耳嚢 巻之五 日野資枝卿歌の事
日野資枝卿歌の事
或人の許に、日野大納言資枝(すけき)卿の自筆の歌ありしが、
雲霧は風にまかせて月ひとり心高くや空にすむらむ
面白き歌なれば爰に記しぬ。資枝卿の詠歌は何れも趣向面白き事と、人の語りし。一二首をも爰に記しぬ。
五月雨 きのふけふ雲には風の添ひながら日影も洩らぬ五月雨の空
納 涼 歸りての宿のあつさの思はれて更るもしらず遊ぶ川面
□やぶちゃん注
○前項連関:和歌技芸譚二連発。岩波のカリフォルニア大学バークレー校版には、最後に以下のように続く(漢字を正字化、読みを歴史仮名遣表記としたが、本文の「思われて」はママとした)。
或人曰(いはく)、
かきくらし降(ふる)日は風の添ながら払ふともなき五月雨の空
歸りての宿の暑さのおもわれて夜深き程にすゞむ川面
これは前二句の別伝異型ということであろう。
・「日野大納言資枝」日野資枝(ひのすけき 元文二(一七三七)年~享和元(一八〇一)年)は公家日野家第三十六代当主。烏丸光栄末子であったが日野資時の跡を継いだ。後桜町天皇に子資矩(すけのり)とともに和歌をもって仕えた。優れた歌人として塙保己一らに和歌伝授、「和歌秘説」を著している。また、画才にも優れて当代第一の文化人として知られ、本居宣長に金銭援助などもしている(ウィキの「日野資枝」に拠る)。
・「更る」は「ふくる」と訓じていよう(カリフォルニア大学バークレー校版も「ふくる」とルビする)。
・「川面」は「かわをも」と訓じているか。
■やぶちゃん現代語訳
日野資枝卿の歌の事
ある人の許に、日野大納言資枝卿の自筆の歌が御座ったが、
雲霧は風にまかせて月ひとり心高くや空にすむらむ
とあって、これ、実に面白い歌で御座れば、ここに記しおくことと致す。資枝卿の詠歌は、何れも趣向、これ、面白しと申す。人の教えて呉れた一、二首をもここに記しおく。
五月雨 きのふけふ雲には風の添ひながら日影も洩らぬ五月雨の空
納 涼 歸りての宿のあつさの思はれて更るもしらず遊ぶ川面
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