紅皿
ト書きのない一幕物
登場人物
靑 河 童
赤 河 童
「君はおれをこんなさびしい處につれだして、いつたいどうするつもりなのか」
「いや、さうむきになられると困るのだ。別におびきだしたわけでもなんでもない。木瓜(ぼけ)の花がこんなに美しく吹いてゐるところはほかにはないし、すこし猿酒(さるざけ)も手にはいつたので、君をさそつたまでなのだ。この節、猿酒もさうたやすくは手にはいらぬし、いつかずつと昔に、君と飮みながら、歪と猿酒との倖訣について語りあつたことを思ひだしたので、つい、君をさそふ氣になつたまでだよ」
「さうか」
「よい氣候になつたな。春になつた」
「うん、春になつた」
「君はどうしてさうむつつりしてゐるのかい。そんな、尻つぴり腰でおどおどしなくたつていいぢやないか。うちとけてもらひたいのだ。笑顏を見せてくれ。昔は昔、いまはいま、昔は仲たがひしたこともあつたが、あんなつまらぬことをさういつまでも根に持たなくともよいではないか」
「君は河童の皿がどんなに大切なものか、知らんわけでもあるまい」
「それはよく知つてゐるよ。しかし、あのときは、あやまちだつたのだから……」
「あやまち? ふん、おれはあやまちとは思つてゐないのだ。命びろかをしたからよかつたものの、あのときの怪我がもうすこし大きかつたならば、お陀佛で、おれはもういまごろはこの世にゐなかつたらうぜ」
「それで、まだおれを怨んでゐるといふのだな。執念ぶかい男だ」
「君は忘れられても、おれがどうして忘れることができるか。君はあやまちといふが、おれは君が故意にやつたとしたか考へられん。君はおれが石馬(せきば)の淵から拾つて來た郎尻子玉(しりこだま)を横取りしたかつたにちがひない。是でおれを殺さうと、……」
「おいおい、君はおそろしいことをいふ。おれが君を殺きうなんて、……きいただけで身の水穴(みづあな)ちぢまるやうだ。そんな風にいはんでくれ。なるほど、あのとき、おれは君に怪我をさせた。それは重々相すまんと思つてゐる。しかし、何度もいふが、それはまつたくおれの心にもない過失なんだ。たしかにおれは君の拾つて來た尻子玉が羨望に耐へなかつた。當節は人間が注意ぶかくなつて、われわれ河童もめつたに尻子玉にありつくことはなくなつてゐたんだし、君の語は耳よりだつた。しかも、その尻子玉が金色に光つてゐるなどときいては、じつとしては居れんではないか。そこでおれはただ見せて貰ひに行つただけなんだ。君も君ぢやないか。見せるくらゐ見せたつてよさきうなものを、あんまり頑固に拒むもんだから、おれもつい意地になつたのだ。それで、君の家に無理やりに押しいらうとした。尻子玉のあり場所はちやんとわかつてゐた。蓮の葉でかぶせた滑石(なめいし)の下がぼうと金色に光つてゐたからだ。ところが君はあくまでもおれを拒んだ。あのとき、おとなしく見せて居ればなにごともなかつたのに、たうとう、組みうちみたやうなことになつて、君に怪我をさせてしまつた。そんな氣はすこしもなかつたのに、……」
「なにをいつてるか。君は石をふりあげて、おれの頭の皿を叩きわらうとしたではないか。そんなあやまちがどこにあるか」
「そんなことをした覺えはない。それは君の錯覺だ。誹謗(ひばう)だ。おれはただ立ちはだかる君を押しのけようとしただけだ。おれたちは重なりあつてたふれた。そしたら、どこかで打つたとみえて、君の頭の皿のこはれた音がしたのだ。おれはびつくりして逃げたのだ。おれがはじめから君をころして尻子玉をとるつもりだつたら、君がたふれて、頭の皿が割れ、水がこぼれてぐにやりとへたばつたとき、尻子玉をとつて逃げるのがほんたうぢやないか。おれはそれをしなかつた。尻子玉には指ひとつ觸れなかつた。尻子玉はそのままに殘つてゐたらう?」
