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2012/10/21

耳嚢 巻之五 奸婦其惡を不遂事

 

 奸婦其惡を不遂事 

 

 淺草藏前邊の小間物屋とやらん、日々觀音へ參詣をなす事多年也しに、是も下谷邊の木藥屋(きぐすりや)にて同じく觀音を信仰して年頃步行(あゆみ)を運び、相互(あひたがひ)に日々の事故(ことゆへ)或は道連に成、又は日參茶やといへる水茶屋にて落合、後々は他事なき知音(ちいん)と成しが、或日彼(かの)小間物屋觀音へ參詣して、歸り道にも右の木藥屋には不逢(あはざる)故、いかゞなしけるや尋見んと下谷の方へ立向ひしに、向ふより右木藥屋來りし故、いか成(なる)譯にて今日は遲きや、尋んため爰迄來りしと申ければ、彼(かの)木藥や殊の外色もあしく愁ひたる氣色にて、甚だの難儀有て今日は遲く成し由故、其譯を尋しに、我等商賣躰(てい)にて砒霜斑猫(ひさうはんみやう)の毒藥類は、譬(たと)へば求めに來る者ありても外科(ぐわいれう)其外其用ひ方を聞て、證文をも取窮め商ひ候事也(なり)、然るに昨日(きのふ)雨の降けるに、一人の男格子嶋(じま)の羽織を着し大嶋の單物(ひとへもの)を着たるが、右砒霜を求めたりしを、鄽(みせ)にありし者うかと證文もなく其身分取計ひも聞かで賣りし由、跡にて承り大に驚き、其買人(かひて)を詮議なせどいづくの人なるや知れず、左(さ)すれば人の害を成さん事の悲しさに、昨夜より食事も通らず愁ひに沈(しづみ)しが、せめて兼て信心せし觀音薩陀(さつた)の佛力(ぶつりき)にて此愁ひをまぬがれんと、只今立出しといへるに、扨々氣の毒成(なる)事也(なり)と、其衣類の樣子等委敷尋問(くはしくたづねとひ)て、小間物屋は我宿に歸しに、片脇に棹に懸けて干有(ほしあ)りし羽織を見れば、木藥屋が咄したる羽織に違ひなければ、是は誰(たれ)が羽織なれば鄽に干置(ほしおく)やと尋ければ、伴頭成(ばんとうなる)者出て、それは昨日外へ出て雨に濡れ候故干し置(おき)し迚(とて)、棹をはづし片付し躰(てい)を見れば、大嶋(おほしま)の單物を着し居(をり)たる故いよいよ怪みしが、其日女房は里へ用事ありて參りけるとて支度して牡丹餠(ぼたもち)を重(ぢゆう)に入れ、是は好物故今朝(けさ)拵へたれば、給(た)べ給(たま)へとて夫へ差出しければ、是社疑敷(これこそうたがはしき)事也(なり)と今は不好(このまざる)由をいへば、伴頭なる男も進(すすめ)ける樣子彌々難心得(いよいよここえがたく)、留守の淋しきに至り後程給(のちほどたべ)なんとて女房は里へ遣しぬ。さて近きに住居(すみ)ける兄弟を呼寄せ、まづかくの次第也(なり)、定て女房と伴頭兼(かね)て密通しての仕業ならんと相談して、伴頭を呼て其方(そのはう)事、心に覺(おぼえ)有べし、汝が不屆の仕末公(おほやけ)へ訴(うつたへ)なば重き刑にも行(おこなは)れんが、町人の事なれば右躰(てい)の事好むべきにもあらず、暇(いとま)を遣す間(あひだ)早々其身の儘にて立去(たちさる)べし、重(かさね)て町内へも立入らば其分(そのぶん)になしがたしと怒りければ、何故の咎(とが)にやと始(はじめ)はいなみしが、左あらば今朝我等に女房共(とも)一同進(すすめ)し此牡丹餠を目前にて食(を)すべしとせめければ、伴頭も色靑く成(なり)て一言の返答に及(およば)ず、すごすごとして立出(たちいで)ければ、女房へは去狀(さりじやう)を認(したため)、右重箱を持せて弟成(なる)者、直々(じきじき)里へ罷越(まかりこし)女房へ離別狀を渡し、右離別狀に不審ありていなむ心あらば、此重(ぢゆう)の内を食(を)し候て立歸り給へ、左もなくば離別狀を取收(とりをさめ)よとの事也といひければ、彼女も赤面して離別狀を受取、事なく濟しと也。誠(まこと)町家の取計には左も有べき事にて、觀音の利益(りやく)、知音の信切(しんせつ)、面白事ゆへ爰に記しぬ。

