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2012/10/03

百日紅 火野葦平

   百日紅

 

 わたくしがその夜の異變を豫見することができなかつたことを、わたくしが單に暗愚の故であると思はれますのは、たいへん心外とするところであります。友情と思想とを同時に失ふやうなことが、そのやうな自然の法則によつて行はれるといふやうな深遠なことが、どうしてはしたないわれわれ河童の思惟のおよぶところでありませう。にもかかはらず、すぎ去つたあとにいま思へば、その驚天動地のことがいささかも不思議とする基盤に立つてゐたわけでなく、傳説をも科學をもつらぬいてゐるところの簡素なる自然の掟(おきて)にしたがつてゐるにすぎないことを知るのであります。

 いまだ春深くして、千軒岳の峽谷(けふこく)にはところどころ雪がのこつてゐるといひます。その夜のおどろき以來、腰の蝶番(てふつがひ)が不完全となつて、わたしは歩行に難澁をきたすこととなり閉口してゐますが、花ばかりはたれかれの區別をするのでもなく、敗殘のわたくしの甲羅にも、毎日はらはらと美しい花びらを落してくれます。靑苔の巖の下にたたずんで花と雪のことを思ふといへば、いかにも詩人といはれませうが、そのやうな高尚な考へはわたくしからはあの夜以來なくなつて、孤獨に生きるこの餘世がいついかなる日にふたたび輝きを帶びるときがあるかと、ひそかに唇を嚙んで、骨ばんだ膝を抱くのであります。戀しい月が出れば淵にかへらなくてはなりませんので、それまでの短い問、わたくしを今日の境涯におとしいれた事件の思ひ出ばなしを聞いて下さいますか。

 風もさしてありませんのに、はらはらと花が散つてまゐります。眼もかすれてしまつて、なんの花なのかわたくしには見きはめがつきません。梅でせうか。梨でせうか。それとも桃でせうか。うつすらと赤味を帶びた白い色だとばかりわかりますから、まさか雪ではありますまい。

 其夜は皎(かう)々たる滿月でありました。いまこそわたくしにとつて月を見ることほど恐しいことはなくなりましたが、そのころは月の夜が待ちどほしく、月のなかに出て甲羅にそのひやりとした光をうけ、水にはいつたり、踊つたり、ときに空間を飛翔(ひしやう)したりすることがなによりもの樂しみでありました。河童も昔のならはしを輕蔑するやうになつて、水中にばかりでなく、陸にすみ、木にのぼり、馬の足形の水たまりに雜居し、なかに空を飛ぶものもあるやうになつたことを、墮落だといつて非難する者もなくはなかつたのですが、むしろそれは舊慣にあきたらぬ溌剌たる精神がやむにやまれずしてほとばしりでた奔放さにほかならぬとして、是認する方にわたくしも荷擔する者であります。なるほどいたづらに天界にあこがれて墜死したり、火山のうへを飛行して燒死した同族もあつて、非難者に資料を提供してをりますけれども、新しい世界をひらかんと欲した不羈(ふき)の精神が一度は悲運に際會したからといつて、ただちに誤謬(ごびう)としてこれを笑ふことは當りますまい。ともあれ、わたくしも若い日に水中のみの生活に倦いて、苦業の果空を飛ぶことを憶(おぼ)えた者でありますが、ああ、その術すらもはや昨日の思ひ出となつて、いまは空中を飛ぶどころか、歩行さへも困難な哀れな不具者となりはてました。……これはわたくしとしたことが、なんと愚痴ぽくなつたことですか。まるで今日の窮狀をうつたへてあなたの哀れみでも乞ふみたいで、われながらをかしくなりました。これではまるで月の出を恐れてゐるといひながら、月の出までに肝心(かんじん)の話ができるかどうかも怪しいほどです。まるで下手な小説家といふところですな。……

 ところでさつきも申しましたとほり、その夜はすばらしい十五夜でした。晝をあざむくといふ言葉どほり、山も、川も、木も、岩も、花も、雜草の一本一本まで見さだめられるほどの明るさで、ときに、浮かれながら群れさわいでゐるわたくしたちの間を、とりどりの鳴き聲を發して飛びすぎる小鳥も、いちいち、あれは鵜(つぐみ)、あれは鵯(ひよどり)、あれは慈悲心鳥と明確に區別できるのでした。