「うん、それは殘つてゐた」
「そんなら、なにもいふところはないではないか」
「……さういへば、さうだが……」
「そんなことで、おれに寃罪(えんざいを)着せて、いつまでも根に持つてゐるなんて、おれには君の了見が知れないのだ。……さあ、そんな佛頂面をせずに、一杯、飮みたまへ。この猿酒はもう百年以上も經つてゐるといつてゐた。木瓜(ぼけ)もこんなに美しいぢやないか。木瓜の木の下で猿酒を飮んだ先輩が、自由に思ふものの姿に化ける忍術を會得(ゑとく)したといふ話がほんたうかどうか、ためしてみようぢやないか。さあ、盃をとらないか」
「う、ううん」
「さ、一杯いかう。そら」
「君と酒を飮むときには、いつも、なにか騙(だま)されるやうな氣がする。尻子玉をとりに、……見に來たのかも知れんが、……來たときにも、君は酒を持つて來た」
「君の疑ひぶかいのにはあきれるな。大切なものを見せて貰はうといふのに、土産くらゐは持つてゆくのが禮儀だらうぢやないか」
「さういへば、さうだが……」
「さあ、つがう。ああ、いい香ひだな。百年以上經つてゐるといふのは、おそらく噓ではあるまい。……やあ、機嫌をなほしてくれたな。おびきだしたなんて、二度といつてくれるなよ」
「うん、なるほど、これはいい酒だ。このとろりとした舌ざはりはどうだ。ずつと昔にこんな酒を飮んだことがある。このごろの酒はなつてゐなかつた」
「腹の底にしみわたるやうだ。この醉ひ心地はなんともいへん。ひよつとしたら、先輩のいふのがほんたうかも知れないな。忍術を覺えたら、仲間の奴等をおどろかしてやるぞ」
「駄目だよ。酒の年(ねん)が足りないよ。たしか、おれが死んだ親父からきいたのでは、三百年以上の猿酒でないと駄目だといふことだつた」
「さうかなあ。そんなら、忍術も覺えられんか」
「だが、これはいい酒だ。百年も長生するやうな氣がする。五臟六腑(ござうろつぷ)が浮かれだすやうだ。こんな酒が手に入る君が羨しいよ。どこで、どうして手に入れたか、おれに教へてくれんかね」
「はつはつはつは、さうたやすくは教へられんな」
「さう、もつたいぶらなくてもよいぢやないか」
「もつたいぶるよ。君の得手(えて)勝手にはおどろいてゐるところだ。おれが尻子玉を見せてくれといつたときには、君はもつたいぶらなかつたかい。あんなに、もつたいぶつた癖に、いまごろになつて、そんなことをいふ資格はないよ」
「それは、さうだが‥…」
「冗談だよ。おれはそんなにもつたいぶることは嫌ひだ。そんなことはおれの趣味にあはん。ちやんと教へるよ」
「さうか、それはありがたい。どこでだ? どうしてだ?」
「おつと、さうあわてるな。君はせつかちだな。なんぼ、おれが人がよくてもさう簡單にはいかんよ。……まあ、今日は飮むだけにしとかうぢやないか。久しぶりに大いに飮んで、河童音頭でも唄はう」
「うん、飮むのは飮むが、……駄目かなあ。そんな薄情なことをいはんで、いま教へてくれよ」
「はつはつはつは、いやにせつかちだが、まあ、酒好きの君としたら無理もあるまい。それではかうしよう。君の希望どほり、いまここで教へるが、そのかはり、おれも聞きたいことがあるのだ。それを君が聞かせてくれたなら、猿酒のことを君に教へよう」
「交換條件といふわけかね。仕方がない。君の聞きたいといふのはどんなことだね。……尻子玉のことかね」
「いや、あれはもうよい。また喧嘩になつてはいかんから」
「今なら見せてもいいよ」
「もういいよ。そんなことぢやないのだ。もつと手近なことだよ」
