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2012/11/28

靑法師赤法師 火野葦平

Aonosuekitikappa

               [靑野季吉 畫]

 

[やぶちゃん注:実は底本には各作品の冒頭に驚天動地の有名作家の描いた河童の『絵』が配されている。例えば?……中川一政・伊藤整・平林たい子・梅崎春生・尾崎四郎・清水昆……といった塩梅……垂涎でしょう?! 今回の青野は著作権が切れているのでやっと御紹介出来るという次第である。可愛らしい、いい河童だ――]

 

 

   靑法師赤法師

 

 さて、滿沼の紳士淑女諸君、わたくしがこのたびの選擧に立候補いたしました當耳無沼(みみなしぬま)の靑法師であります。もつとも、選撃と申しましたが、御承知のとほり、なにも赤法師君が名乘りをあげなければ選擧にもならず、かつ諸君にいらざる迷惑をかけることもなかつたのでありますが、わたくしが聾聲明を發すると同時に、意外にも赤法師君が挑戰されることになりましたために、こんにちの手數を要することとなつたわけであります。しかしながら、それこそはかへつて望外の收穫とでも申しませうか。ここに立合演説をひらくことと相なつて、日ごろの所信を述べる機會を得ましたことは、同時にまた赤法師君の卓拔無類の識見を拜聽するの光榮に浴しましたことは、わたくしのみならず、諸君にとりましてもこのうへもなき幸福と存ずるものであります。

 さて、實はかうして立つてをりますと、目まひがして足がふらつきますので、この岩に腰かけさせて貰ひます。……なにしろ、ここ一ケ月ちかくといふもの一滴の水ものまず、みぢんこ一匹の食餌もとらずにをりますので、實はこんにちここで大きな聲を出しますことも大いなる苦痛なのであります。わたくしはそのことを恥ぢません。それはわたくしが貧窮の故ではなく、また無力の故でもなく、實にこんにちわたくしたち河童たちがおちいつてゐる共通の運命にもとづくところの、一般的、普遍的、世界的状態であるからであります。ここから眺めましても、滿沼の、沼といつても名ばかり、いまは一滴の水もなく干あがり、龜裂(きれつ)を生じた沙漠うへに、いぎたなく、……失禮申しました。しかしながら、それ以外の表現のしやうがありませうか。まことに、疲弊(ひへい)しつくした諸君がごろごろと思ひ思ひの姿勢で横たはつてをります姿は、もはや、いぎたなく、だらしなく、と形容するよりほかの言葉を知らないのです。幸にして、古くからこの沼のうへに大きい蔭をつくつてをりますかの樟(くすのき)の巨樹が、わたくしたちと太陽とをさへぎつてをりますために、わづかにわれわれは日射病で卒倒する危險からまぬがれ得てゐます。實にもはや乾燥しきったわれわれはわづかの光にも耐へ得ないまでになつてをるのであります。