 潺湲(せんかん)のひびきをたてて飛沫を散らす溪流のうへに長いくねつた枝をさしだして二本の百日紅(さるすべり)の木がありました。秋もすでに深いときで、長く花をつけてゐるさすがの百日紅もまつたく花と葉とを落し、すべすべした木の肌が蟻のやうに月光に光つてゐました。百日紅はわれわれの間では妖怪(えうくわい)の木といはれてゐます。こそこその木といふ別名もあります。この木は他の木には見られない枝や梢のくねりやうをしてゐますが、これらの枝や梢は端々にいたるまで肉と血とが通つてゐる。つまりこの木は動物のやうに生きてゐるといふのです。もしも百日紅の根もとを擽(くすぐ)つたならば、木はをかしさに耐へかねて笑ひだし、すべての枝も梢も動きだすといはれてゐます。これは傳説かも知れませんが、傳説の掟を守ることにおいてはかなりきびしいわたしたちの仲間は、これまでその實驗をしようと試みた者はありません。恐怖のためではないのです。

 われわれは飛行に疲れをおぼえると、この百日紅にとまつて休みました。多くの仲間が木にとまると、百日紅は時ならぬを花をひらいたやうに見えました。もつともわれわれの靑みどろいろの姿形が花のやうに美しいとうぬぼれるわけではありませんが、それでもぶつきらぼうな百日紅の梢に、河童が奇異な花びらのやうに鈴なりになつてゐるのは、數奇(すき)をこのむひとたちにとつては、或ひはみごとな眺めではなかつたでせうか。わたくしも飛んでゐる眼下にふつとこの百日紅を見て、ああこれはすばらしいと思はず感歎の聲を洩したのでした。このやうな夢の木が數刻ののちには死の木と化してしまはうなどと、そのときのわたしたちにどうして豫想することができたでせう。

 月は中天からやや西にかたむいて、いよいよ冴えてまゐりました。川のせせらぎも、小鳥の鳴りも一段とさやかになるやうに思はれました。飛行したり、百日紅にとまつたり、流れに浮いたりなどしながら、ときどき見あはせる仲間の顏は愉悦(ゆえつ)に滿ち、眼はよろこびにかがやいて、どの顏にも憂ひとか悲しみとかの影だにみとめることはできませんでした。われわれとてそれぞれに生活をもち、おのおの心に惱みもあり、悲哀を超える努力もしてゐて、世間では暗愚そのもののやうにいはれてはゐますけれども、あながちにのんきにばかり日を暮してゐるわけではないのです。時あつて河童がいかに深い歎きを持ち、その歎きのために靑い涙を流すことによつて、身體を溶解させても悔いないほどの眞摯(しんし)さを持つてゐることは、われわれの眞實を理解するひとの早くから知るところであります。しかし、ひとときの姿のみによつて全般の判斷を下すやうな淺薄なひとにとつては、その夜の仲間たちのたのしげな放埓(はうらつ)の所行を見て、なんと河童といふものはぐうたらなとぼけたものであらうかとも感じられたでせう。それはど、その夜、百日紅の周圍に群れあそぶ仲間たち、もとよりわたくしをも含めてが、たのしく見えたのですが、それは見えたのではなく、ほんたうに樂しかつたのであります。