「早くいひたまへ」
「君の頭の皿だ」
「おれの頭の皿?」
「さうだ」
「ふうん、これか」
「それだよ。その頭の皿の話を聞かせてくれ。おれは君の頭の皿が羨しくてたまらんのだ。君のやうな立派な皿を持つたものは、仲間にはゐない。おれたちの頭の皿は、たいてい褐色(かつしよく)か、草色か、靑みどろ色だ。それは生まれつきで、なにもそれが特別にいやと思つたことはなかつたのだが、君の皿を見てからはどうにも自分の皿がたまらなく憂鬱になつて來た。こんな汚ならしい皿は早くすててしまひたくなつた。君の、君のその皿の色の美しさはいつたいどうしたのだ?」
「君のおかげだよ」
「皮肉をいはないでくれ。おりや眞面目なんだ。あのときのことは、あらためてあやまる。あのとき、君の皿を割つたと思つて、おれは恐しくなつて逃げだした。そのために、君が死ぬのではないかと思ふと、おれはおそろしさで、あのころ、おちおちと夜も眠れなかつた。あやまちであつたとしても、おれの罪はまぬがれぬことになる。ところが、君が死んだといふことを誰もいふものがなかつた。君の怪我がわづかですんだと思つて、おれはほつとした。さうして、その次に、……さうだ、二箇月ほど經つてからだつたと思ふが、……君に會つた時、おれはおどろきで、心臟が破裂しさうだつた。足がすくんでしまひ、瞠(みは)つた眼が吊りあがりさうになるのが自分でもわかつた。君は憎惡の眼でおれをちらと見ただけで、おれに背をむけて行つてしまつたが、おれは君の姿から、いや、君の、その頭の皿から、眼をはなすことができなかつた。いつたい、なにごとが起つたのだ? 君の頭の皿はもとはおれたちとすこしもちがはなかつたのに、いや、率直にいふと、おれたらのよりは薄ぎたないくらゐだつたのに、いま見ると、まるで牡丹の花のやうに美しい。さうだ、頭の上に、一輪、まつ赤な牡丹の花びらを乘せたと同じだ。どうしてそんなすばらしいことになつたのか。おれにはわけがわからない。そのときのおどろきは、今もつづいてゐる。一層ふかくなる。……おお、君の頭の皿はだんだん紅(あか)くなる。紅くなるやうにみえる。おれの錯覺か。酒のせゐか。ここに來たときの三倍も紅くなつた。燃えるやうだ。……どうして、そんなすばらしい皿になつたのか。話してくれ」
「君のおかげだといつたではないか。君がおれの皿を割つたので、修繕しただけだ。それだけだよ」
「そんな無愛想な変事をしないでくれ、修繕しただけで、そんなことになるわけがない。仲間で、怪我して修繕したものもたくさんあるが、誰ひとりだつてそんな美しい皿になつたものはない。もとのままの褐色の、草色の、靑みどろの皿だ。なにか、特別な方法でやつたにちがひない。な、賴む。教へてくれ。教へてくれ」
「うるさいな。別に特別な方法なんてないよ」
「さう、もつたいぶらんでくれ。その紅(くれなゐ)のいろはどうしたのだ? 人間の世界にある紅屋(べにや)から、紅でもとつて來てつけたのか。それとも、昔、先輩のやつたやうに、夕燒の色を湖の上からすくつて來たのか。ああ、さうぢやない。もつとちがつた方法だ。それとも、新しい紅の皿ととりかへたのか。とりかへられるのか」
「そんなにおれの皿をのぞかんでくれ。君がそばに來ると氣味が惡い。君は興奮してゐるな。醉つたのかい。もうすこし落ちついたらどうだ?」
「うん、落ちつかう。なるほど、すこし興奮をしてゐた。あんまり、知りたかつたもんだから、……」
「まあ、一杯、飮みたまへ。そんなに興奮したんでは話がされない」
「そのとほりだ。飮まう。ついでくれ」
