耳嚢 巻之五 鼻血を止る妙藥の事
鼻血を止る妙藥の事
靑じといへる鳥の腹を割(さき)て、人參を一匁入て黑燒になし、鼻血出る時呑み又は付て妙也。鼻血のしたゝりて下へ落(おち)しへ、右黑燒をふりかけても速(すみやか)に止るとかや。誠に奇法と言べし。
□やぶちゃん注
○前項連関:感じさせない。民間療法(しかもかなり怪しい系の)シリーズの一。本条は岩波のカリフォルニア大学バークレー校版では巻之五の掉尾にある。
・「鼻血を止る妙藥」底本の鈴木氏注に『黒焼とか灰がよいというののが一つのセオリーだったらし』いとして、「和漢三才図会」の例を訳して揚げる。ここでは「和漢三才図会」の巻十二の「鼻」の項の掉尾にあるそれの原文と私の書き下したものを示す。
〇原文
衂〔音忸〕 鼻出血也 不止者亂髮燒灰吹之立止永不發男用女髮婦用男髮也
凡鼻痛者是陽明經風熱也
〇やぶちゃんの書き下し出し文
衂(はなぢ)〔音忸〕 鼻より血を出だすなり。止まざれば、亂髮、灰に燒きて之を吹けば、立処に止みて永く發せず。男は女髮を用ゐ、婦には男髮を用ふるなり。
凡そ鼻痛は、是れ、陽明經の風熱なり。
「忸」の音は「ジク・ニク」。「処」は訓点にある。この場合はもっと怪しく異性の髪を焼いてただ吹けば(患部である鼻に塗布したりするのでもなんでもない)たちどころにに止まるとある。この不思議な療法を、少なくとも筆者の寺島良安は最後の「風熱」であることに求めているような書き方になっている。「風熱」とは体内の熱が過剰に籠っている状態を言うらしい。分かったような分からないような……。
・「靑じ」スズメ目スズメ亜目ホオジロ科ホオジロ属アオジ
Emberiza spodocephala。漢字表記は「青鵐・蒿鵐・蒿雀」。下面が黄色い羽毛で覆われ、喉も黄色い。オスの成鳥は頭部が緑がかった暗灰色で覆われ、目と嘴の周りが黒い。和名にある「アオ」は、緑も含めた古い意味での青(「鵐」は「巫鳥」で「しとと」「しとど」と読み、このアオジやホオジロなどの小鳥を総称する古名であった。その「し」が残って濁音化したものか)色の意で、オスの色彩に由来する。画像は参考にしたウィキの「アオジ」で。
・「一匁」三・七五六五二グラム。
■やぶちゃん現代語訳
鼻血を止める妙薬の事
青鵐(あおじ)という小鳥の腹を裂いて、人参を一匁入れて黒焼きに致いたものを、鼻血が出た折り、飲むか、鼻孔につけるかすれば、これ、ぴたりと止まること、妙なり――鼻血の滴って下へ落ちた血溜まりへ、この黒焼きを振りかけるだけにても、これ、たちどころに止まる――とか。……さても、そこまでいくと、これはもう、まっこと、奇法――奇(く)しき法と申すより、奇っ怪なる妖しき法――と言うべきではあろう。
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