生物學講話 丘淺次郎 第五章 食はれぬ法 三 防ぐこと~(5)
[やぶちゃん注:図の右角の余白は底本のもの。]
獸類の中でも、「せんざんかふ」や「アルマヂヨ」〔アルマジロ〕は甲冑を以て敵の攻撃を防ぐ。「せんざんかふ」の鱗は恰も魚類の鱗の如くに竝んで居るが、「アルマヂヨ」の方はまるで龜の如くで、胴は堅固な甲で被はれて居る。いづれも普通の獸類とは見た所が大に違ふから、獸類と見做されぬことが多い。「せんざんかふ」が古い書物では魚類の中に入れてあることは前にも述べたが、「アルマヂヨ」の方は、先年東京で南米産物展覧會のあつた節、地を掘る蟲害といふ札を附けられ、蟲類の取扱ひを受けて居た。この獸が敵に遇ふと頭も尾も四足も縮めて全身を全身を球形にし、ただ堅い甲冑のみを外に現すから、犬でも「へう」〔ヒョウ〕でもこれを如何ともすることが出來ぬ。アルヘンチナ〔アルゼンチン〕國では、この獸の甲に絹の裏を附け、尾を曲げて柄として婦人用の手提かばんに用ゐる。
[やぶちゃん注:「せんざんかふ」センザンコウ(穿山甲)は哺乳綱ローラシア獣上目センザンコウ目センザンコウ科 Manidae に属する一目一科の哺乳類の総称。ウィキの「センザンコウ」によれば(アラビア数字を漢数字に代え、記号との一部を変更した)、『食性や形態がアリクイに似るため、古くはアリクイ目(異節目、当時は貧歯目)に分類されていたが、体の構造が異なるため別の目として独立させられた。意外にもネコ目(食肉目)に最も近い動物群であることは、従来の化石研究でも知られていたが、近年の遺伝子研究に基づく新しい系統モデルでも、四つの大グループ(クレード)のうち、「ローラシア獣類」の一つとして、ネコ目、ウマ目(奇蹄目)などの近縁グループとされている』とある。『センザンコウ目は有鱗目(ゆうりんもく)ともいい、現生はセンザンコウ科一科のみ。インドから東南アジアにかけて四種(下のリストの前半)、アフリカに四種(下のリストの後半)が現存し、これら八種が、一属または二属に分類される。
インドセンザンコウ Manis crassicaudata
ミミセンザンコウ
Manis pentadactyla
マレーセンザンコウ
Manis javanica
Manis culionensis
オオセンザンコウ
Manis gigantea
サバンナセンザンコウ
Manis temminckii
キノボリセンザンコウ
Manis tricuspis
オナガセンザンコウ
Manis tetradactyla
サイズは、小さいものではオナガセンザンコウが体長三〇~三五センチメートル、尾長五五~六五センチメートル、体重一・二~二・〇キログラムほどしかないのに対して、最も大きいオオセンザンコウでは、体長七八~八五センチメートル、尾長六五~八〇センチメートル、体重二五~三キログラムほどもある』。形態は『体毛が変化した松毬(マツボックリ)状の角質の鱗に覆われており、全体的な姿は、南米のアルマジロ類に似ているが、アルマジロの鱗が装甲としての機能しか持っていないのに対し、センザンコウの鱗は縁が刃物のように鋭く、尻尾を振り回して攻撃もできる』。『発達した前足の爪でアリやシロアリの巣を壊し、長い舌と歯のない口で捕食する。台湾には、ミミセンザンコウ M. pentadactyla が、死んだふりをしてアリを集めるという俗説がある』とする。『中国では、古くはセンザンコウのことを「鯪鯉」などと書き表し、魚の一種だと考えられていた。李時珍の「本草綱目」にも記載があり、鱗は漢方薬、媚薬の材料として珍重され、二〇〇〇年代に入ってもなお中国などへ向けた密輸品が摘発されている』。『インドでは鱗がリウマチに効くお守りとして用いられている。また、中国やアフリカではセンザンコウの肉を食用としたほか、鱗を魔よけとして用いることもある』。『いずれの地域でも、密猟によって絶滅の危機に瀕している種が多く、特にサバンナセンザンコウなどは深刻な状況にある』とある。博物誌的記載は私の電子テクスト寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」に載る「鯪鯉」の本文や私の注を参照されたい。
「アルマヂヨ」哺乳綱獣亜綱異節上目被甲目アルマジロ科
