隻手音声を聴いた!――ベトナムの片腕のギタリスト グエン・テ・ビン君の稀有の楽の音を聴け!
一昨日の夜、足の悪い父が、珍しく、藤沢で開かれる「ベトナム民族アンサンブル ベトナムの魂チンコンソンの世界」(ベトナム・枯葉剤爆弾被害者支援/自立支援プログラム)のコンサートに行く、というので一緒に付き添った。
多様なベトナム民族楽器の調べは素晴らしい。
テルミンのように不思議で、しかも恐ろしいまでの深みのある音を出す一弦琴――ダンバウ――
大きな空洞の竹筒を並べ、その一方の手前で手を叩き、その風圧で音を出す――コロンプット――
広範な音域をカバーし、琵琶よりも遙かに繊細な弦音を奏でる――ダン・ダーイ――
コンサートのファイナル・ステージ、圧倒的なパワーと迫力で演奏された楽曲「祖国の言霊」、そのメインを張る二本のハンマーによって打ち鳴らされる(その分厚く硬質な音は父や僕には縄文人の躍動する魂と聴こえた)石琴――ダンダ――
これらのベトナムの音(ね)を聴くだけでも協力費一人2500円は安価である。
しかし、驚愕はそれだけではなかった。
第二部――「チンコンソンの世界」に登場したグエン・テ・ビン君の演奏に僕は完全にノック・アウトされた――
グエン君は1970年生まれ、彼の父は彼が3歳の時、ベトナム戦争で亡くなり、7歳で母も病気で逝った。祖父母に引き取られた彼は、8歳の時、水牛から転落して右腕を骨折したが、ちゃんとした医療を受けることが出来ず、右腕は壊死し、切断された。
ギターを弾く叔父の姿を見て魅了された彼は、全くの独学で――左手だけでギターを弾く技を編み出す――
「1990年6月14日を覚えています」
とグエン君は言う。
それはアルバイトで金を貯め、20歳のグエン君が――初めて自分のギターを買った日――
彼は高卒後、独学で勉強し大学に進んだが――そこでベトナムの吟遊詩人チン・コン・ソンの音楽に出逢った。グエン君にとって彼の曲は、
「悲しいけれど、本性が強くて深く似通っていた」
と述懐する。
*ウィキの「チン・コン・ソン」(Trịnh Công Sơn 鄭公山 1939年2月28日~2001年4月1日) より
はベトナムの国民的作曲家(ソングライター)。グエン・ヴァン・カオやファム・ズイとともに現代ベトナム音楽家の大家として知られている。反戦歌を中心に600以上の歌を書き、「ベトナムのボブ・ディラン」とも呼ばれる。
ダクラク省バンメトートに生まれ、フエで育つ。1958年、サイゴン大学在学中に創作活動を開始する。1960年代に著名なシンガーソングライターとなり、反戦歌などを作曲する。1967年、ハノイの歌手カイン・リー(カーン・リー、Khánh Ly, 1945年 - )と組み、大変な人気を得る。1972年、南ベトナム政府により音楽の出版を禁止される。「お眠り坊や」で日本ゴールドディスク大賞受賞。カイン・リーは1975年の南ベトナム崩壊の前日、ボートピープルとしてアメリカ合衆国に渡る。以後二人は別々の道を歩むこととなった。ベトナム統一後、政府によって以前のチン・コン・ソンの音楽は禁止され、本人は再教育キャンプに送られた。その後1980年、映画『無人の野』の音楽を担当。1986年、ドイモイ政策の開始に伴いチン・コン・ソンの音楽も解禁される。1996年、大阪アジア文化フォーラムで日本を訪問。2001年、ホーチミン市チョライ病院で死去。62歳。2004年、故人に世界平和音楽賞が贈られた。
1970年、大阪万博にカイン・リーが出演、日本でレコードを発売する。その中の日本語の歌詞による一曲「雨に消えたあなた(美しい昔)」が、1978年の近藤紘一原作のNHKドラマ「サイゴンから来た妻と娘」の主題歌に使われた。その後、すがはらやすのり (1984)、加藤登紀子 (1997)、天童よしみ (2003) によってカヴァーされている。天童よしみは2003年のNHK紅白歌合戦に出場した際この曲を歌った。またこの曲は、関西学院大学のベトナム文化科目にも取り入れられた。
グエン君はギタリストであると同時に――ビンズォン省にある孤児院の経営者でもある――(以上の記載は一昨日のコンサート・プログラムに書かれた記事を複数参照させて頂いた)
以下、ユー・チューブで視聴出来る動画を掲げる。
「悲しい石の時」(ギター)
http://www.youtube.com/watch?v=9XLkUvOCPAg&feature=related
「悲しい石の時」(彼の左手だけの超絶技巧がよく分かる映像)
http://www.youtube.com/watch?v=AlzgqQ-ygYg&feature=related
“Dien Xua”(ギターとハーモニカ)
http://www.youtube.com/watch?v=veh4uXqueJo&feature=related
「坊やお眠り」(ギター 歌:グエン・チー・キム・リュエン)
http://www.youtube.com/watch?v=TN7vWowvfus&feature=related
……私は「悲しい石の時」の演奏を聴いて図らずも落涙した……
……彼の演奏は生で聴かなくてはその詩想は実感出来ない。――例えば、“Dien Xua”の最初にハーモニカ吹こうとする最初の彼の息の音は、僕にはベトナムの峰々を吹き抜けてゆく風の音に聴こえた。――あなたの町にグエン君が来たら、必ず聴いて欲しい。
帰りに、入り口でグエン君が見送って呉れた。
彼の左腕と握手をした。彼の笑顔は美しかった。彼の左では温かで――強かった――
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