 

□やぶちゃん注

 

○前項連関:相学の超現実的予言から観音利益による超常的真相露見で連関するとも言えようが、寧ろ私は、偶然の一致の瓢箪から駒、とどちらも意地悪く皮肉りたくなる話柄である。かくも私が酷評を下すのは、御一緒にここまで私と「耳嚢」を読んで来られた方は触りの一読でお分かりになったように、これは「巻之三 深切の祈誓其しるしある事」と全くと言ってよい程の同話であって、千話のキリを誇る「耳嚢」の甚だしい瑕疵と私には映るからである。登場人物の設定(前話では薬種屋主人と未遂ながら被害者である夫はその日初めて逢っているが本話では以前からの知己である点)、話者の変換(前話は前半のシークエンスの主体が薬種屋主人で後半で害者の夫に転換する二部構成が際立っているのに対して、こちらはほぼ一貫して害者夫の一人称映像に近い点)、犯行の着手(犯行に用いられた薬物を購入するのは前者は主犯と思しい妻であるのに対し、こちらは間男の番頭)、クライマックスのシチュエーションの相違(夫による真相部での対決相手が前話では単独犯――但し、男は間違いなく居そう――の妻のみであるのに対して、こちらはその間男である番頭が新たに登場し、彼が主に糾問されるという捻りを加えてある点)等の変化はあるとしても……誰がどう読んだって、これは焼き直しで、げしょウ! 根岸の檀那! なんでそれに旦那はお気づきになられなかったんで、ごぜえやすか? ちょいと、儂(あっし)は残念でなんねえスよ!……

 

・「薩陀」「薩埵(さった)」に同じい。「菩提薩埵」の略。菩薩。

 

・「伴頭」底本には『(番頭)』と傍注する。

 

・「是社疑敷(これこそうたがはしき)事也(なり)」のうち、「是社(これこそ)」は底本のルビ。「社」は国訓で、確術の度合いを深める係助詞の「こそ」を当てる。

 

・「誠町家の取計には左も有べき事にて、觀音の利益、知音の信切、面白事ゆへ爰に記しぬ。」前話にはない、根岸の好意的感想である。ここには公事方勘定奉行としてウンザリする刑事・民事訴訟を扱ってきた根岸の本音がポロリという感じである。法の番人として、この殺人未遂の共犯二人の逃走を見逃すというのは、当時としても許されるべきことではないように思われる(二人は当時、訴えられれば確実にともに死罪と考えてよい。現刑法下でも主犯と思われる妻は殺人未遂罪が成立し、番頭は犯行のための薬物の入手及び薬物摂取の際の積極的な助勢・慫慂を行っている点で共同正犯であり、夫からの刑軽減の嘆願書でも出ない限り、実刑は免れない)。「――私、マジ一寸、怒ってるんです、鎭(しづ)さん!――」

 

・なお、「砒霜」「斑猫」の注は「巻之三 深切の祈誓其しるしある事」を参照されたい。

 

 

■やぶちゃん現代語訳 

 

 奸婦がその悪を遂げ得なかった事 

 

 浅草蔵前辺の小間物屋を商うておるとか申す男、これ、毎日欠かさず浅草の観音へ参詣、これがまた実に長い歳月に亙る習慣でも御座った。

 

 また、下谷辺の生薬屋(きぐすりや)の主(あるじ)にて、同じく観音を信仰して、永年、日々足を運んでおる者が御座った。

 