 わたくしたちの頭の皿は水をたたへてゐるときにはまるで靑い鏡のやうに光つたものです。また朝陽や夕陽の光線を適度にうけるときには珍奇にして玉大な寶石のやうにもかがやき、昔、われわれが集合したときに見た皿の集團は、水玉模樣のやうに優雅でうつくしいものでありました。それがどうでせう。いまここから見る諸君の皿は、いづれも褐色にひからび、毛は使ひ古した箒(はうき)のやうに切れ、陰氣な皺がせばまりあつたうへに、ふきでもののやうな瘤(こぶ)さへできてゐます。また、なめらかに艷やかにしつとりしたうるほひをいつもたたへてゐた身體からは、どなたにも一かけらの粘液(ねんえき)さへなくなつてゐます。びいどろのやうに光つてゐた身體はまるで棕櫚(しゆろ)のやうに毛ばたち枯れてゐます。兩手兩足の水かきさへあまりの乾きすぎに切れてしまつてゐる人もあるやうですね。背の甲羅さへ反りくりかへり、つぎ目が切れて落ちさうになつてゐる方や、何故かは落ちてしまつてゐる方もあるやうではありませんか。率直にいひますと、われわれの姿形はそれほど優美でも典雅でもありませんでしたが、いまやすでにただ醜惡無慘の語に盡きます。わたくしたちは文字通り餓鬼(がき)となり、地獄にゐるのです。わたくしたちの嘴はもう食餌を嚙み通過させる役目を永い間わすれ、その運動を怠つたために退化してしまつて、打らすてられた帆立貝の殼のやうに味氣なく見えます。食ふのみでなく、言葉を吐くことすら忘れさうです。とはいへ、頭の皿に全然水がなくなつては死ぬほかはないのでありますから、なほ若干の濕氣のあることは信じなくてはなりませんが、しからばその源泉がおそらくこの後何日間持續し得ませうか。すでに水きれてあたら靑春の命を終つた仲間を葬つたことは今日まで數知れませぬのに、こののちもなほ犧牲者を出すとしますなれば、なんといふ悲しむべきことでせうか。わたくしは自分の皿をのぞくことができませぬので、諸君の皿をながめてはわが身をしのぶよすがとするわけでありますが、まことに水分が微々たるもので、餘命いくばくもなきことは、かうやつて話してをりましてもたえず氣が鬱し、氣分わるく吐き氣をもよほすことでわかります。何とぞ諸君、渾身(こんしん)の勇をふるひおこして、そのまま眠りこんでしまはぬやう、眠りこんでしまへばそれきりであることはよく御承知の筈でありますから、氣力を振揮してわたくしの話をおききとりのほど願ひます。

 赤法師君はそこへゆくとわたくしに挑戰するだけあつて、まだまだ餘力を存してをるやうですな。だいたい赤法師といふ名が、その精力的な面がまへ、脂(あぶら)ぎつた皿の色から出たもの故、それも當然かも知れませんな。仲間がみな乾燥し疲弊しつくしてゐるのに、なほかつ矍鑠(かくしやく)たることはまつたくもつて敬服のほかはありませぬ。わたくしなどは足もとにもよりませんが、しかしながらわたくしとてみづから名乘り出るほどの者、いささか信ずるところはあるのであります。まづ赤法師君もさやうに人をなめきつたやうな顏つきをせずに、わたくしの話をおきき下さい。終ればゆるゆると尊公の卓見を拜聽するつもりです。

 ところで、わたくしたちのこんにちの不幸が太陽にあることは諸君のよく自得するところであります。すでに旱魃(かんばつ)は百日に及んでゐます。沼は枯れ、川は床をあらはし、われわれの食餌はのこらず死滅いたしました。殘つたものは腐敗せるものにいたるまで食べつくしましたが、もはや今日われわれの口に入るなにものもなく、皿の水分は蒸發すれば補給する根源の榮養分なく、いたづらに死を待つ絶望的な狀態となりはてたのであります。かの殘酷きはまる、憎むべき太陽はわれわれの悲運を嘲けるがごとく、一點の雲もない紺碧の空に傲然(がうぜん)とかがやいてゐます。……ああ、樟の葉をとほして仰いですら眩暈(めまひ)がします。くらくらとしました。氣分のしづまるまでちよつとお待ち下さい。……

