乳母車 三好達治
母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花(あぢさゐ)いろのもののふるなり
はてしなき並木のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかつて
轔々(りんりん)と私の乳母車を押せ
赤い總ある天鵞絨(びろおど)の帽子を
つめたき額(ひたひ)にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私はしつてゐる
この道は遠く遠くはてしない道
(三好達治『測量船』より)
*
「轔々」とは車が軋んで音を轟かす形容である。
……僕はこの詩を、遠い昔――授業でやった気がする――それを教えたのは「君」だったかどうか――もう僕は覚えていない――しかし今日――僕は少しばかりこの詩を「君」と一緒に読んでみたくなったのだった……