耳嚢 巻之五 怪尼詠歌の事
怪尼詠歌の事
前文に書(かき)し藤田元壽と親しき、右怪尼の事を元壽へ尋ければ、右元壽が許へ立寄りしは夕立の雨宿りなりしが、其節雷のつよかりしに、
なるはいかに浮世の夢はさめもせでわせだの里に秋風ぞ吹
と詠(よみ)しとなり。
□やぶちゃん注
○前項連関:辞世の和歌から尼の和歌で連関。既出の「怪尼奇談の事」及び「陰凝て衰へるといふ事」の続きで、医師藤田元寿による、彼の出逢った早稲田に住まう元吉原遊女であった才媛の尼の後日談。
・「なるはいかに浮世の夢はさめもせでわせだの里に秋風ぞ吹」
鳴るは如何に浮世の夢は醒めもせで早稻田の里に秋風ぞ吹く
「なる」「早稲田」「秋」は縁語で、「なる」は雷の「鳴る」、早稲田の稲穂に実の「稔(な)る」を掛けていよう。浮世の夢の果て秋風の吹き始めた景色は、そのまま尼の老いを暗示させる。
――雷神さま……夏過ぎてどうしてかくも激しく打ち鳴らしなされます?……そのような音にても……憂き世の悪しき夢なんどは、これ、一向に醒めも致しませぬに……かくも何故喧しくお鳴りになられます?……早稲田の里は、稲もとうに稔(な)って……今はもう、秋風さえ、吹いておりますものを……
■やぶちゃん現代語訳
数奇の尼詠歌の事
本巻で既に記した藤田元寿、彼と親しい者が、かの話に現われた、あの数奇(すうき)なる尼のことを更に元寿に尋ねたところ――かの早稲田に庵を結んでおる尼が、初めて元寿の元に立ち寄ったは、最初の話の通り、夕立に降られての雨宿りが切っ掛けで御座ったのだが――その折り、雷が殊の外、ひどう御座ったところ、
なるはいかに浮世の夢はさめもせでわせだの里に秋風ぞ吹
と、かの尼、詠じて御座ったと申す。

