耳嚢 巻之五 蜻蛉をとらゆるに不動呪の事
蜻蛉をとらゆるに不動呪の事
草木にとまる蜻蛉をとらへんと思ふに、右蜻蛉に向ひてのゝ字を空(くう)に書(かき)てさてとらゆるに、動く事なしと也。
□やぶちゃん注
○前項連関:感じさせない。なお、この捕獲法は「目を回させて」という点では生物学的に正しいとは言えない。昆虫は、その複眼の構造から比較的近距離の視界内の対象物が示す素早い動きに対しては非常に敏感に察知し、反応出来るようになっているが、逆にゆっくりとした動きは、実は殆ど察知出来ないとされているからである。但し、さればこそ、円運動を描きながらゆっくりと安定した姿勢で近づくこと自体には捕獲の科学的有効性が私には認められるように思われる。……ともかくも、この、古来から子供がずっと楽しんできた捕え方を――「迷信」の一語で切り捨てる言いをして憚らぬ輩は――これ、ただのつまらない大人でしかなく――puer eternus――プエル・エテルヌスの資格は――ない――
・「とらゆ」は誤りはない。「捕える」に同じ。他動詞ヤ行下二段活用の動詞で、ハ行下二段動詞「捕(とら)ふ」から転じ、室町時代頃から用いられていた。多くの場合、終止形は「とらゆる」の形をとった)
・「不動呪」「動かざる呪(まじなひ)」と読む。
■やぶちゃん現代語訳
蜻蛉を捕まえるに動けなくする呪いの事
草木にとまる蜻蛉(とんぼう)を捕らえようと思うたら、その蜻蛉に向かって――「の」の字を空(くう)に書きながら……書きながら……捕まえるなら、これ、逃げられずに捕えることが出来ると申す。
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