 失禮いたしました。わたくしの健康狀態も諸君とまつたく同じ程度なのです。すこしの無理もこたへるのです。

 昔はこの沼は樂園でした。まんまんと靑い水がたたへられ、われわれのもつとも好物とする車蝦をはじめ、さまざまの魚がをりました。その頃はみぢんこなどは全然問題にしてゐなかつたのです。諸君は覺えてゐますか? 筑後川の頭目九千坊先生が視察にお見えになつたときのことを。贅澤に馴れた九千坊先生すらおどろいて三歎されたあのときの豪華な歡迎の饗宴を。そんなに大昔のことぢやない。わづか百五十日ほど前のことです。鯉百匹、鮒二百匹、鮠(はや)五十匹、蝦百匹、この沼の底いつぱいにならべて河童音頭をうたひ、踊り、三日間もぶつとほしで歡のあるかぎりを盡したではありませんか。ここから見てゐると、みんなみすぼらしい恰好になつてしまつて區別がつきにくくなりましたが、そのころはみんなそれぞれ獨特の自慢の皿のいろ、形、背の甲羅の五色染、だんだら、元祿、氣どつた嘴、いろいろの魚の鱗えでちりばめた勳章などで、なかなか才氣煥發(くわんぱつ)、光彩陸離(くわうさいりくり)たるところを發揮したものでしたね。無口で氣むづかしやといはれてゐる九千坊先生があの巨大にして魁偉(くわいゐ)な顏にいとも滿足の笑みをたたへられ、かつてなかつたことに、筑後の河童節をひとくさり、もつともあまりお上手とは申されませんでしたが、うなられた、さやう、歌つたのではなく唸(うな)られたことは、諸君の記憶になほ新なところであらうと思ひます。しかるに、さやうなことはもう百年も昔のやうな氣がいたします。

[やぶちゃん注:「玄祿」元禄模様。市松模様のこと。]

 そのころは沼の魚のみならず、土のうへには大好物の胡瓜や茄子なども豐富なものでした。あの水氣たつぷりの胡爪、きゆつとひきしまつた茄子、あの恰好のよさ、色のよさ、わたくしどもは好きなだけ食べることができて、空腹といふことがどういふことやら知らぬことはもとより、考へてみようとすらしなかつたほどです。もつとも人間どもはせつかく作つた胡瓜や茄子をわれわれが盗(と)るので、いや盜るといふ言葉はよろしくない、つまり珍重するので、たいへん怒つてはゐました。そして陷(おと)し穴をつくつたり、罠(わな)をかけたりしたので若干の犧牲者が出ることは出ましたが、その危險にもかかはらず、われわれの胡瓜と茄子にたいする絶大の噂好と魅力とは、なほかつわれわれの冒險を阻止する力を持ちませんでした。諸君のなかにはその勇者がたくさんゐる筈です。業(ごふ)を煮やした人間がつひに鎌をふるつて甲羅に打ちかけ、數本の鎌を背に針鼠のやうにつけた仲間もあつたではありませんか。われわれはその果敢にして倦むこともなき勇氣を賞讚し、その仲間を英雄として仰いだものです。もつともその冒險家は八本目の鎌を打たれて以後、つひにあへない最期を遂げましたけれど。

 衣食足れば禮節これにしたがつて起る。これは、有名な東洋の格言です。まことにわれわれは、暖衣飽食(だんいはうしよく)の日々をおくつて、文化的教養を高め、戀愛に沈湎して、眷屬(けんぞく)を大いにふやしました。そのとき沼の榮えのすばらしかつたことはわたくしが申すまでもなく、諸君が身をもつて知られてをるとほりであります。したがつて、われわれは明日に備へるなんらの考へもなく、その日その日の刹那主義、貯蓄心のあるもの嘲笑し、罵倒し、氣狂ひあつかひする始末でした。まあ、いはば一種の樂園、天國でもあつたでせうか。……はつきり眼に見えて來ます。鯉、鮒、鯰、……胡瓜、茄子、あの形、色、にほひ、味、……ああ、わたくしはなにをいつてゐるのでせう。そんな囘顧は無用でした。いや有害でした。こんにち一切を喪失して死に直面してゐるときに、かつての花やかなりし日を懷しんだとてなんになりませう。現在の飢餓を解決するなんらの手蔓にもならない。もう口のなかにたまつて來る唾もないのです。……諸君、眠らないで下さい。諸君が退屈してゐるのでないことはわかつてゐます。諸君がいかにして救はれるかといふぎりぎりの場に來てゐるのに、そしてわたくしがその救ひ主として諸君のまへにあらはれてゐるのに、諸君が退屈するわけはない。だのに、諸君のなかには眠らうとしてゐる者がある。死神にさそはれてゐるのだ。眠つては駄目です。眼をあけて、眼をあけて!……赤法師君がわたくしを睨んでゐる。さすがに眼光炯(けい)々、いやらんらんたる眼光、その氣魄(きはく)はおどろくべきものがあります。わたくしもその價値をみとめるに吝(やぶさか)ではない。死を目前にした哀れな仲間たちのなかにあつて、なほそれだけの氣力を保持してゐるといふことは、たしかに天才です。たぐひまれな才能だ。わたくしに挑戰なさるも當然です。ま、もうすこし待つて下さい。まだわたくしはなんにも話してゐない。これからが本論です。

