生物學講話 丘淺次郎 第五章 食はれぬ法 三 防ぐこと~(3)
次に全身甲で被はれて居るので有名な動物は龜類である。普通の石龜でも甲は隨分堅いから頭・尾と四足とを縮めて居れば、犬に嚙ませても平氣で居るが、琉球八重山島に棲む箱龜は、腹面の甲が蝶番ひの如き仕掛けで中央で曲折するから、頭、尾を縮めた處をも全く閉ざして少しも空隙を殘さぬ。熱帶地方の島に産する大形の龜になると、甲もその割に厚く力も強いから、大人が靴のまゝ乘つても苦もなく匐ひ歩く。但し兎と龜との寓話にもある通り、龜の歩みは頗る遲いが、これは甲を以て敵を防ぐことが出來るので、急いで逃げ去る必要がないからである。誰よりも重い鎧を著て、誰よりも速く走らうといふのは無理な註文で、何事でも一方で勝たうとするには、他の方で劣ることを覺悟しなければならぬ。昆蟲類の中でも皮の薄い「とんぼ」は飛ぶことが速いが、厚い鎧を著た「かぶとむし」は運動が緩慢である。
[やぶちゃん注:「石龜」この丘先生の謂いは本邦固有種である爬虫綱カメ目潜頸亜目リクガメ上科イシガメ科イシガメ属ニホンイシガメ
Mauremys japonica を指していると考えてよい。別名イシガメ、幼体をゼニガメと呼び、我々が最も見慣れているカメである。
「箱龜」イシガメ科ハコガメ属セマルハコガメの日本固有種である亜種ヤエヤマセマルハコガメ
Cuora flavomarginata evelynae。一九七二年に国天然記念物指定されている。
「熱帶地方の島に産する大形の龜」挿絵を見れば一目瞭然、これはリクガメ科
Geochelone(リクガメ)属Chelonoides 亜属ガラパゴスゾウガメ Geochelone nigra のことを指していると考えてよい。]