 相いみ互い、日々参詣のことなれば、或いは道連れとなり、また、文字通り、「日参茶屋」と申す浅草寺近くの水茶屋にて落ち合(お)うては、四方山話に暮れるうち、後々にては知音(ちいん)とも言える仲に相いなって御座った。

 

   ――――――

 

 そんなある日のこと、かの小間物屋が何時も通り、観音に参詣致し、その帰るさになりても、今日は一向、かの生薬屋に逢わなんだ。

 

 こんなことは今までにない、初めてのことに御座ったれば、

 

「……何ぞあったものか……一つ、訪ねてみることと致そう。」

 

と、下谷の方へ向かって歩くうち、向こうより件(くだん)の生薬屋が、これ、参った。

 

「……如何なる訳のあって、今日はかくも遅くなられた?……心配になって、ここまで参ったところじゃった……」

 

と申したが、見ると、かの生薬屋、殊の外、顔色も悪(あ)しく、何ぞ、深(ふこ)う愁いに沈んでおる気色(けしき)にて黙って御座ったが、暫く致いて、その重い口を開いた。

 

「……いや……甚だ難儀なことの御座って、今日はかくも遅くなり申した……」

 

と申す故、小間物屋の主は、

 

「……そは、また如何なることにて……」

 

と訊ねたところ、

 

「……我ら、商売柄、砒霜(ひそう)・斑猫(はんみょう)といった毒薬の類いも扱(あつこ)うて御座るが……具体に申せば――それらを求めんとして来たる者のあっても、容易には、これ売り申さぬ。外科の施術その他諸々の顔料・薬物などへの調合調剤等、その用いる目的をしっかりと確認致いて――売主たる我らと買主たる人物を明らかに致いた証文をも取り交わした上で――商い致して御座る。……然るに……昨日(きのう)――確か、雨の降って御座った時分のこと……一人の男――後で糺しましたとこでは、格子の縞の羽織を着、大島紬(つむぎ)の単衣(ひとえ)を着て御座ったと申す――が、かの砒霜を求め参ったを、我ら留守にて、店におった者が、これ、うっかり……証文も取らず、その身分・住まいはおろか、何に用いんとするかをも聞かずに売ってしもうた、と申すので御座る。……出先より帰った遙か後になってからこれを聞かされた我ら、大いに驚き、とにもかくにも、その買い手が誰であるかを調べんと致いたので御座るが……これ、店の者は誰も見知り顔の者にては御座らず、これといった面相風体(ふうてい)の特徴もなければ、どこの御仁なるやも皆目分からず……さすれば……つい、悪うも考えて……もしや……誰かに、その薬がこっそりと盛られて……害をなすようなことに……これ、なりはすまいか、と思う悲しさに……昨夜より食事も喉を通らず、愁いに沈んで御座る……せめて、兼ねてより信心致いておりまする観音薩埵(さった)さまの法力にて……この愁いを免れんものと……只今、ようやっと家を這いずるように出でて参ったところで御座いまする……」

 

と申すによって、

 

「……さてさて、それはまた……気の毒なことじゃ。……」

 

と、何ぞの手助けにもならんかと、買い手の着衣の様など、改めて委細聴き訊ねて、生薬屋は浅草の観音へ、小間物屋は我が家へと帰って御座った。

 

   ――――――

 

 さて、その小間物屋、自分の店へと戻ってみると、店の入り口のすぐ脇の空(す)いたところに、棹に掛けて干してある羽織を見かけて御座った。

 

 そうして、その柄を、ようく、見れば――「格子縞」……ついさっき、生薬屋が話して御座った羽織に……これ、相違御座ない。されば、入り口にて、

 

「……おい……これは誰の羽織なれば、ここな、店の脇に干し置いとるんじゃ?」

 

と訊ねたところが、

 

「相い済みませぬ!」

 

と番頭が小走りに走り出で来て、

 

「……相い済みません。昨日(きのう)、所用にて外回りを致しました折り、雨に降られ、濡れました故、不調法にも、風通しの良き、店脇に干しておりまして御座います。……」

