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2012/11/15

耳嚢 巻之五 濟松寺門前馬の首といふ地名の事

 濟松寺門前馬の首といふ地名の事

 

 牛込濟松寺(さいしようじ)門前に輿力町あり。右與力の門前の徑(みち)を字(あざな)して馬の首と今に唱ふ由。右はいづれの與力にて有しや、正月元日に門の屋根より馬の髑髏を釣り置けるを、召仕の者曉に門前を掃除せんと門へ出て是を見て、いまはしき事哉(かな)と内に入て主人に語りければ、夫(それ)は目出度事なり、早々取入よと申付大きに祝ひけるが、夫より日增に身上(しんしやう)を直し、今は彼(かの)近邊の大福人と人もいひしと也。

 

□やぶちゃん注

○前項連関:特に感じさせない。意趣返しかとも思われる禍いを起こさんとした悪意の仕儀が、転じて福となったという、文字通り、「塞翁が馬」である。但し、馬の髑髏を繁盛の吉兆とする民俗学的理由は私には不明である。識者の御教授を乞う。

・「濟松寺」東京都新宿区榎町にある臨済宗妙心寺派の寺。開山の祖心尼は義理の叔母春日局の補佐役として徳川家光に仕えた人物である。

・「馬の首」底本の鈴木氏注には違う由来が記されている。『榎町の東方にあった先手組の宅地の俗称。』寛文(一六六一年~一六七三年)頃、『橋本治郎右衛門という鉄砲巧者の与力が、常に門の扉に馬の首を掛けておき、火災後は木製の馬の首をかけた。根は小心の男だったという』とある。私の所持する切絵図には出ない地名である。

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 済松寺門前の馬の首という地名の事

 

 牛込済松寺(さいしょうじ)の門前に、与力町が御座る。この門前町の小道を通称して「馬の首」と今に呼んでおる由。

 その謂れを問うに、同所のいずれの与力の家であったか、とある年の正月元日に、何者かがその者の屋敷の門の屋根の上より――こともあろうに――馬の髑髏が吊り下げられて御座ったを、召し使いの者、暁に門前を掃除せんと門へ出でて、これを見つけ、

「……い、い、忌まわしきことじゃッ!!」

と内へと走り込むや、主人へ注進に及べば、

「……何? 馬の首の髑髏じゃと?……それは目出度い!! 早々に屋敷内に取り入るるがよいぞ!」

と申し付け、元旦を増して大いに祝って御座ったと申す。

 それより、この屋の主人、日増しに身上上げ潮と相い成り、今は、あの辺りでも知られた大金持ちじゃと人も申しておる、とのことで御座る。

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