっついを三円で売り、お客の頼みで家まで運んだその夜、その客が戻ってきて道具矢の戸口をドンドンとたたいた。

「夜寝ていたらなぁ、道具屋。へっついの所からチロチロと陰火が出てきてなぁ、道具屋。幽霊がバーッ! 『金出せぇ~』、道具屋。」

 仕方がないので、道具屋の規約どおりに一円五十銭で引き取り、店頭に並べるとまた売れた。そして夜中になると戻ってきて、一円五十銭で下取り。

 品物は無くならない上に、一円五十銭ずつ儲かる……。最初は大喜びしていた古道具屋だが、そのうち『幽霊の出る道具を売る店』と評判が立ち、ほかの品物もぱたりと売れなくなった。

 困って夫婦で相談の上、だれか度胸のいい人がいたら、一円付けて引き取ってもらうことにした。

  そんな話を…通りで聞いていたのが裏の長屋に住む遊び人、熊五郎。

 「幽霊なんか怖くない。」

と、隣の勘当中の生薬屋の若だんな徳さんを抱き込んだ上、道具屋に掛け合って五十銭玉二枚で一円もらい、件のへっついはとりあえず徳さんの長屋に運び込むことにする。

 二人で担いで家の戸口まで来ると、徳さんがよろけてへっついの角をドブ板にゴチン。

 その拍子に転がり出たのは、なんと三百円の大金! 幽霊の原因はこれか…と思い至り、百五十円ずつ折半し、若だんなは吉原へ、熊公は博打場へ。

 翌日の夕方、熊と徳さんが帰ってみると、二人ともきれいにすってんてん。

 仕方がないから寝ることにしたが、その晩……徳さんの枕元へ青い白い奴がスーっと出て、

「金返せ~。」

 徳さん、卒倒。悲鳴を聞いて飛び込んできた熊は、徳さんから話を聞いて、

『金を返さないと、幽霊は毎晩でも出てくる』

と思い至る。

 翌日、徳さんの親元から三百円を借りてきた熊五郎は、へっついを自分の部屋に運び込むと、お金を前に積み上げて

「出やがれ、幽霊ッ。」

と夕方から大声で。

 草木も眠る丑三ツ時、へっついから青白い陰火がボーッと出て、

「お待ちどうさま。」

 幽霊の話によると、この男は生前、鳥越に住んでいた左官の長五郎という男で、左官をやる傍ら裏で博打を打っていたそうで。

 自分の名前に引っ掛けて、『チョウ(丁)』よりほかに張ったことはないこの男が、ある晩行った博打で大もうけ。

 友達が借りに来てうるさいので、金を三百円だけ商売物のへっついに塗りこんで、その夜フグで一杯やったら……それにも当たってあえない最期。

「話はわかった。このへっついは俺がもらったんだから、この金も百五十円ずつ山分けにしようじゃねぇか。」

「親分、そんな……。」

「不服か? 実は俺もだ。そこで、こうしようじゃねぇか、俺もお前も博打打ち、ここで一つ博打をやって、金をどっちかへ押しつけちまおう。」

「ようがす。じゃあ、あっしはいつも通り『チョウ(丁)』で」

「じゃあ俺は『ハン()』だ。やるのは二ッ粒の丁半、勝負! ……半だ。」

「ウゥーン……」

「幽霊がひっくり返るの初めて見たぜ。」

「親方、もう一勝負……」

「それは勘弁。てめえには、もう金がねえじゃねえか。」

「親方、あっしも幽霊です。決して足は出しません。」

 

◎参考:落語「竈幽霊(へっついゆうれい)」のオチのバリエーション(ウィキの「竃幽霊」の「オチのバリエーション」より。文頭一字空けを施した)

 上方では、熊五郎がいかさま博打で幽霊から百五十円巻き上げ、それを元手に賭場で奮戦していると、そこに幽霊が出現。

「まだこの金に未練があるのか」

「いえ、テラをお願いに参じました」

 「寺」と博打の「テラ銭」を掛けたもので、熊が幽霊に「石塔くらいは立ててやるから、迷わず成仏しろ」と言い渡したのが伏線となっている。

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