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2012/11/30

耳囊 卷之五 同眼のとぢ付きて明ざるを開く奇法の事

 

 疱瘡の後、かぜなどに至りて眼とぢて明かぬる時は、蚫熨斗(あはびのし)の頭の黑き所を水に浸し、外へ障らざる睫毛を眼尻の方へなづれば、開く事立所(たちどころ)に妙なりと、是又右醫師の傳授也。

 

 

□やぶちゃん注

 

○前項連関:標題の「同」は「おなじく」と訓ずる。天然痘の「窓を開ける」呪(まじな)い二連発。

 

・「明ざる」は「あかざる」と訓ずる。

 

・「かぜ」風邪ではない。「かせ」「がせ」「かさ」で、貫膿(前話注参照)して膿疱の腫脹が引いた後、瘡蓋状になった状態を言っている。今風に言えば天然痘の予後。

 

・「蚫熨斗」熨斗鮑(のしあわび)のこと。腹足綱原始腹足目ミミガイ科アワビ属 Haliotis に属するアワビ類の肉を薄く削ぎ、干して琥珀色の生乾きになったところで、竹筒で押し伸ばし、更に水洗いと乾燥・伸ばしを交互に何度も繰り返すことによって調製したものを言う。以下、ウィキ熨斗」より引用しておく(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更した)。『「のし」は延寿に通じ、アワビは長寿をもたらす食べ物とされたため、古来より縁起物とされ、神饌として用いられてきた。『肥前国風土記』には熨斗鮑についての記述が記されている。また、平城宮跡の発掘では安房国より長さ四尺五寸(約一・五メートル)のアワビが献上されたことを示す木簡が出土している(安房国がアワビの産地であったことは、『延喜式』主計寮式にも記されている)。中世の武家社会においても武運長久に通じるとされ、陣中見舞などに用いられた。『吾妻鏡』には建久三年(一一九一年)に源頼朝の元に年貢として長い鮑(熨斗鮑)が届けられたという記録がある』。『また、仏事における精進料理では魚などの生臭物が禁じられているが、仏事でない贈答品においては、精進でないことを示すため、生臭物の代表として熨斗を添えるようになったともされる』。『神饌として伊勢神宮に奉納される他、縁起物として贈答品に添えられてきた。やがて簡略化され、アワビの代わりに黄色い紙が用いられるようになった(折り熨斗)』とある。現在、我々が「のし」と呼んでいるものの起源とその変容について、ここまでちゃんと認識されている(「のし」はあの「御祝」なんどと書いた――細長い紙を言うのではない――ということ――あの小さく折り畳んだ折り熨斗からちょっと出ている黄色い細い紙が熨斗のなれの果てであるということ――を)方は私は実は少ないと感じている。故に、ここに、私の好きな(これは食としてよりも海産生物愛好家としての謂いで)アワビの名誉のためにも、敢えて示し置いた。

 

・「頭の黑き所」これはアワビ属 Haliotis の内臓部分である。もしかすると、この効能は、そこに含まれるタンパク質分解酵素と何らかの関係があるのかも知れない(但し、そのためには太陽光を睫毛に照射する必要があるが)。以下に私が島良安「和漢三才圖會 介貝部 四十七」の「あはび 鰒」の注に書いたものを転載しておく。

 

   《引用開始》

 

 三十年以上も前になるが、ある雑誌で、古くから東北地方において、猫にアワビの胆を食わせると耳が落ちる、と言う言い伝えがあったが、ある時、東北の某大学の生物教授が実際にアワビの胆をネコに与えて実験をしてみたところが、猫の耳が炎症を起し、ネコが激しく耳を掻くために、傷が化膿して耳が脱落するという結果を得たという記事を読んだ。現在これは、内臓に含まれているクロロフィルa(葉緑素)の部分分解物ピロフェオフォーバイドa (pyropheophorbide a) やフェオフォーバイドa (Pheophorbide a) が原因物質となって発症する光アレルギー(光過敏症)の結果であることが分かっている。サザエやアワビの摂餌した海藻類の葉緑素は分解され、これらの物質が特に中腸腺(軟体動物や節足動消化器の一部。脊椎動物の肝臓と膵臓の機能を統合したような消化酵素分泌器官)に蓄積する。特にその中腸線が黒みがかった濃緑色になる春先頃(二月から五月にかけて)、毒性が最も高まるとする(ラットの場合、五ミリグラムの投与で耳が炎症を越して腐り落ち、更に光を強くしたところ死亡したという)。なお、なぜ耳なのかと言えば、毛が薄いために太陽光に皮膚が曝されやすく、その結果、当該物質が活性化し、強烈な炎症作用を引き起すからと考えられる。なお、良安はこの毒性について、「鳥蛤」(トリガイ)の項で述べている。また別に、最後の「貝鮹」(タコブネ)の項も参照されたい。

 

   《引用終了》

 

■やぶちゃん現代語訳

 

 

 同じく疱瘡で目が閉じくっ付いて開かなくなったのを開く奇法の事 

 

 疱瘡の貫膿後、膿疱が瘡蓋となって瞼が閉じくっ付いて開かずなった折りには、熨斗鮑(のしあわび)の頭の黒いところを水に浸したものを用いて、患部の他の部位には決して触れぬようにして――睫毛のみを――目尻の方へ向かって撫でてやれば、これ、たちどころに窓が開(あ)くこと神妙なり、と、これも先と同じ医師から伝授致いた奇法で御座る。

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