 ところで、わたくしは諸君を救ふために、名乘りをあげたのだが、……まつたく諸君はいつたいどうしたのですか? 諸君がこんにちの窮境におちいつたのは自業自得ではありませんか。わたくしの言を傲慢だといひますか。傳説の掟はつねに虛僞なものを罰して來ました。また傲慢なものをも許しませんでした。わたくしは諸君を責めるものではない。責めてみたところでしかたがない。わたくしが自分一個の安全と保身をはかるものならば、なにも好きこのんで諸君の救世主としてあらはれては來ません。しかしわたくしはそんなエゴイストではない。諸君の窮乏と死滅をじつと見てゐるに忍びないのです。諸君がわたくしに救はれることによつて、わたくしをこの沼の支配者として仰いでくれるならば、わたくしは自己のわづかの奉仕など、いささかも惜しむものではないのであります。然るに何ぞや。わたくしのその神聖の意圖にたいして、赤法師君は挑戰された。赤法師君がいかなる方法をもつて諸君を救はんとするか、それはわたくしの關知するところではない。しかしながら、わたくしは赤法師君の心事はくまなく看破してゐるつもりである。赤法師君は野心家なのだ。この沼の支配者になりたいのだ。權力が欲しいのだ……赤法師君、そんないやな顏をしなくてもよいではないか。意見があらば後ほど聞きます。……諸君、騙(だま)されてはいけない。諸君の弱點につけこむ惡漢を信用してはなりません。もし眞に諸君を救ふ意圖を持つものなら、なにも選擧もつて爭ふことはないではありませんか。だまつて救濟策を講じればよろしい。もしこの選拳の結果、赤法師君が落選したら、……さうなるにきまつてゐるが、……諸君を救ふことはやめにするにちがひありません。それは眞心から諸君に同情してゐるよりも、單に權力ヘの媚態(びたい)にすぎないからであります。いかに赤法師君が抗辯なさらうとも、斷じて、この事賢實に相違はありません。くどいやうでありますが、心底から赤法師君が諸君を救ふ氣持があるのならば、その方途を講じて、ただちに立候補をとり下げるが至當なのであります。さらでだに空腹のため身動きならぬ諸君にあらぬ負擔をかけ、投票させるやうな強烈な運動を強ひるならば、かならずや死者をいだす椿事をまきおこすに相違ありません。これでも諸君は赤法師君の心事を潔白なものと考へますか? ここのところをとくとお考へにならないと、悔いを千載(せんざい)にのこすことになりますぞ。

(……これはどうもすこしをかしな具合になつて來たな。俺は、なにをいつたのだ? 赤法師の陰謀を看破しで、これを罵倒したつもりだつたが、……これは、どうだ、自分のことをいつてゐるではないか。赤法師の心事はそのまま俺の心事ではないか。……俺に赤法師のことをいふ資格があるのか。……俺は馬鹿だ。)

