一言芳談 十五
十五
明禪法印云。後世をたすからんとおもはんものは、かまへて人めにたつべからざるものなり。人をば人が損ずるなり。聖法師(ひじりほふし)の今生に德をひらく事は、大略(たいりやく)、後世のためにはすて物なり。
〇人をば人が損ずるなり、ねたみてそしり、うやまひてほむる、ともにわが心のさはりなり。みだりに人の恭敬(くぎやう)をうけ、信施(しんせ)などうくれば、つみおほき事なり。
〇聖法師、世すて人なり。
[やぶちゃん注:岩波版「評注一言芳談抄」及び国立国会図書館デジタル・ライブラリー版の同慶安元年林甚右衛門版行版現物画像もでも「一言芳談抄」では後半の『聖法師(ひじりほふし)の今生に德をひらく事は、大略後世のためにはすて物なり。』の部分はなく、岩波版「評注一言芳談抄」では分解されて「用心」の項に配されている。『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』に従う。
「人めにたつ」『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』の大橋氏注には「評注増補一言芳談抄」に(新字を正字に代えた)、『人のうやまひをうけて、自然に名聞になるなり。仏も、異をあらはして、衆をまどはすいましめ給へり。古德も、狂をあげ、實をかくせと教へられたり』とあると注する。これは岩波版では森下氏によって選択排除された註である。これは私は以下の、「人をば人が損ずるなり」なんぞの註を省略しても残すべきものであったと思うが、如何?
「すて物」心を留めることもなく、打ち捨てて顧みる必要のないつまらぬ対象。]