Dasypodidae に属する動物の総称。北アメリカ南部からアルゼンチンにかけて約二十種が分布している。ウィキの「アルマジロ」によれば(引用部はアラビア数字を漢数字に代え、記号との一部を変更した)、最大種はオオアルマジロ
Priodontes giganteus で体長七五~一〇〇センチメートル、尾長五〇センチメートル、体重三〇キログラム。最小種はヒメアルマジロ Chlamyphorus truncates で体長一〇センチメートル、尾長三センチメートル、体重一〇〇グラム。形態は『全身ないし背面は体毛が変化した鱗状の堅い板(鱗甲板)で覆われている。アルマジロ
(Armadillo)という英名はスペイン語で「武装したもの」を意味する
armado に由来する。敵に出会うと、丸まってボール状になり身を守ると思われているが、実際にボール状になることができるのはミツオビアルマジロ属
Tolypeutes の二種だけである』。『もともとは南アメリカ大陸の生物であると思われるが、最近では北アメリカ大陸でも見かけるようになりアメリカ合衆国南部では一般的に見かけられるようになってきている。また、ペットとして飼育される事例も多く、意外と人になつく生き物でもある。睡眠時間が長く一日十八時間も寝て過ごす。野生では巣穴を掘って穴の中で生活しているが、飼育下では無防備にあお向けになって寝る』。『南米では、アルマジロの肉を食用としているほか、甲羅はチャランゴなどの楽器の材料に使われている。アンデス地方の先住民族であるケチュア族の言葉ではケナガアルマジロを「キルキンチョ(quirquincho / kirkincho)」もしくは「キルキンチュ(quirquinchu
/ kirkinchu)」と呼び、ボリビアやペルーではこの名前で呼ばれることが多い。フォルクローレの里として有名なボリビアのオルロでは、自分たちのことを「キルキンチョ」と自称するほど親しまれた動物である』。『オルロやラパスなどのアンデス地方の都市でカルナバル(カーニバル)の際によく踊られる「モレナダ」と呼ばれる踊りでは、手にアルマジロの胴体で作ったリズム楽器を持つことがあり、この楽器は「マトラカ(matraca)」と呼ばれる。中に鉄板をはめ込んだアルマジロの胴体に棒をつけ、棒を持って振り回すと鉄板がガリガリと音を出すようになっている。近年のカルナバルでは、本物のアルマジロを使う代わりに、同様のものを木などで作ることの方が多い。踊り手たちが所属するグループを示すものの形をしたマトラカ(運送業者のグループならばトラック型のマトラカなど)を持って踊ることもある』。そして最後に、『アルマジロは人間以外の自然動物で唯一ハンセン病に感染、発症する動物であるため、ハンセン病の研究に用いられてきた』という意外な事実が記されてある。
「アルヘンチナ國」アルゼンチン共和国。正式名称はRepública Argentina(スペイン語: レプブリカ・アルヘンティーナ)。通称はArgentina(アルヘンティーナ)。ウィキの「アルゼンチン」によれば、一八一六年の独立当時にはリオ・デ・ラ・プラタ連合州(あるいは南アメリカ連合州)と呼ばれていた(リオ・デ・ラ・プラタ(Río de la Plata)=ラ・プラタ川は、スペイン語で「銀の川」を意味し、一五一六年にフアン・ディアス・デ・ソリスの率いるスペイン人の一行がこの地を踏んだ際に銀の飾りを身につけたインディヘナ(チャルーア人)に出会い、上流に「銀の山脈」(Sierra del Plata)があると信じたことから名づけたとされる)。『アルゼンチン Argentina の名は、この「銀の川」にちなみ、ラテン語で「銀」を意味する
Argentum に拠って、地名表現のために女性縮小辞を添えたものである。スペイン語の「ラ・プラタ」からラテン語由来の名へと置き換えたのは、スペインによる圧政を忘れるためであり、フランスのスペインへの侵掠を契機として、フランス風の呼称であるアルジャンティーヌ(Argentine)に倣ったものでもあるという』。『近年では、原語にしたがってアルヘンティーナと表記されることも少なくない』とあって、丘先生の謂いが決して古くない正当な音写であることが窺われる。]