生物學講話 丘淺次郎 第五章 食はれぬ法 三 防ぐこと~(4)
魚類は概して游泳の敏活なもので、摘(つま)んで拾へるやうなものは滅多にないが、「はこふぐ」・「すずめふぐ」〔ウミスズメ〕・「まつかさうを」の如く堅固な鎧で身を固めて居るものは泳ぐことが頗る拙い。他の魚では鱗が屋根の如くに重なり合つて竝んで居るから、身體を屈曲するときに邪魔にならぬが、「はこふぐ」などでは硬い厚い鱗が敷石のやうに密接して居るから、身體は眞に箱の如くで、少しも曲げることが出來ず、隨つて力強く水を彈ねることが出來ぬ。それ故、若し盥の水の中に、これらの魚を入れて手で水を搔き廻すと、水の流に押されて一處にくるくる廻る。これを鯉や「さけ」が急流を遡るのに比べれば實に雲泥の相違である。
[やぶちゃん注:「はこふぐ」条鰭綱新鰭亜綱棘鰭上目フグ目ハコフグ科ハコフグ
Ostracion immaculatus 若しくは同ハコフグ科のハコフグ類。学名はギリシア語の“ostrakon”、「陶器・貝殻」で、本種の魚体の堅さに由来する(この語は例のオストラキスモス(陶片追放)で著名である)。日本の中部以南・台湾・フィリピン・東インド諸島・南アフリカなどの沿岸域に棲息し、体長は二〇~四〇センチメートルほどに達する。皮膚に骨板が発達し、多数が噛み合って全身を装甲する硬い甲羅を構成している。この甲羅の横断面はほぼ四角形をしており、全体は文字通り、箱状となる。私は残念なことに未だ食していないのだが、一般には皮にのみ毒があるだけで「美味で無毒のフグ」としてよく知られている。しかしながらウィキの「ハコフグ」によれば、『体内にいわゆるフグ毒であるテトロドトキシンを蓄積せず、筋肉にも肝臓にも持たない。焼くと骨板は容易にはがすことができるため、一部の地方では昔から美味として好んで食用にされてきた。たとえば長崎県の五島列島ではカトッポと呼ばれ、焼いて腹部の甲羅をはがしてから味噌を入れ、甲羅の中で肉や肝臓と和える調理法が知られる。しかし、後述の通りテトロドトキシン以外にも毒が含まれており、肝臓と皮は販売が禁止されている』。『骨板による装甲とともに、皮膚からサポニンに類似し、溶血性のあるパフトキシンという物質を粘液とともに分泌し、捕食者からの防御を行っている。そのため、水槽内での不用意な刺激によって毒が海水中に放出され、他の魚が死滅することがある。ほかに、アオブダイやソウシハギなどと同様に、パリトキシンに類似した毒性物質を体内に蓄積していることがある。これは食物連鎖を通じての事と推測される。この物質はパフトキシンと違い食用部分に存在しており、重篤な中毒を起こす事があ』り、厚生労働省から平成一四~一九年の六年間で、このパリトキシン様毒素を持つハコフグ摂取によって五件九名(内死亡一名)の食中毒例が報告されている、とある。パリトキシン“palytoxin”は世界最強毒の一つである。安易に無毒と言うなかれ。
「すずめふぐ」ハコフグ科コンゴウフグ属ウミスズメ
Lactoria diaphana 若しくはコンゴウフグ
Lactoria cornuta。ウミスズメ
Lactoria diaphana はインド・西部太平洋域、本邦では茨城県以南に棲息し、背中の中央に鋭い一本の棘(とげ)がある外、両眼の間と体側後方に、眼前棘・腰骨棘と呼ぶ一対の棘がある。体の断面はほぼ五角形、色彩変異が多く、若い個体では腹面が半透明で、体内が透けて見える。大型個体はハコフグと仕訳せずにコンゴウフグ
Lactoria cornuta では背中の棘があまり目立たない代わりに、眼前棘・腰骨棘が遙かに大きい(ネット上の幾つかの画像で見る限りはそのように見える)。和名は、この棘が古代インドの武具で後に密教の法具となった金剛杵(しょ)に似ていることに由来する。
「まつかさうお」キンメダイ目マツカサウオ科マツカサウオ
Monocentris japonica。ウィキの「マツカサウオ」より引用する。『北海道以南の日本の太平洋と日本海沿岸から東シナ海、琉球列島を挟んだ海域、世界ではインド洋、西オーストラリア沿岸のやや深い岩礁地域に』棲息し、発光魚として知られる。『本種の発光器は下顎に付いていて、この中に発光バクテリアを共生させているが、どのように確保するのかは不明である。薄い緑色に発光し、日本産はそれほど発光力は強くないが、オーストラリア産の種の発光力は強いとされる』。チョウチンアンコウ(新鰭亜綱側棘鰭上目アンコウ目アカグツ亜目チョウチンアンコウ上科チョウチンアンコウ科チョウチンアンコウ
Himantolophus
groenlandicus)など持つイリシウム(頭部誘引突起)の『ように餌を惹きつけるのではないかと』も考えられているが『発光する理由まではまだよく判って』いない。『夜行性で、体色は薄い黄色だが、生まれたての幼魚は黒く、成長するにつれて次第に黄色味を帯びた体色へと変わっていくが、成魚になると、黄色味も薄れ、薄黄色となる。昼間は岩礁の岩の割れ目などに潜み、夜になると餌を求めて動き出す』。『背鰭と腹鰭は強力な棘となっており、外敵に襲われた時などに背鰭は前から互い違いに張り出して、腹びれは体から直角に固定することができる。生きたまま漁獲後、クーラーボックスで暫く冷やすとこの状態となり、魚を板の上にたてることができる。またこの状態の時には鳴き声を聞くこともできる』。『和名の由来通り、マツの実のようにややささくれだったような大きく、固い鱗が特徴で、その体は硬く、鎧を纏ったような姿故に英語ではKnight Fish、Armor Fishと呼び、パイナップルにも似た外観からPinapple fishと呼ぶときもある』。『日本でもその固い鱗に被われた体からヨロイウオ、鰭を動かすときにパタパタと音を立てることからパタパタウオとも呼ぶ地方もある』。体長は比較的小さく、成魚でも一五センチメートル程度で、『体に比べ、目と鱗が大きく、その体の構造はハコフグ類にも似ている。そして、その体の固さから動きは遅く、遊泳力は緩慢で、体の柔軟性も失われている』。『餌は主に夜行性のエビなどの甲殻類だといわれる』。子供向けの魚類図鑑や水族館では光る魚として花形であるが、発光という本種の生態が判明したのは意外に遅く、大正三(一九一四)年、『富山県魚津市の魚津水族館で停電となった時、偶然見つけられたものである』とある。]