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2012/10/16

耳嚢 巻之五 怪尼奇談の事

 怪尼奇談の事

 

 或人語りけるは、藤田元壽とて駒込邊に住居せる醫者ありしが、或日早稻田に住(すめ)る由の尼たく鉢に來りて、雨を凌(しのぎ)て元壽が椽(えん)に腰をかけ雨やみを待(まち)けるが、色々の咄しなどせしが、懸物を見て和歌など口ずさみ、其外物語のさま凡ならざるゆへ、元壽も感心して詠歌など聞しに、此程詠(よめ)る由にて、

  さほ姫の年を越なでいとけなくういたつ霞春をしれとや

  けふはなを長閑き春の鄙までも霞にきゆる雪の山里

二首を見せて、雨晴れて立別れし故、兼て聞し早稻田の彼尼が庵を尋ければ、近き頃箕輪(みのわ)へ引移りしと聞し故、元壽も事を好む癖ありて、箕輪を所々搜して彼尼が庵(いほり)に尋當りて、暫く色々の物語りして、御身のむかしいか成(なる)人に哉(や)と尋ければ、妾(わらは)はむかし吉原町の遊女をなしけるが、富家(ふけ)の商家へ請出(うけだ)されしが、右夫死せし後は世の中の憂(うき)を感じて、かゝる身と成(なり)しと語りし由。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。しっとりとしてしみじみとした和歌を嗜んだ芸妓後日譚で、次と二十一項後で同聞き書きとして続篇が二つある。同一人の聞き書きはあっても、話柄の主人公が一貫して同一の尼であり、強い連続性を有し、たこうした形式は「耳嚢」では珍しい。

・「さほ姫の年を越なでいとけなくういたつ霞春をしれとや」読み易く書き直す。

 佐保姫(さほひめ)の年を越(こ)えなで幼(いとけな)く初(う)い立つ霞春を知れとや

佐保姫は元は佐保山の神霊で春の女神。五行説で春は東の方角に当たることから平城京の東の現在の奈良県法華寺町法華町にある佐保山が同定されたもの。白く柔らかな春霞の衣を纏う若々しい女性とイメージされた。竜田山の神霊で秋の女神竜田姫と対を成す。参照したウィキの「佐保姫」によれば、『竜田姫が裁縫や染めものを得意とする神であるため、対となる佐保姫も染めものや機織を司る女神と位置づけられ古くから信仰を集めている。古来その絶景で名高い竜田山の紅葉は竜田姫が染め、佐保山を取り巻く薄衣のような春霞は佐保姫が織り出すものと和歌に歌われる』とある。一首は、春霞の棚引く佐保山を佐保姫になぞらえた優美なもので、「初い立つ」と「立つ霞」の掛詞で、

佐保山の佐保姫は、未だに年頃を迎えておられぬ幼く初々しいお姿じゃ――なれど、その初々しきお姿にも、幽かに初めて自然、女人の香気が、山に靡きかかる春霞のように、浮き立って――そこに春の、恋の、あの予感を、知っておらるるようじゃ……

といった歌意を含ませていよう。

・「けふはなを長閑き春の鄙までも霞にきゆる雪の山里」読み易く書き直す。

 今日はなほ長閑(のど)けき春の鄙(ひな)までも霞に消ゆる雪の山里

「霞に消ゆる」と「消ゆる雪」の掛詞で、

――今日はなお一層、この長閑かな春の田舎にまで春霞が棚引き掛かって――雪に埋もれていた山々の雪はすっかり消え――かわりに暖かな雪のようにふっくらとした白き霞が――この里を包み込んで、山里はまた、消えておりまする……

といった新春の景物を言祝ぐ美しい佳品である。私は和歌が好きではないが、二首ともに技巧を感じさせず、素直な迎春歌として好感が持てる。

・「箕輪」浅草の北西、現在のJR常磐線南千住駅西方にある日比谷線三ノ輪駅周辺の地名。江戸切絵図を見ると田地の多い田舎で、新吉原総霊塔のある有名な浄閑寺が直近で、新吉原からも五百メートル程しか離れていない。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 曰くありげなる妖しき尼僧の奇談の事

 

 ある人の語ったことで御座る。

 駒込辺に藤田元寿と申す医者が御座った。

 ある春の日のこと、俄かに雨となったが、丁度そこに、早稲田邊に住めると申す尼が托鉢(たくはつ)に参って、雨を凌いで、元寿が家の縁に腰を掛け、雨止(あまや)みを待って御座った。

 その折り、色々と話なんど致いたが、縁から見える元寿の家内の掛軸を見、何やらん、和歌なんど口ずさんでみたり、また、その四方山の話柄の風雅なること、これ凡そ、並の尼とも思われぬ故、元寿も感心致いて、

「……一つ、そなたの詠歌など、これ、お聴かせあれかし。」

と乞うたところ、

「……お恥ずかしながら……近頃、詠みましたものにて……」

とて、

  さほ姫の年を越なでいとけなくういたつ霞春をしれとや

  けふはなを長閑き春の鄙までも霞にきゆる雪の山里

という二首を書き記して見せた。

 丁度、その折り、雨も晴れたによって、その尼ごぜとは、そこで相い別れて御座った。

 元寿はこの尼のことが気になり、後日、かねて尼の申して御座った早稲田の庵(いおり)を訪ねてみたところが、

「近頃、箕輪辺へ引っ越したぜ。」

とのこと故――まあ、元寿も物好きな質(たち)で御座ったれば――わざわざ、そのまま箕輪まで足を延ばいて、あちこちと捜し廻って、漸っとのことに尼の庵を訊ね当てて御座った。

 また、その庵の縁にて、暫く二人して物語なんど致いたが、

「……ところで……御身、昔は如何なるお人にて御座ったものか、の?」

とさり気なく水を向けたところ、尼ごぜは、

「……妾(わらわ)は昔、吉原町の遊女を生業(なりわい)と致いておりました……富家(ふけ)の商家の檀那に請け出して貰(もろ)うたものの……その夫(ひと)の亡(の)うなってから後(のち)は、これ、世の中の憂きことを感じまして……かかる身となって御座います……」

と語ったと申す。(続く)

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