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2012/11/25

生物學講話 丘淺次郎 第五章 食はれぬ法 三 防ぐこと~(6)


Ibaragani

[いばらがに]

Harisennbonn

[針千本]

[やぶちゃん注:底本及び講談社版は画像が左右で反転しているが、実は何れも上下逆さまになっているとしか思われない。私の独断で一八〇度回転させた画像を以上に示した。]

 

 敵の攻撃を防ぐために、全身に尖つた針を有する動物も幾種かある。上圖に掲げた「いばらがに」などはその最も著しい例で、殆ど手を觸れることも出來ぬ。樺太邊で年々多量に鑵詰にする味の好い蟹は、これ程に棘はないが、やはりこれと同じ類に屬する。また「ふぐ」の一種で「はりせんぼん」という魚も全身に太い針が生えて居る。通常は後に向いて横になつて居るから餘り游泳の妨げにならぬが、敵に遇ふと體を球形に膨ませて針を悉く直立せしめるから、さながら大きな「いが栗」の如くになつて、とても摑へることは出來ぬ。獸類の中でこれに似たものは「やまあらし」である。この獸は、兎などと同じく、囓齒類いふ仲間に屬し、植物性の物ばかりを食ふ至つて怯懦なものであるが、全身にペン軸位の太く堅い尖つた毛が生えて、物に恐れるときはこの毛が皆直立するから、大概の食肉獸も嚙み附くわけに行かぬ。オーストラリヤ地方に産する「とかげ」の一種に全身棘だらけで、恐しげに見えるものがある。長さは三〇糎に足らぬ位であまり大きな動物ではないが、顏を正面から見ると、二本の角のやうな太い棘があるために多少鬼に似て居るので、先年に新聞紙上に鬼の酒精漬といふ見出しで評判せられたことがあつた。かやうに全身に針の生えた動物は色々あるが、最も普通な例といへばまづ海膽(うに)類であらう。食用にする「雲丹(うに)」はこの類の卵巣から製するのであるが、岩のあるが、岩のある磯にはどこにも産し、形が丸く棘で包まれて「いが栗」と少しも異ならぬ。棘が尖つて居るから、大抵の敵はこれを襲ふことを敢てせぬ。特に「がんがせ」〔ガンガゼ〕と稱する一種の如きは、針が頗る細長いから、手の掌から甲の方へ突き拔けるというて、漁夫らは非常に恐れて居る。

Togetokage

[はりとかげ]

Uni

[うに]

 

[やぶちゃん注:「いばらがに」節足動物門甲殻綱十脚目異尾下目タラバガニ科イバラガニLithodes turritus

「樺太邊で年々多量に鑵詰にする味の好い蟹」初版刊行当時は樺太は日本帝国領であった。このカニは無論、タラバガニ科タラバガニ Paralithodes camtschaticus

「はりせんぼん」条鰭綱フグ目フグ亜目ハリセンボン科 Diodontidae に属する魚の総称。狭義には、その中の一種学名 Diodon holocanthus を指す。属名“Diodon”はギリシア語の“dis”(二本の)+“odūs”(歯)で、ハリセンボン科の魚族の上顎と下顎の歯板各二枚が癒合してそれぞれが一枚のペンチ状(嘴状)になっていることに由来する。つである。科のラテン語名 Diodontidae(二つの歯)もここに由来する。彼らの棘は鱗が変化したもので、「針千本」という和名も英名“Porcupinefish”(Porcupine:ヤマアラシ。)もこれに由来するが、実際の棘の数は三五〇本前後、多くても五〇〇本ほどとされる。フグ目であるが無毒である。私は沖縄の、このアバサー汁が好きで好きで、たまらないのである。