 

と、急いで棹を外し、片付けておる、その番頭の、着ておる――単衣(ひとえ)は――これ、ついさっき、生薬屋が話して御座った――大島紬……これ、相違御座ない。……主(あるじ)の疑いは、これ、深まるばかり……

 

   ――――――

 

 さてもその日、女房は里方へ用事あって参ります、と申して御座ったのだが、丁度、その時、出かける支度もし終えたところで御座った。

 

 すると女房、牡丹餅をお重に入れたを、

 

「……これは、お前さんの好物の牡丹餅……今朝、拵えたものなれば……出来たてを、今、どうぞ、お食べなさいませ。……」

 

と、差し出だいた。

 

 主は、

 

『……これこそ――まさに疑わしきこと、だ、ら、け、じゃ!……』

 

と思い、

 

「……今は、食べとう――ない……」

 

と素気なく答えたところ、

 

「――そうおっしゃらずに。」

 

と何時の間にか――側に侍って御座った例の番頭までもが――これ、頻りに勧める……

 

『――!……これは……いよいよ以って、妖しき上にも怪しきことじゃわッ!……』

 

と思うにつけ、

 

「……そうサ、後ほど……留守の間、お前が居らぬ淋しさを紛らかすために……食べることと。致そう……」

 

と紛らかいて、ともかくも女房を里へと発たせて御座った。

 

   ――――――

 

 すると、主、すぐに近所に住んでおる兄弟を呼び寄せ、

 

「……かくかくしかじか……っとまあ、先ず、このような次第じゃ。――間違いなく、女房とその番頭は、兼ねてより密通致いており、これもその遂(つい)の所行に間違いない。」

 

と相談致いた上、一同の前に番頭を呼び据え、

 

「……お前さん……身に覚えがあろうのぅ……お前の不届きなる、この仕儀……公(おおやけ)へ訴え出るとならば……これ、重き刑に処せられようが……我ら町人同士なれば、そうしたおぞましくも無惨なる表沙汰には……これ、しとうは――ない。――暇(いとま)を遣わすによって――早々に――着のみ着の儘――立ち去れぃ。――向後、一度でも浅草蔵前一円の町内に立ち入ったならば――お前の身(みい)は――ただにては――済まぬと――心得るがよいッ!」

 

と怒気を含んで叱(しっ)したところ、当初、番頭は、

 

「……い、一体、……何の咎(とが)を以って、そのような御無体なことを申されますか……」

 

と、あくまで白(しら)を切て御座った。そこで主は、

 

「……そうかイ!……そんなら……今朝、お前が女房と一緒になって、頻りに我らに勧めた……ほうれ! この牡丹餅じゃ!――この牡丹餅を――一つ、この目(めえ)の前で――食べて見せて――呉(く)りょう!……」

 

と責め立てたところが、流石の千両役者の番頭も、みるみる顔色が真っ青になって、一言の返答にも及ばず、文字通りの着のみ着の儘、執る物も取り敢えず、転げまろぶ如くに店から逃げ出して御座った。

 

   ――――――

 

 そこで主、今度は、女房へ、三行半(みくだりはん)を認(したた)め、かの牡丹餅の入った重箱とともに、自分の弟なるものに、その場で直接、女房の里へと持って行かせ、その三行半を妻に手渡させた。しかしてその弟に、

 

「――この三行半に不審あって受け取るを拒絶致す心ならば――ともに持参致いたる、この重の内なるものを食うて立ち帰り、己れに不義なきを訴えらるるがよい!――もし、それが出来ぬとなれば――この三行半、取り収むるに、若かず!」

 

と口上を切らせたところ、女は、その場に赤面致いて離縁状を受け取り、しかして一事が万事、誰にも何事も無(の)う、済んで御座ったと申す。 

 

 誠に、町方の取り計らいは、出来得れば、かくあって欲しいものにて御座る。……いや、観音の利益(りやく)・知音の親切、本話は何もかも、これ、面白きことにて御座れば、ここに記しおくことと致す。

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