生物學講話 丘淺次郞 第六章 詐欺 一 色の僞り~(2)
[(上)冬の羽毛 (下)夏の羽毛]
右に似て稍々面白いのは、日本の東北地方に居る「えちご兎」や高山の頂上に住む「らいてう」である。これらは冬雪の積つて居る頃は純白で雪と紛らはしく、夏雪のない頃は褐色で地面の色によく似て居る。周圍の色の變る頃には、そこに住む鳥獸の毛も拔け換つて同樣に變化するのも、やはりかやうに變化せねば敵に攻められて生存が出來ぬからであらうが、さてかかる性質はもと如何にして起り、如何にして完成したかは、頗る困難な問題で容易に說明は出來ぬ。しかし假に外界の色は幾分づつか動物の色に影響を及ぼすもので、その上、冬は雪の色に最も似たもの、夏は地面の色に最も似たものだけが代々生き殘るものと想像すれば、以上の如き事實は必然生ずべき理窟と思はれる。
[やぶちゃん注:「らいてう」鳥綱キジ目ライチョウ科ライチョウ Lagopus muta japonica (シノニム Lagopus mutus / Tetrao mutus )。属名“Lagopus”はギリシア語の“lagōs”(野ウサギ(のように))+“pous”(足のある)の意で、冬期の白い羽毛に覆われているその脚部に由来する。種小名“muta/mutus ”はラテン語の、物言わぬ、無言の意(以上は荒俣宏氏の「世界大博物図鑑4 鳥類」及び東海大学出版会二〇一二年刊の平嶋義宏氏の「学名論―学名の研究とその作り方」を参考にした)。ライチョウは低い声でしか鳴かないことに由来するという。私も何度も出逢ったが、鳴き声の記憶が殆んどないが、ネット上で聴くと、♂はくぐもった「ガァァォォー」というしわがれた声で(正直、品が悪い)、♀は「クックックッ」(結構、大きい)と鳴くようだ。和名の由来については、イヌワシを恐れて悪天候の時に姿を現わす習性に由来する(前掲の荒俣氏の記載。但し、氏は以下の霊鳥についての詳しい記載もなさっておられる)というのを山屋仲間からも聞いたことがあるが、一説には「雷鳥」と当てられるようになったのは江戸時代以降とし、元は山岳信仰の場でもあった高山の「霊の鳥」「霊鳥(れいちょう)」で、その転訛だとする考え方もある。確かに季節による全く異なった姿などを見ると、それもありかも、と思わせる鳥ではある。]