「やまあらし」哺乳綱齧歯(ネズミ)目ヤマアラシ上科ヤマアラシ科 Hystricidae 及びアメリカヤマアラシ科 Erethizontidae に属する草食性齧歯類の総称。体の背面と側面の一部に鋭い針毛を持つ。ウィキヤマアラシによれば、一般に我々がヤマアラシという名で呼んでいる『動物は、いずれも背中に長く鋭い針状の体毛が密生している点で、一見よく似た外観をしている(針毛の短い種もある)。しかし、“ヤマアラシ”に関して最も注意すべきことは、ユーラシアとアフリカ(旧世界)に分布する地上生のヤマアラシ科と、南北アメリカ(新世界)に分布する樹上生のアメリカヤマアラシ科という』二つのグループが存在することである、とする。『これらは齧歯類という大グループの中で、別々に進化したまったく独立の系統であり、互いに近縁な関係にあるわけではな』く、『両者で共有される、天敵から身を守るための針毛(トゲ)は、収斂進化の好例であるが、その針毛以外には、共通の特徴はあまり見られない。齧歯目(ネズミ目)の分類法には諸説があるが、ある分類法では、ヤマアラシ科はフィオミス型下目、アメリカヤマアラシ科はテンジクネズミ型下目となり、下目のレベルで別のグループとなる』。この二『群の動物が、現在に至るまでヤマアラシという共通の名前で呼ばれているのは、そもそもヨーロッパから新大陸に渡った開拓者たちが、この地で新たに出会ったアメリカヤマアラシ類を、まったくの別系統である旧知のヤマアラシ類と混同して、呼称上の区別をつけなかった名残りに過ぎない。特に区別する必要があるときは、それぞれ「旧世界ヤマアラシ」「新世界ヤマアラシ」と呼び分けるのが通例である』とある。これはあまり多くの人に理解されているとは思われない事実なので、特に引用しておいた。また丘先生は「至つて怯懦なものである」と述べておられるが、草食で夜行性ではあるものの、必ずしもそうとも言えない。その証拠にウィキには『通常、針をもつ哺乳類は外敵から身を守るために針を用いるが、ヤマアラシは、むしろ積極的に外敵に攻撃をしかける攻撃的な性質をもつ。肉食獣などに出会うと、尾を振り、後ろ足を踏み鳴らすことで相手を威嚇する。そして背中の針を逆立て、後ろ向きに突進する。針毛は硬く、ゴム製の長靴程度のものなら貫く強度がある』と記している。

「怯懦」は「けふだ(きょうだ)」と読み、臆病で気が弱いこと、意気地のないことをいう。

『オーストラリヤ地方に産する「とかげ」の一種に全身棘だらけで、恐ろしげに見えるもの』図のキャプションは「はりとかげ」とあるが、これは現在トゲトカゲと呼ばれる、爬虫綱有鱗目トカゲ亜目イグアナ下目アガマ科モロクトカゲ Moloch horridus のことである。オーストラリアの砂漠に生息する固有種で、棘の多い姿が古代中東の人身御供の神モロク(モレク)を思わせることが名称の由来である。参照したウィキモロクトカゲ」によれば、体長約一五センチメートルの小型のトカゲで、『全身に円錐形の棘が並んでいるのが大きな特徴で、日本語での別名「トゲトカゲ」と、英名の "Thorny lizard" または "Thorny devil" もこのとげに由来する。さらに首の背中側には大きなこぶ状突起があり、これは敵に襲われても呑みこまれないためのものと考えられる。体色は褐色のまだらもようで、砂漠にまぎれる保護色となっている。暑いときの体色は明るく、涼しいときの体色は暗く変化する。また、移動する時は体を前後に揺らしながらゆっくりと歩く特徴的な歩き方をする。棘の多い姿で、これがモロクトカゲやトゲトカゲという名称の由来であるが、性質はごくおとなしい』。『全身の皮膚には細い溝が走っており、これは全て口へ繋がっている。この溝は毛細管現象で水を吸い上げるので、体が少しでも濡れると水が口へ集まるようになっている。このためわずかな雨や霧からも効率よく水分を摂取することができ、水の確保が困難な砂漠に適応している』(これらの特徴的事実ははしばしば映像で紹介されかなり人口に膾炙しているものと思われる)。『食性は肉食性で、もっぱらアリを捕食する。アリの行列を見つけると横で立ち止まり、短い舌をすばやくひらめかせてアリを捕食してゆく。一度に』千匹以上のアリを捕食することもある、とある。

「がんがせ」棘皮動物門ウニ綱ガンガゼ目ガンガゼ科ガンガゼ Diadema setosum。海産の危険動物は私の最も得意とする分野であるが、その手の事故記事では本種の刺傷の恐ろしさがしばしば挙げられている。鋭く長く、しかも眼点で対象物の接近を察知するとざわざわと針をそちらに束になって向けてくる。おまけに刺さると、中で細かく折れてしまい、摘出が難しく、化膿するリスクも高い。ベテランのダイバーでも大泣きする程の痛さと伝え聞く。私は泳がない(泳げない)が、水槽の中のあの妖しく青白く光る眼点とさやさやと不思議なリズムで動く長い長い針が――慄っとするほど実は素敵に――好きだ……]

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