 その歡樂の最中に奇妙なことが起りました。いよい孟へかたぶいた月は一點の虧(か)けるところもなく、はちきれさうな光を地上に投げてゐたのですが、ふと、いつか、あたりがうす暗くなつてゐることにわたくしは氣づきました。これまで量に一片の雲もなかつたのですが、われわれが夢中のやうに遊び呆けて氣づかぬ間に雲でも出たかと、わたくしは飛びながら空を見あげました。どこにも雲は見えません。相かはらず澄みきつた秋空に眼にいたいばかりの星が無數に鏤(ちりば)められ、手にとどくほども近く光りがかがやいてゐます。しかし、月の方に眼を轉じたとき、わたしは心も冷えきるおどろきにうたれて、思はず氣合が拔け、はつと落ちるやうに百日紅の梢にぶら下りました。さて枝に腰をおちつけてからをののく心をうちしづめながら、ふたたび、おづおづと月の方を見あげました。いつたい、なにごとがおこつたのでせうか。これまでは丸やかにふくらんでゐた月の右の端がいびつになつてゐます。それでもはじめは雲かと思つたのですが、それが雲などではなく、なにか巨大な掌のごときもので月がすこしづつ隱されてゆくのだとわかりました。右の端から月を掩(おほ)のはじめた手はしだいに月心に及んで來て、その進行にしたがつて光はうすれ、あたりの晝をあざむく明るさはしだいに不氣味な赤味帶びた薄明と化してまゐりました。わたくしはしつかりと梢につかまり、甲羅が恐怖にぎちぎちと鳴り、齒の根が合はなくなるのをおぼえながら、それでも釘づけにされたやうに變貌して行く月の姿を凝視してをりました。われわれの知識と經驗を超え、われわれの想像も思考も及ばぬおどろくべき現象のまへには、さきほどまでの歡喜も愉悦もたらまち冷え、失心せんばかりの恐怖にわづかに枝にしがみついて支へてゐるのみでした。氣づくとそれはわたくしばかりではありません。仲間たらはわたくしと同じ驚愕と戰慄とにことごとく色靑ざめ、がたがたと顫(ふる)へながら、百日紅にびつしりとひしめきあつてしがみつき、また多くの者は地上にへたばつて、中には悲鳴に似た異樣な泣き聲を發してゐる者すらありました。眉をゆるがして喘(あへ)ぎ、眼をぎよろつかせて月を凝視するのはよい方で、すでにこの恐しい現象を見るにたへかね、頭をかかへて地上に伏してゐるのも相當にありました。われわれの頭上の皿はつねに命を支へてゐる大切なものであります。いつどんな場合でも、皿の水をかわかさぬやうにするのがわれわれ仲間のたしなみであり、心がけであるわけですが、このやうな非常の場合になると、そんな注意などはどこかへ吹き飛んでしまひます。どんな姿勢のときでも皿を傾けない修練は積んである筈ですのに、このとき皿の位置などに氣を用ゐる餘裕がないため、水が流れでてしまひ、失神する者もあります。さういふ連中は百日紅にしがみついてゐても力をうしなつて、つぎつぎに地上へ落下してゆきます。或るものは溪流に落ちて、自分は河童のくせにだらしなく流されてしまひます。

 月はいよい深く掩はれてゆく。無氣味な暗さがあたりをつつみ、この世の終りが來たやうな寂寞(せきばく)が地上にみちて、わたくしは氣の遠くなる思ひで、たびたび落ちさうになつてはあわてて枝にしがみつきました、ほとんど放心してゐたので、川の流れ、小鳥の聲なども快いどころか、深淵からひびく斷末魔のうめきのやうにすら聞えるのです。時間の經過などはまつたくわからず、月が塗りつぶされてゆくことのみがいまやわたくしの意識の全部であり、その判斷のつかぬ驚愕と恐怖とに心臟のみが甲羅にひびくほど高鳴つてゐるのが、まるで身體が宙に浮いて搖られてゐるやうに感じられるのでした。ふと眉ごしに氷のやうに冷いものの傳ふのに氣づき、ああ皿の水が流れると首を立てなほさうとしてみるのですけれども、もう首の位置や姿勢の方向がどうなつてゐるのやら意識が朦朧(もうろう)となつてゐるのです。黑くなつた月の下でよくわからなくなりましたが、暗いなかで仲間はつぎつぎに地上に轉落し、異樣な呻(うめ)きを發してうごめいてゐるのがかすかにみとめられます。川のなかで腐れてゐるのもあります。渾身(こんしん)の力をふるつて梢にぶら下つてゐたわたくしもだんだん根氣がつきて、もはや自分もこれまでかと、朦朧たる意識のなかで考へてをりました。

