生物學講話 丘淺次郎 第六章 詐欺 二 形の僞り~(2)
同じく「いなご」類のものに「七節(なゝふし)」といふ昆虫がある。これは體が棒狀に細長く、足を前と後とに一直線に延ばすと、全身が恰も細い枝の如くに見えて頗る紛らはしい。中央アメリカに産する「七節」の類には、體の表面から苔の如き形の扁平な突起が澤山に出て居るが、常に苔の生えて居るやうな場所に住んで居るから、見分けることが特に困難である。「かまきり」の類にも巧みに木の葉を眞似て居るものがある。内地産の普通のものでも色が綠または枯葉色であるから、綠葉や枯草の間に居ると容易には分らぬが、東インドに産する一種では胴の後半も扁平であり、後足の一節も扁たくなつて居るので、灌木の枝に止まつて居ると、その葉と紛らはしくて到底區別が出來ぬ。更に巧なのは、蘭(らん)の花に似たものである。これも印度の産であるが、身體の各部がそれぞれ蘭の花の各部に似て、全部揃ふと形も色も蘭の花の通りになる。胸部は幅が廣くて上向きの花瓣の如く、腹部も扁たくて下向きの花瓣の如く、前翅と後翅は兩側に出て居る花辨の如くで、且常にこれを左右に開いて居るから、餘程注意して觀察せぬと蟲か花か識別が出來ぬ。この「かまきり」はかく花に紛らはしい形をして、花に交つて居ると、多くの昆蟲が花と誤つて近よつて來るから、容易に捕へて食ふのである。
[やぶちゃん注:「七節」節足動物門昆虫綱ナナフシ目
Phasmatodea(又は Phasmida)に属する昆虫の総称。草食性昆虫で木の枝に擬態した姿が特徴的である。「七」は単に多いの意で実際に体節を七つ持っているわけではない。目の学名は幽霊の意のギリシア語“phasma”に由来。英名“stick-incect”・“walking-stick”、仏名にある“baton du diable”(バトゥン・ド・ジャブル)は「悪魔の棒」、独名“Gespenstschrecken”(ゲシュペンスト・シュレッケン)は“Gespenst”(幽霊)+“schrecken”(驚かす)。中文名「竹節虫」(以上は、ウィキの「ナナフシ」及び荒俣宏氏の「世界大博物図鑑1 蟲類」を一部参考にした)。
『中央アメリカに産する「七節」の類』形状からするとユウレイナナフシExtatosoma tiaratum 若しくはその仲間か。ネット上の複数画像を見ると、大型の枯葉そっくりのものの他に、緑色の突起物を体中から生やした、まさに緑色の苔そのものとしか見えない個体などを見ることが出来た(後者には「中央アメリカ」のタグが附されていた)。しかしながら、Extatosoma tiaratum は英語版ウィキ分布域にオーストラリアの“Queensland and New
South Wales”及び“New Guinea”とあるので、この緑色のものは本種ではないようだ。識者の御教授を乞う。
『「かまきり」の類にも巧みに木の葉を眞似て居る』「東インドに産する一種」は、カマキリ目Mantidae 科 Deroplatyinae 亜科Deroplatyini 族カレハカマキリ Deroplatys spp. の類を指していると考えられる。掲げられた図の種はかなり特徴的で専門家なら同定出来そうだが、昆虫の苦手な私にはここまでである。因みに、カマキリ目の学名“Mantidae”(マンティダエ)はギリシア語“mantis”(占いの仕方)を意味するが。これは元来は“Mantwv”(マントー)という名の女予言者(「月から啓示を受けた者」の意)で、古代テーバイにおいて神託を告げた巫女たちの称号であったという(TOMITA_Akio氏のHP「バルバロイ!」のこちらのページに拠る)。そこには『マントーのように魔力を持っていた人物の霊魂は、再び人間となって生まれ変わるまで、昆虫の姿をとると考えられていた』とあり、前脚を振り上げて左右の鎌を合わせる習性が神託を得るために祈禱を捧げている占い師の姿に見えたのであろう。
「かまきり」「蘭の花に似たもの」これはしばしば華麗な擬態として映像で見ることのあるハナカマキリ Hymenopus coronatus である。以下、ウィキの「カマキリ」の当該種の記載によれば、分布は東南アジアで、一齢幼虫は花には似ておらず、赤と黒の二色で同地域のカメムシの一種に似ており、ベイツ型擬態(自己防衛を目的として他の有毒種に擬態すること)と見られる。二齢幼虫は脚の腿節が水滴型に平たくなり、体色もピンクや白で、ラン科の花に体を似せており、英名も“Orchid Praying Mantis”(蘭を装うカマキリ)と呼ばれ、擬態をしている昆虫として代表的な種である。但し、成虫になると体が前後に細長くなってカマキリらしくなり、あまりランの花には似なくなる。ヒメカマキリ科だが日本のヒメカマキリとは性質が大きく異なり、共食いもする。オスは体長三センチメートルほどで、メス(約七センチメートル)の半分にも満たない、とある。属名“Hymenopus”は恐らくラテン語の婚礼の神“Hymen”(これは処女膜の語源でもある)由来、種小名“coronatus”は“corona”(花環・古代ローマで戦勝を祝して授けた花の冠。無論、太陽のコロナも同語源)であろう。]