 滿沼の諸君、元氣を出して下きい。わたくしのいふことを聞いて下さい。……わたくしはあやまつてをりました。諸君を欺いてをりました。いまそれがわかりました。わたくしをどうにでもして下さい。わたくしこそ諸君の弱味につけこむ卑劣漢でした。惡漢でした。エゴイストでした。諸君のまへにあやまります。……諸君がおどろかれるのは無理はありません。しかしわたくしはいま諸君のまへに手をついて、はじめて氣持がさつぱりいたしました。告白するのは苦しいのですけれども、心はかへつて輕くなりました。わたくしこそは、まことに陰謀家であつたのであります。この沼の支配者になりたいことは、わたくしの多年の念願でありました。權力ヘの魅力は實にわたくしの全靈をとらへその最終の目的にむかつてわたくしは營々として努力を重ねました。しかしながら、わたくしごとき非力不才の者が、どうして諸君の統領として仰がれる資格がありませう。わたくしのあらゆる奔走、策謀、阿諛(あゆ)、贈賄、哀願、脅喝(けふかつ)までもしてみたのでありましたが、所期の目的を達するにはほど遠いものがありました。先日逝去されました統領黄法師氏の溢るるごとき才幹、高潔な人格、かついやしくも邪(よこしま)をゆるさない淸廉には、わたくしなどのごとき卑小なるものは足許にも及ばなかつたのであります。それはわたくしが申すよりも、諸君のさらに深く認識されるところでありませう。それはわたしが申すよりも、諸君のさらに深く認識されるところでありませう。ひとたびは野望をすてようかと思つたこともありましたが、なほ權力への魅力は棄てがたく、戀々、悶々、そしてその機會を狙つてゐたのであります。然るに、好機は到來いたしました。黄法師氏の急死、これであます。悲しみもよろこびも等分にこれを頒(わか)つ主義の黄法師氏は、統領たるの故をもつて諸君より別の贅澤もせず、すなはち、特別の食餌をもとられることがなかつたために、日ごろからさして頑健でなかつた氏はこの度の大干ばつのために死亡されたのでした。沼中の仲間がこれを悼(いた)み悲しんだのでありますが、ああ、わたくしはそのとき、仲間と同じく悲しむふりはしながらも、宿望達成の期到來と實に内心舌を出して雀躍(こをどり)したのであります。そこで、今囘の立候補となつた次第であります。

 それにしても今囘の旱魃はなんとしたことでありませうか。もう百日も一滴の雨も降りません。沼の歴史はじまつて以來のことです。何のための刑罰か。この恐しい日照りつづきのために、柴園であり天國であつたこの沼が、今日(こんにち)のごとき悽慘(せいさん)な地獄となりはてました。これはわれわれにとつて死の運命へただちにつづいたものとなり、すでに多くの仲間が乾燥しはてて命をうしなひました。しかしながら、ああ、わたくしを鞭うつて下さい。石を投げて下さい。わたくしはこの仲間の悲慘な運命をながめつつ、實ににたにたとほくそ笑んでゐたのであります。わたくしはさうして冷酷にわたくしの野望の滿たされる時期を狙つてゐたのであります。わたくしは惡魔でした。鬼でした。しかしそのときのわたくしはただ一途に野心の達成を期待して、童(わらべ)のごとくわくわくと心中躍つてゐたのであります。