 このときに不思議なことがおこりました。眼もかすんでゐたわたくしにどうしてそれが見えたのか、いま思ふと不思議なのですが、不氣味な暗さのなかにひよつくりと一點燈がともり、そこに人間の顏が二つあらはれました。距離などはわかりませんが、それは一人の年配の女と、一人の少年の顏でした。たしかに親子と思はれます。首だけが浮いたわけでなく、附近の家のなかから洩れる明りのなかに出てゐたのでせう。その二つの顏を見たときに、わたくしは奇妙な昏迷におちいつて、ほとんど発狂しさうな思ひに驅(か)られました。わたくしたちが驚愕と恐怖とに戰慄の時間をすごしてゐるのに、その人間の親子はなにかにこにこと話しあつては黑い月を見てゐるのでした。その顏には恐怖などはさらになく、放心したやうになつてゐたわたくしの眼にも、その溌剌とした子供の顏が智慧にかがやいてゐるのが感じられました。ところがそれも一瞬で、その親子の顏が燈とともにふつと消え、それと同時に、精神の緊張の最頂點にあつたわたくしの根氣もつきはてて、つひに百日紅の梢から地上に落ち、悶絶してしまつたのであります。

 ああ、そのときを思へばこんにち生きてゐるのが不思議であります。仲間の大半はその夜生命を失ひ、わづかに殘つた者もふたたび起つことのできぬほどの打撃を受けて、敗殘流亡の運命におちいつてをります。あの夜、霧のつめたさに蘇生しましたわたくしは、むざんな仲間たちの姿に眼を掩ひました。月明のなかで百日紅に仲間たちがとまつてゐるのを見たときには、珍奇なる花をつけた樹木のやうにみごとでありましたのに、いま見れば、仲間たちの多くは屍體となつて百日紅の枝や梢に、まるで襤褸(ぼろ)ぎれを吊したやうに汚ならしく引つかかつてゐるのでした。その死の木を見るにしのびず、匇(そう)々にその場を去らうと思ひましたが、落下の際にしたたかに身體を打ち、腰の蝶番ははづれ、脚や手の關節は折れ、背の甲羅もやぶれて、ただ、いぎたなく地上をうごめくことができるのみでした。

 おや、向かふの山の端がやや明るみを帶びて來たのは、月の出が近いのではないでせうか。まだ大丈夫といふのですか。思はず時が經ちました。あなたは罪は月にはないといはれますけれども、わたくしはあの夜以來、月が惡魔のやうに思はれてならないのです。美しい形と光のなかにあのやうな惡辣(あくらつ)な陰謀を藏し、仲間たちを奪ひ、わたくしをこのやうな孤獨におとしいれた月をどうして憎まずにをられませう。……どうしてあなたは笑ふのですか。あなたもまた河童を暗愚なものときめて、嘲笑しようとなさるのですか。……よろしい、わかりました。結構です。わたくしはさつきまではどうもくたびれ損をしたやうに思つてをりましたが、實はわたくしはこの話をしてしまつて、なにか心のはればれとなる思ひがしてゐるのです。ありがたうといへばあなたは怪訝(けげん)に思はれるでせうか。わたくしはあなたの惡意に滿ちた嘲笑をも受けいれる餘裕がいまできたのです。たつたいまです。わたくしは十數年前のあの夜、暗黑のなかにぽつかりともつた燈のなかにあらはれた人間の顏をいま思ひだしました。ああ、あなただ。あのときは子供だつた。あのとき、月に投げられた微笑は嘲笑となつていまわたくしに向けられてゐますが、智慧に滿ちた眼の色はすこしも變つてゐない。しかし、あなたは月蝕(げつしよく)といふなんでもない自然現象にはおどろかなかつたでせうが、あの夜、あなたのすぐかたはらの百日紅の附近でおこなはれた悲劇の話をきいて、どんな感懷を持たれるでせうか。嘲笑するだけであなたの御氣がすむのでせうか。

 山の端(は)がしだいに明るくなります。これで失禮いたします。わたくしを嘲笑しようといふあなたをも嘲笑できる自信がわいて、わたくしも饒舌(ぜうぜつ)を悔いずにすみます。また、お目にかかる日もありませう。では。

 

[やぶちゃん注:「千軒嶽」既出であるが、不詳。「慈悲心鳥」は「じひしんてう(じひしんちょう)」カッコウ目カッコウ科カッコウ属ジュウイチ(十一)Cuculus fugaxの古名。命名は何れも鳴き声に由る(鳴き声と映像)。「潺湲」水が流れるさまや、その音。また転じて涙が流れるさまをも現わす。「せんえん」とも読む。]

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