抜粋 今日のスリリング!
以下は、所詮、読まれる方の少ない、先にアップした「生物學講話 丘淺次郎 第六章 詐欺 一 色の僞り」に附した僕の注である。
――僕は
――これだけで
――なるほど「智を遊ぶ」ことの意味が身に染みて嬉しかったのである……
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イセエビの属名“Panulirus”(パルリルス)は一筋繩ではいかない。何故ならこれは欧州産イセエビ属Palinurus (パリヌールス)のアナグラム(anagram)だからである。平嶋義宏先生の「学名論―学名の研究とその作り方」によれば、『この語源はギリシア伝説に由来』し、パリヌールス Palinurus とはアイネイアス Aeneas(トロイアの勇士)』が『トロイアからイタリアへ渡る時の』『船の舵取りの名で』『Lucania 沖で眠りの神に襲われ、海に落ちて、三日三晩会場に漂ったのち、南イタリアに、打ち上げられ、そこの住民に殺された』人物に由来するのだが、そのスペルをわざと組み替えて作ったのが、本邦のイセエビの属名“Panulirus”(パルリルス)という訳なのである(引用文中のカンマを読点に変更した)。しかも何と、アフリカ東岸から日本・ハワイ・オーストラリアまで、インド洋と西太平洋の熱帯・亜熱帯海域に広く分布するイセエビ上科イセエビ科 Palinuridae のハコエビ属 Linuparus(リヌパルス)も、実はこれ、Palinurus のアナグラムなのである。平嶋先生によれば、『このこのアナグラムはの属名はどちらも Gray という学者が』一八四七年(本邦では弘化四年)『に創設した』ものであり、『このPalinurus, Panulirus, Linuparus の三つの属名を正確に覚えて区別するのは一苦労することは請け合いである』と述べておられる。如何にも――しかし、これでは平嶋先生の著作に出逢うことなく、私が学名に色気を持ち始めて羅和辞典をひっくり返したとしていたとして……これ、語源は到底、分からなかったということなのだ……先生の著作に出逢えて、私は本当に幸せであった、ということになる。因みに……先生は一九二五年のお生まれ……既に八十七歳におなりになる。いやさかを言祝ぎたくなり申しました。まっこと、有り難く存じます!