「飮めば飮むほどいい酒だな。親父が酒ずきだつたが、生きてゐたら飮ませてやりたいな。どんなに喜ぶだらう。この酒のためなら、命もいらんくらゐだ。身體中がぬくもつて來た。こなひだからの肩の凝りもすつかりとれた。夢を見てゐるやうな心地だ。……ああ、話さう、話さう。おれはもつたいぶるのはきらひだからな。いま、話すよ」
「さうか、ありがたい。早く話してくれ」
「なんでもないことなんだよ。しかし、知らなければできることぢやない。君の皿だつて、いつでも、……今でも、おれと同じになることができるんだ」
「なんだつて? いつでも、今でもだつて?」
「さうだよ。おれはあのとき、皿を割つて昏倒したが、さいはひに命に別條はなかつた。息を吹きかへしたときには、君はゐなかつた。尻子玉は君のいふとほり、もとのところにあつた。しかし、しらべてみると、それは贋物(にせもの)であることがわかつた。色や形はよく似てゐたが、まつたく贋造物(がんざうぶつ)であることは疑ふ餘地がなかつた。つまり、すりかへられてゐた」
「そんな馬鹿なことが、……もし、すりかへられたとしても、おれの知つたことぢやない」
「なにも、君がすりかへたといふわけぢやない。ほかの仲間のやつたことだらう。だが、そんなことは、もうどうでもよいのだ。……おれは息を吹きかへした。さうして生きてゐたことを知つたが、皿の傷がひどくて、ずきずきと痛み、放(ほ)つておいたらあと一時間も命の保たんことを悟つた。おれはあわてた。死の恐怖のために、身體中の甲羅や蝶番がはづれるくらゐ、がちがちふるへだした。どうしたらいいか、しばらく思案もうかばず、ただ死を待つばかりかと、戰慄のために靑い油汗が身體中をべとべとにした。むろん、君に對する怨みの念は頂點に達し、死んだら化けてとりころしてやるぞとまで思つた。その混亂と絶望のなかに、とつぜん救ひの靈感がわいた。死んだ親父の殘してある祕傳の書のことが、稻妻のやうに、頭に閃いたのだ。それにはあらゆる病氣や怪我に對する治療の方法が書いてあつた。それに思ひいたると、おれは歡喜のためにとびあがつた。助かつた、助かつた、と思はず聲が出た。その本はすぐ見つかつた。さうして、その本に書いてあつたとほりにした。そしたら、助かつたばかりぢやない。このとほりの紅皿(べにざら)になつたのだ」
「どうしたのだ?」
「きはめて簡單だ。傷口に、木瓜(ぼけ)の花の汁をすりこめばよい」
「え? 木瓜の花の汁を? この木瓜のか」
「さうだ、君の見あげてゐるその木瓜の花だ。おれが本のとほりにすると、十分も經たぬうちに、傷はなほるし、元氣は出るし、皿は美しくなつた」
「わかつた、わかつた。ああ、いいことを聞いた。さうだつたのか。おまけに、ここに木瓜の花があるといふのは、なんといふ奇緣だ。おれは運がいい。……すぐに、それをやらう。君、君、すぐできるのだね?」
「できるとも」
「手傳つてくれるか」
「手傳つてもよい」
「たのむ。……まづ、どうしたらよいか」
「君も性急(せつかち)だなあ。そんなに君が望むのなら、おれがすつかり手筈を運んでやらう。まづ、君の皿にすこし傷をつけそれから、木瓜の花汁をすりこむ。はじめはすこし痛いかも知れぬが、……」
「痛いくらゐ、なんでもない」
「よろしい。では、盃をおきたまへ。なにか傷をつける手頃なものはないか。……うん、この花崗岩(みかげいし)の缺片(かけら)がいい。さあ、眼をつぶりたまへ」
「これでいいか」
「それでよい。……痛いか?」
「ううん、……痛くない」
「まだ、傷が淺い」
「あいた。……まだか?」
「もうすこしだ」
「う、……う」
「我慢するんだ」