 白状いたします。いま隱したとてなんになりませう。わたくしはすこしも空腹ではありません。疲弊してもゐません。枯渇(こかつ)してもゐません。このとほりぴんぴんしてゐます。腕をふることも、走ることも、逆立することもできます。どんな大きな聲でも出すことができます。今まで諸君の眼を欺くために、弱りはてたふりをしてゐました。身體にはわざと砂や埃(ほこり)や粉をまぶしつけてあるのです。このとほりすぐ落ちます。頭の皿には別にこしらへた汚い皿をかぶせてあるのです。このとほり取れば昔のままに水をたたへた皿があります。つまりわたくしは昔とすこしも違つてゐないのです。むしろ元氣になつたくらゐです。このままで進みましたならばきつとこの沼ではわたくし一人が生き殘ることになるでせう。……しからば仙人でもないわたくしがどうして水一滴すらない今日、こんなに頑健なのか。ああ、わたくしはなんといふ惡漢、卑怯者、エゴイストでせう。わたくしは不正な手段であつめた隱匿物資をなほ多く持つてゐるのです。淸廉な黄法師氏の眼をかすめ、諸君をあざむいて、諸君のものたるべきものをこつそりと隱しおました。鯉、鮒、鯰、山椒魚、蝦、茄子、胡瓜、あらゆるものが某所にうづたかく隱してあります。わたくしは旱魃がはじまり、食餌が缺乏しはじめてからこつそりと一人それを腹に入れてをりました。しかし表面は諸君と同樣、空腹のため疲弊しはててゆくふりをして、野望のとげられる日を狙つてゐたわけです。

 救世主として名乘りでたわたくしではありますが、わたくしごとき非力不才の者になんの諸君を救ふ力などありませう。この危機を救ふためには雨さへ降ればよいのです。しかしながら、雨を降らせる力などわたくしにあるわけもないではありませんか。炎々と燃え照りつけて來る太陽はわたくしの敵としてあまり巨大すぎます。その光を減じる術も、これを天空から退去せしめる力もわたくしにはありません。偉大な自然の法則によつて西に沒し、夜が來たときだけ、わたくしたちはわづかにほつとするのですが、そのときすでに、明日迎へる太陽の恐怖があるわけです。さうして沼は乾燥して魚は死滅し、岩はひ割れ、樹木も野花も菜も枯ればてました。このときわたくしが諸君を救ふ唯一の方法はわたくしのひそかに隱しもつた物資を諸君にあたへることのみでした。しかし、わたくしは邪心にわざはひされて、それをわたくしの野望達成の餌にしようとたくらんだのです。恩にきせてすこしづつ諸君に食物をあたへる。諸君は私に感謝して、私を沼の統領とすることに贊成する。筋書は簡單なものでした。突如として赤法師君が名乘りをあげなかつたならば、筋どほりに運んだことでせう。……意外の結果になりました。

 しかし、このわたくしの破綻をわたくしは喜びます。むしろ赤法師君に感謝いたします。いまわたくしの心からは野望も傲慢も消えはてました。わたくしは謙虛に諸君のまへに手をつきます。わたくしは、泥棒です。わたくしをどうにでもして下さい。さあ、石を投げて下さい。蹴つて下さい。踏んで下さい。……

 わたくしは立候補をとり下げます。わたくしのごとき卑劣漢がどうして皆さんの統領たるの資格がありませう。僭上(せんじやう)の沙汰でした。私の隱したものはこの裏山の洞穴(ほらあな)のなかにあります。それは皆さんのものです。おそらくこの後、旱魃が百日つづいても、皆さん全部の命を支へるに足りませう。どうぞ自由にそれを食べて、大切な命をつないで下さい。

 赤法師君、お聞きのとほりだ。僕は立候補をとり下げる。君が眞に仲間を救ふ方途を知つてゐるのなら、どうぞ、仲間のためにその道を講じてくれ。……おや、赤法師君はどこに行つたんだ? さつきまでゐたのに、……をかしいな、どこにもゐない。……赤法師君を知りませんか。どうしたのだらう。逃げたのかな?……さてはあいつも俺と同じ考へだつたのか。……さうか。……おや、あれはなんだ。山の端になにか黑いものが出た。雲だ。黒雲だ。……みるみる、ひろがつて來る。靑空が掩はれてゆく。太陽までかくしてしまつた。暗くなつた。風が出てきたぞ。……あ、雨だ、雨が降つて來る……雨が降りだした。……

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