一言芳談 六
六
明遍僧都云、穢土(ゑど)の事はいづくも心にかなふ道理あるべからず。たゞ少難をば心に忍ぶべきなり。たとへば、惡風にあへる舟の中にて、艫(とも)へ行き、舳(へ)へゆかんとせんがごとし。
(一)穢土の事は、是肝要の事なり。たびたび住所をかふれば、あたら光陰をつひやして、念佛申すひまもなきなり。古今に、世をすてゝ山に入る人山にてもなほうき時はいづちゆくらん。兼好歌集に、すめばまたうき世なりけり、よそながら思ひしまゝの山里もがな。
(二)少難とは世をわたる方便(たつき)のよしあしの事なり(句解)
[やぶちゃん注:報恩寺湛澄纂輯「標注増補一言芳談抄」では、これ巻首の「三資 居服食」の巻頭に配されてある。人生の妄執苦楽に一喜一憂絶望歓喜手合いを、ちっぽけな舟の中で大暴風に遭いながら助からんとて艫へ舳先へと右往左往する者に譬え、誠に小気味よい。]