「痛い、痛い、……ああ、そんなに、……うむ、ちよつと待て。待つてくれ。……ああ、ああ、……ううむ、……」
「たうとう、のびてしまつたな。ざまあみやがれ。お前のやうな惡黨には、天罰覿面(てんばつてきめん)だ。ぶざまな恰好でくたばつてゐやがる。……まあまあ、お慰みに、木瓜の花汁をすりこんどいてやらう。それでおれの役割はすむ。約束したことはちやんと果すのが、おれは好きだ。……花はきれいだが、どうも汁はすこし臭いな。‥…これで、よし。……ああ、せいせいした。お前などに、ほんたうのことなど教へてやれるかつてんだ。お前がおれを殺して尻子玉をとるつもりだつたことは、ちやんとはじめから見ぬいてゐたんだ。尻子玉をすりかへたのもお前だといふことくらゐ、氣づかぬおれと思つてゐるか。おれの大事な皿に傷をつけやがつて、よつぽどでお陀佛になるところだつた。いつか、復讐の機會を狙つてゐたんだ。そしたら、ちやうどお誂(あつら)へむきになつて來た。うまいことをいつて、おびきだしに來やがつた。……だが、猿酒はおれも意外だつた。こんなすてきな酒を、こいつが持つてゐようとは思はなかつた。こんな猿酒は何百年もの間、仲間のたれもが飮んだことがない。まつたくすばらしい。おれは猿酒が欲しくてたまらなくなつたのだ。うまく計略にかけてやつた。木瓜の花汁なんぞで、傷がなほつたり、紅皿になつたりなんかするものか。みんな出まかせの作りごとだ。おれはなかなか頭がいいぞ。ここに木瓜の花が咲いてゐたんで、思ひつきでうまく話を仕組んだら、あいつあつさり本當にしやがつた。この紅皿だつて種をあかせばお笑ひ草だ。業(ごふ)つくばかりで見榮坊(みえぼう)のあいつの氣をひくために、ただ赤の繪具を塗つただけだ。死ななんだのは、傷が淺かつたからだ。ふん、あいつうまうまと、おれの罠(わな)にかかりやがつた。萬事はおれの思ふとほりにいつた。おれを陷(おとしい)れようと考へたあいつが、かへつて罠に落ちた。あいつ、まことしやかに、木瓜と猿酒と忍術の傳説などをもちだしておれを誘ひに來たが、こんなさびしいところにつれだして、おれから紅皿の祕密をきいてしまつたら、おれを殺すつもりだつたのは見えすいてゐる。馬鹿にするな。おれをそんな甘い男と思ふか。……しめたぞ。猿酒が手に入つた。すこしは飮んだが、まだしばらくはたのしめる。いい香ひだ。いい色だ。いい音だ。……ぶざまな恰好で死んでゐるぞ。……あ、おや?……こりや、いつたい、どうしたんだ? なにごとが起つたんだ? あいつの頭が紅(あか)い。あいつの皿が紅い。すばらしい眞紅(しんく)だ。……どうしたといふのか?…:わからない。わからない。……あ、しまつた。びつくりした拍子に猿酒を落した。みんな滾(こぼ)した。ちえつ、なんといふことだ。……それにしても、それにしても、……あいつの皿が紅いのは?……だんだん紅くなる。だだだん濃くなる。牡丹の花のやうだ。……ああ、あいつ、動きだした。……生きて來る。生きて、蘇る……また、生きて、來る。……どうしたのだ? どうしたのだ?」
[やぶちゃん注:「猿酒」猿が木の洞に溜め込んだ果実が自然発酵して酒になったもの。ましら酒。
「君が故意にやつたとしたか考へられん」は、「やつたとしか考へられん」の誤りのように見えるが、もしかすると一部の方言にある言い回しなのかも知れない。
「石馬の淵」未詳。
「水穴」不詳であるが、ここでのもの謂いからは河童の尻の穴を彼らは呼称するようである。河童世界の生物学及び民俗学の貴重な記録である。
「滑石」鉱物名としては、マグネシウムを含む含水珪酸塩鉱物の名称として滑石(かっせき)が存在するが、この場合は単に表面が滑らかな石の謂いである。]