一言芳談 五
五
明禪(みやうぜん)法印云、たゞよく念佛すべし。石に水をかくるやうなれども、申(まうせ)ば益あるなり。
(一)石に水、口ばかりにて心にしまぬたとへなり。われながら殊勝氣なくとも、たゞに申しに申せば、その聲耳に入つて遂には信心を申出すなり。玄音叩心(心を叩く)といふ是なり。
[やぶちゃん注:「明禪法印」(仁安二(一一六七)年~仁治三(一二四二)年)は天台宗から転じた浄土僧。平家政権と通じた公卿藤原成頼(なりより)の子。比叡山の智海・仙雲から顕密を学び、山門の碩徳(せきとく)と謳われ、法然の生前は専修念仏を批判していたものの遁世の志深く、法然滅後に「選択本願念仏集」に心服、帰依した。『死のエピグラム 「一言芳談」を読む』の大橋氏注に貞享五(一六八八)年刊書林西村市良右衛門蔵板「一言芳談句解」に(新字を正字に代え、踊り字「〲」は正字化した)、
『明禪法印云、ことごとしく遁世だてをあらはすがあしきなるべし。まことに、道を思はゞ、心こそ道、心こそ山、心こそ師にてあるなれば、たゞ物にかゝはらず、世におしうつりて、しかも染まざるがよきとの心を、第一のよしなき事といへり』
とある、とする。
「しまぬ」「染まぬ」でこの「染む」は自動詞マ行四段活用。色や香りが染み付く、染まる、そこから心に深く感じる、転じて心から打ちこむ、の謂いを持つ。
「玄音」仏の奥深い声。転じて、仏教の教義。]

